幸せが終わるとき。(完結)

紫苑

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二人、また出会う日まで。

リアの思い。

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君の事をただ抱きしめたかっただなんて、

綺麗ごとは辞めよう。

本当はあの時、滅茶苦茶にキスをして、君をただ抱きたかった。

「なのに、安堵してしまうのは、俺も汚い大人なのかな」

法的にとか、未成年とか、そんなことはすっ飛んでいた。

ティアナにはあれから会っていない。

雪の日、初めて会った喫茶店に久しぶりに、一人で珈琲を飲みに行った。

ティアナが休みだと、知っていてわざと行く。
受験を理由に、バイトは暫く休んでると、別れる前に聞いた。それでも、この喫茶店には沢山の、ティアナとの思い出がある。

『お客様、いつもカプチーノ頼んで下さって、ありがとうございます。』
『楽しそうに写真撮るから…とっても嬉しいんですよ』
『私の気持ちです。珈琲サービスです。』

可愛らしい笑顔で、コロコロと表情の変わる、そんな君をいつも見ていた。話しかけられたら、と勇気が中々出ず、話しかけるのに勇気が要った。最初は失敗していた仕事も、前向きに取り組み、ドンドン仕事を覚えていく君が、とっても眩しかった。

『お待たせ!』

バイトの終わる時間、待ち合わせたのが懐かしい。その後、腕を組んで、他のカフェを巡り、彼女は珈琲の研究や、他の喫茶店を熱心に見ていた。イチゴ関連の飲み物や食べ物が好きで、よくイチゴパフェを食べていて、

『ん~っ、美味しい!ねぇねぇ、リアも食べてみてよ~』

頬に頬張るその笑顔が可愛くて、自分の口の中にイチゴ味がした気がした。

「懐かしい…頼んでみるか」

駅先の、純喫茶。よくティアナと行った、イチゴパフェは開店当時からあるらしく、ずっと人気の鉄板メニューだ。創業60周年と古い喫茶店は、空調が面白く、天井にプロペラが回ってる。子供がその、プロペラを見て、「ヘリコプター!」と叫んでいて、子供が遊ぶ場所があり、ファミリー層や学生達にも優しい価格帯など、ティアナがメモを一生懸命とっていた。木目のテーブルや、統一した白い椅子、どこか懐かしい匂いがして、全席禁煙の為に、煙草の匂いがしないのも、女性客に人気だ。

「うん、甘くて美味しいな」

イチゴの甘酸っぱい味が舌の上で踊って、生クリームがふわふわと口の中で溶ける。それよりも、前の席に座ってたティアナが居ないのが寂しい。たまに席から立った、ティアナからは桃の香りがふわりとしていた。その香りにドキドキしている自分が居て。自分ばっかり好きなような気が、当時からしていた。

久々の休日の時間を、ティアナを諦めるために、歩いて出かけようと決めた。気が付いたら、足は駅へ向かい、電車に乗ってとある場所へ向かう。電車の中でティアナが、こてんと、肩に凭れ掛かって寝てしまう。そんなティアナを着くまでずっと見ていた。その時、柔らかな髪にキスしたいと思った。ふわふわな柔らかな髪が、ウェーブがかかっていて、肩からさらさらと横に流れた。

そんな時間が好きだった。些細な事が、とても幸せだった。あっという間に時間は過ぎて、1時間以上過ぎると、アナウンスが流れた。

「夢みどり駅~夢みどり駅~」

目的地に着くと、電車を降りて、とある先に向かう。

ここにティアナと来たことはなかったけれど、ティアナを知りたかった。

小さな頃、ティアナはここで生まれて育ったらしい。

沢山の緑、広がる田んぼと畑に、おじいさんとおばあさんがベンチでお茶をしている。小さな頃、もしもここで会ってたら、間に合ったレアに会う前に会えただろうか。考えてても、仕方ない、もう振られたのだから。そう思いつつ、忘れられない自分が居た。

「何で…忘れられないんだろう…」

声に出せば、忘れられるのかな、考えが甘かった。どうしても、思い出してしまう。この場所は、逆効果だった。
ティアナは昔は、日焼けしながら、昆虫採集や男子と遊んでる、そんな女子だったらしい。今考えると、あの明るく元気なところは、のびのびとした田舎で育ったからかもしれない。

「ティアナ…。」
「あら。ティアナのお知り合い?」

おばあちゃんとおじいちゃんが集まってきて、対応に困っていると、笑いながら、こう答える。

「ティアナちゃんは優しい子よ~。」
「私、腰が悪いんだけど、家までお米運んでくれて、びっくりしたなぁ~」
「繊細そうに見えて、力が強いのよね~」
「「あっははは」」

何だか和んでしまう、こんな空気の中育ったのかぁ。そりゃ、明るく育つはずだ。

「小学校の時、ティアナちゃんのお祖父ちゃんが亡くなって、実家をお母さんと出たのよね。」
「その時、ティアナちゃんはお葬式で大泣きしてたわね。」
「ずっと、お祖父ちゃんっ子だったもの。」

「悲しみもひとしおよね」

うんうん、とうなずいてる周りを見て、自分はティアナがそういう子だと知って、不思議と嬉しかった。レアだけには知られたくない、独占欲。心の奥でずっと燻ってる。何で諦められないんだろう…。

「あの!」

そして、今は空き家だと言うティアナの実家まで来てしまうんだから、ストーカーかとまで思った。部屋はボロボロで、古く、平屋で、庭は今は管理してないので、雑草がぼうぼうに生えている。知り合いと言うことで特別に鍵を貰い、中を見てると、ご飯を炊く窯に、囲炉裏まである。ここで、お祖父ちゃんと母と父、ティアナでご飯を食べたのだろうか。昔ながらの母屋の方に、ティアナの部屋らしきものがあった。他は和室なのに、その部屋だけは洋室で、家具は当時のまま、ピンク色の色あせた天蓋付きのベットに、白い勉強机、アンティーク調の棚に白と黒の熊のぬいぐるみがあった。ここで勉強してたのか、とか、お風呂に入った後そのまま、ベットで寝てしまったんだろうなとか、口元が緩んでいた。

夕陽に照らされ、感傷に浸っていると、小さな本棚を見つけた。

何となく、近くにある「忘れられない王子様」と言う児童書を手に取る。

『王子様は、自分の他に好きな人が出来たと言う、元婚約者を想い続けていました。』

自分に重ねてみてしまい、胸がチクりと痛んだ。

『元婚約者が去った後も、胸が痛くて苦しみ、忘れるために家出をしました』

次のページをめくる。そこには、ティアナの字でこう書かれてた。

『忘れる必要あるのかなぁ、ずっと好きで居られるって”奇跡”みたい。
世の中で選ばれなくても、王子様は自然と自分のお姫様を見つけられるんじゃないかな。
私は、そんな王子様、かっこいいと思う!!』

胸が自然に高鳴って、ページをまためくった。

『頑張れ!!』

ドクン、心臓が余計に高鳴り、涙が出そうだった。

「は、ははは…ティアナを忘れたくてここまで来たのに…」

逆に励まされるなんて、どれだけ彼女の事が好きなのだろう。
この本の王子様みたいに、未練がましくティアナが好きだよ。それでも、いつか、他の人を好きになるために。

「今は好きで居ていいよな…」

そっと、その古い本を、抱きしめると、表紙に水滴が落ち、新しいシミがついた。
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