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Scene 1
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雪音と亮介は、高校の同級生だった。
亮介はバスケットボール部に所属し、雪音は帰宅部だったので、入学当初はほとんど縁はなかった。
亮介はいつもクラスの中心にいて、友人が多く、華やかな存在であり、見た目も派手で、髪は明るい茶色、ピアスもしていた。地味な存在だと自覚している雪音にとって「関わることもない遠い存在」と思っていた。
しかし、文化祭実行委員を一緒にやったときから、雪音の亮介に対する印象は変わり始めた。
それは放課後の教室で、文化祭に向けて進めるリストをノートパソコンで作成して、亮介に見せていたときだった。
「前から思ってたけどさ」
「え?」
「井上さんってこういう資料を作るの上手だよね」
亮介が言った。
「広告制作実習のときもTODOリストがわかりやすかったし、今年の修学旅行のしおり、あのスマホでみれるやつ」
「あー、作ったね。私だけじゃないけど」
「でも、井上さんが結構作ったんでしょ? 4組の柚葉が『2組の井上さんはすごい』って言ってたよ」
修学旅行のスマホで閲覧できるしおりを雪音はかなりの部分を作成した。4組の北川柚葉も同じ委員だったが、自分をほめてくれていたことを雪音は知らなかった。
「最後の文化祭だしさ、井上さんみたい子がいればうまくいくんじゃないかなって思ってる」
と亮介は微笑んだ。
クラスで目立たない自分のことをよく知ってるんだなぁ、と感心したが、それは更に大きなものとなっていく。
亮介は、クラスのメンバーのことをよく細かく知っていて、バランスにも常に気を遣っていた。あまり溶け込めていない男子に話しかけにいったり、グループから外れている女子を別の女子を通じてさりげなくフォローしていた。
いまはクラスの中心的存在の亮介だが、小学生時代には集団無視にあったこともあるらしく、その経験から来ている行動だということも教えてくれた。
「みんなには仲良くしててほしいじゃん」
少し照れながら言う亮介に雪音は微笑む。
「でも、自分がやったんだってアピールしないんだね」
「そりゃあね」
「そうやって影で動いてたらみんなは亮介くんの支えに気づいてくれないよ?」
「感謝されたくてしてるわけじゃないからなぁ。オレの過去にしても別に同情されたいわけじゃないしさ、明かす必要もないでしょ。雪音にオレの過去は話したけど……まぁみんなには秘密ってことで」
そう言いながらはにかみ気味に亮介は笑った。
秘密を共有できたこと、それはなんだか自分が特別になれたような気がして雪音は嬉しかった。そして、いつしか亮介に惹かれていっている自分の心に雪音は気づいた。
しかし、気づいた頃には受験となり、その思いを告げることもなく二人は高校を卒業した。
*
東京の大学に進んだ二人は、3年の夏に偶然、再会することになった。
雪音がバイトで働いていたカフェに亮介がやってきたのだ。
理系の化学系の学部に進んだ亮介が何やらノートパソコンに打ち込んでいるところを皿を下げに来た雪音が気づいたのだった。
バイト後に二人は会い、亮介が書いていた論文を見ながら、
「化学のことは私はわからないけど、亮介くんの文は不思議だね。相手がどう読むかを意識しているんだなって伝わる。『これってどういう意味かな?』って思うとこはちゃんと補足が出てくる。性格が出てるなぁって」
と雪音は言った。
「そういうとこ気づくのは雪音だな」
「え?」
「雪音も見る人のことを意識したことしてるなぁって思ってた。なんていうか……オレたちって似てるんじゃないかなぁって」
「え? え?」
クラスの中心人物だった亮介に、クラスの隅っこにいそうな自分と似ていると言われて雪音は恥ずかしいのか、混乱しているのか自分でもわからなくなった。しどろもどろになる雪音を見て亮介は微笑む。
「あのさ、高校のときは言えなかったけど……こうやって雪音とはいろんなこと話したいって思ってる。できれば二人で」
雪音は自分が夢を見ているのではないかと思い、眩暈がしたような気がした。
けれど、夢ではなく、その後、亮介と雪音はつきあうことになった。
大学を卒業して三年後に二人は結婚し、娘の里依紗も授かった。
何もかもが幸せで、こんな日々が続いていくと雪音は疑っていなかった。
しかし、悲劇は前触れもなく突然やってきた。
証券会社に就職していた雪音は、育休から復帰後も精力的に働いていた。しかし、いつの頃からか目がかすんだり、慢性的な頭痛や体調不良を感じることが多くなった。
「疲れてるだけだよ。周りのママたちだって頑張ってるしね」
と心配する亮介に笑顔で答えていたが、病魔は雪音を蝕んでいた。
ついに痛みに耐えることができず、病院で検査を受けることになった。そして、その結果を聞いた雪音は人生で一番の絶望感に陥ることになる。
「悪性の癌が進行しています。非常によくない状態です」
医師がそう告げたとき、隣に亮介が座っていてくれなければ、雪音は倒れてしまっていたかもしれない。自分の手を握ってくれた亮介に安堵しつつ、この人を置いていってしまうのだとわかり、雪音は大粒の涙を流した。
それでも雪音は愛する娘の里依紗と夫のために生き抜こうとした。
余命と言われた時間を超えて、雪音はその命を伸ばした。
しかし、病魔に打ち勝つことはできず、雪音はこの世を去ることになった。
この世を去る日、亮介にも、まだ6歳だった娘の里依紗にも何も言い残すことができなかった。
娘の将来をすべてを亮介に任せることになってしまったこと、数えきれない心残りを抱えたまま、雪音は天国へとやってきた。
亮介はバスケットボール部に所属し、雪音は帰宅部だったので、入学当初はほとんど縁はなかった。
亮介はいつもクラスの中心にいて、友人が多く、華やかな存在であり、見た目も派手で、髪は明るい茶色、ピアスもしていた。地味な存在だと自覚している雪音にとって「関わることもない遠い存在」と思っていた。
しかし、文化祭実行委員を一緒にやったときから、雪音の亮介に対する印象は変わり始めた。
それは放課後の教室で、文化祭に向けて進めるリストをノートパソコンで作成して、亮介に見せていたときだった。
「前から思ってたけどさ」
「え?」
「井上さんってこういう資料を作るの上手だよね」
亮介が言った。
「広告制作実習のときもTODOリストがわかりやすかったし、今年の修学旅行のしおり、あのスマホでみれるやつ」
「あー、作ったね。私だけじゃないけど」
「でも、井上さんが結構作ったんでしょ? 4組の柚葉が『2組の井上さんはすごい』って言ってたよ」
修学旅行のスマホで閲覧できるしおりを雪音はかなりの部分を作成した。4組の北川柚葉も同じ委員だったが、自分をほめてくれていたことを雪音は知らなかった。
「最後の文化祭だしさ、井上さんみたい子がいればうまくいくんじゃないかなって思ってる」
と亮介は微笑んだ。
クラスで目立たない自分のことをよく知ってるんだなぁ、と感心したが、それは更に大きなものとなっていく。
亮介は、クラスのメンバーのことをよく細かく知っていて、バランスにも常に気を遣っていた。あまり溶け込めていない男子に話しかけにいったり、グループから外れている女子を別の女子を通じてさりげなくフォローしていた。
いまはクラスの中心的存在の亮介だが、小学生時代には集団無視にあったこともあるらしく、その経験から来ている行動だということも教えてくれた。
「みんなには仲良くしててほしいじゃん」
少し照れながら言う亮介に雪音は微笑む。
「でも、自分がやったんだってアピールしないんだね」
「そりゃあね」
「そうやって影で動いてたらみんなは亮介くんの支えに気づいてくれないよ?」
「感謝されたくてしてるわけじゃないからなぁ。オレの過去にしても別に同情されたいわけじゃないしさ、明かす必要もないでしょ。雪音にオレの過去は話したけど……まぁみんなには秘密ってことで」
そう言いながらはにかみ気味に亮介は笑った。
秘密を共有できたこと、それはなんだか自分が特別になれたような気がして雪音は嬉しかった。そして、いつしか亮介に惹かれていっている自分の心に雪音は気づいた。
しかし、気づいた頃には受験となり、その思いを告げることもなく二人は高校を卒業した。
*
東京の大学に進んだ二人は、3年の夏に偶然、再会することになった。
雪音がバイトで働いていたカフェに亮介がやってきたのだ。
理系の化学系の学部に進んだ亮介が何やらノートパソコンに打ち込んでいるところを皿を下げに来た雪音が気づいたのだった。
バイト後に二人は会い、亮介が書いていた論文を見ながら、
「化学のことは私はわからないけど、亮介くんの文は不思議だね。相手がどう読むかを意識しているんだなって伝わる。『これってどういう意味かな?』って思うとこはちゃんと補足が出てくる。性格が出てるなぁって」
と雪音は言った。
「そういうとこ気づくのは雪音だな」
「え?」
「雪音も見る人のことを意識したことしてるなぁって思ってた。なんていうか……オレたちって似てるんじゃないかなぁって」
「え? え?」
クラスの中心人物だった亮介に、クラスの隅っこにいそうな自分と似ていると言われて雪音は恥ずかしいのか、混乱しているのか自分でもわからなくなった。しどろもどろになる雪音を見て亮介は微笑む。
「あのさ、高校のときは言えなかったけど……こうやって雪音とはいろんなこと話したいって思ってる。できれば二人で」
雪音は自分が夢を見ているのではないかと思い、眩暈がしたような気がした。
けれど、夢ではなく、その後、亮介と雪音はつきあうことになった。
大学を卒業して三年後に二人は結婚し、娘の里依紗も授かった。
何もかもが幸せで、こんな日々が続いていくと雪音は疑っていなかった。
しかし、悲劇は前触れもなく突然やってきた。
証券会社に就職していた雪音は、育休から復帰後も精力的に働いていた。しかし、いつの頃からか目がかすんだり、慢性的な頭痛や体調不良を感じることが多くなった。
「疲れてるだけだよ。周りのママたちだって頑張ってるしね」
と心配する亮介に笑顔で答えていたが、病魔は雪音を蝕んでいた。
ついに痛みに耐えることができず、病院で検査を受けることになった。そして、その結果を聞いた雪音は人生で一番の絶望感に陥ることになる。
「悪性の癌が進行しています。非常によくない状態です」
医師がそう告げたとき、隣に亮介が座っていてくれなければ、雪音は倒れてしまっていたかもしれない。自分の手を握ってくれた亮介に安堵しつつ、この人を置いていってしまうのだとわかり、雪音は大粒の涙を流した。
それでも雪音は愛する娘の里依紗と夫のために生き抜こうとした。
余命と言われた時間を超えて、雪音はその命を伸ばした。
しかし、病魔に打ち勝つことはできず、雪音はこの世を去ることになった。
この世を去る日、亮介にも、まだ6歳だった娘の里依紗にも何も言い残すことができなかった。
娘の将来をすべてを亮介に任せることになってしまったこと、数えきれない心残りを抱えたまま、雪音は天国へとやってきた。
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