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3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女
10話 蠢くモノ
しおりを挟む「強化コボルト。貴方達が回収したモノと同じ強化痕がありましたでしょう?」
ぼんやりとした灯りの元でノワールは笑顔で宣う。
「俺達に見せたいモンってのはアレだけじゃねぇんだろ」
ジェノが鋭い双眸を胡散臭い魔導師に向けると、彼は笑顔を浮かべたまま黙って丸メガネのズレを直した。
そして先程まで姿の無かったソフィアにチラッと目配せし「おや」とまた怪しく笑んでソフィアに会釈し────
「これはこれはソフィアさん。お久しぶりですねえ。ですが、必ずここへいらっしゃると思ってましたよ。ああ、そうそう、私の推測が正しければ貴方達が探しているグレン君の事も分かるかも知れませんよ」
「────何を知っているのですか。お答えくださいノワール様」
グレンという言葉にソフィアの表情が鋭くなった。しかし彼女の言葉に返事をしないままノワールは静かに振り返り、仄かな灯りが照らす坑道内の奥へ歩を進める。
「歩きながらで良いから答えろ。グレン団長が絡んでんのか?」
「間接的には関わっているかも知れませんねえ。さあ、こちらをご覧ください」
少し進んだ所でノワールは足を止め坑道横の窪みを指した。その先に目をやると窪みの中では何かが真っ黒な鎖で絡め取られ波打つように蠢いていた。
まるで様々な色の絵の具を水に落とした時のような混沌に満ちた様相だ。
そのあまりの不気味さと得体の知れなさにサクラは「うわ……」と顔をしかめる。こんな不気味な物体は見たことが無い。
「位置固定を施した転移魔法『ポータル』の出口です。皆様ご覧になられた事は?」
「ある訳ねえだろ。説明しろ」
「おやおや、これは失礼致しました。ポータルは『一方通行』の転移魔法ですよ。近代の転移魔法と違い出入り口を設置しなくてはいけない移動用の魔法です。使い勝手がよくない魔法でしてねぇ。出口側は出る事は出来てもこちらから入る事が出来ないんです」
はっはっはっ。と快活に笑うとノワールは、足下に転がっていた石ころをポータルに向かって放った。すると石ころは板にぶつけたような軽い音を響かせ、そのまま地面に落ちた。
「ご覧の通り。ポータルの出口はこちらからの干渉を受けません。なので術式解析を行っても入口がどこにあるのかも分からないんですねぇ。困った物です。干渉を看破したとて誰の仕業かも解析不可能。術式へのアクセスが出来ませんからねえ」
滔々と語った後にポータルの出口に手を突っ込もうとするノワール。しかし先程と同じく、ポータルは板のように硬い。進入を拒まれたノワールは「この通りです」とわざとらしく肩をすくめて首を横に振る。
「『物は使いよう』とは、まさにこの事ですねえ。術式へのアクセスを拒んで誰にも特定させずに片道だけの移動が出来てしまうんですから。このように座標も固定してしまえば便利な輸送路になりますからねえ。ああ、そうだ。例えば、大量の強化コボルトを送り込む為には────最適な方法だと思いませんか?」
言ってノワールは切れ長の目に怪しい笑みを浮かばせる。それに対しジェノそしてソフィアは。
「────俺達がここを調べた時にはこんなモン無かったぞ」
「どこにも見当たらなかったよね。気配も無かったし」
「コウェル所長の報告書にもポータルに関する記載はごさいませんでしたが」
黒豹騎士団の兵が調査した時にはコボルトの死体以外は何も無かった。
そしてここで依頼を遂行したコウェル。彼の報告書にはポータルの存在は記載されていなかった。
そもそもこんな禍々しい物があれば誰だって気が付くハズだ。
それを問うとノワールは彼らがそう返すのを分かっていたかのように「そうでしょうね」と自分の顎に触れ、またクスッと怪しく笑った。
「透明化《インビジブル》で隠されていましたからねぇ。界層魔術師であろうと人間がコレに気付く事は不可能ですよ。魔女や魔導師も、ね。ああ、でも、私のような物好きな魔導師は気が付くかも知れませんね。
それと、先程申し上げた通り。ポータルは外部からの干渉を受けませんので────」
「そっか!仮に私達がポータルに気付かずに触ったり近付いても分からないんだ!」
「その通りですよサクラさん。やはり貴方は優秀な方ですねえ。さあ、そうなると、小さな疑問が浮かびませんか?」
ポータルの方へ向き直りノワールは再び丸メガネに触れる。それと同時にポータルに絡みつく真っ黒い鎖が甲高い金属音を奏で始める。
「───此度の案件。あの聖者一人の犯行では無く。強化魔法の使用に長け、古い魔法や透明化《インビジブル》のように高度な魔法に精通した者が手を貸しているように思えます。仮に協力者と呼びましょうか。
では、その協力者は何故、イナ村の鉱山の『この坑道』にポータルを作ったのか。
そして何故聖者のような愚か者を使ってまでコウェル君に強化コボルトを仕向けたのか。
不思議ですねぇ。実に不思議でしょう?」
真面目に語ったかと思えばやけに楽しげに声を上擦らせ宣った。
その直後。黒い鎖は耳をつんざく激しい金切り音を上げポータルを急激に締め上げ─────砕いた。脆弱なガラスのように粉々に。
「ほう。外部干渉完全無効かと思いましたが破壊は出来るようですね。ひとつ学びを得られました。さて、答えは─────この奥にございますよ」
一際怪しい笑みと共にノワールは静かに坑道の奥へと歩みを進め、ジェノ、サクラ、ソフィアもそれぞれ彼の後に続く。彼の宣う答えとやらがある場所に向かって。
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