天国で時はゆるやかに流れて

多田莉都

文字の大きさ
3 / 18
Scene 1

1-3

しおりを挟む
 雪音と亮介は、高校の同級生だった。
 亮介はバスケットボール部に所属し、雪音は帰宅部だったので、入学当初はほとんど縁はなかった。
 
 亮介はいつもクラスの中心にいて、友人が多く、華やかな存在であり、見た目も派手で、髪は明るい茶色、ピアスもしていた。地味な存在だと自覚している雪音にとって「関わることもない遠い存在」と思っていた。

 しかし、文化祭実行委員を一緒にやったときから、雪音の亮介に対する印象は変わり始めた。

 それは放課後の教室で、文化祭に向けて進めるリストをノートパソコンで作成して、亮介に見せていたときだった。

「前から思ってたけどさ」
「え?」
「井上さんってこういう資料を作るの上手だよね」

 亮介が言った。

「広告制作実習のときもTODOリストがわかりやすかったし、今年の修学旅行のしおり、あのスマホでみれるやつ」
「あー、作ったね。私だけじゃないけど」
「でも、井上さんが結構作ったんでしょ? 4組の柚葉が『2組の井上さんはすごい』って言ってたよ」

 修学旅行のスマホで閲覧できるしおりを雪音はかなりの部分を作成した。4組の北川柚葉も同じ委員だったが、自分をほめてくれていたことを雪音は知らなかった。

「最後の文化祭だしさ、井上さんみたい子がいればうまくいくんじゃないかなって思ってる」

 と亮介は微笑んだ。
 クラスで目立たない自分のことをよく知ってるんだなぁ、と感心したが、それは更に大きなものとなっていく。
 亮介は、クラスのメンバーのことをよく細かく知っていて、バランスにも常に気を遣っていた。あまり溶け込めていない男子に話しかけにいったり、グループから外れている女子を別の女子を通じてさりげなくフォローしていた。

 いまはクラスの中心的存在の亮介だが、小学生時代には集団無視にあったこともあるらしく、その経験から来ている行動だということも教えてくれた。

「みんなには仲良くしててほしいじゃん」

 少し照れながら言う亮介に雪音は微笑む。

「でも、自分がやったんだってアピールしないんだね」
「そりゃあね」
「そうやって影で動いてたらみんなは亮介くんの支えに気づいてくれないよ?」
「感謝されたくてしてるわけじゃないからなぁ。オレの過去にしても別に同情されたいわけじゃないしさ、明かす必要もないでしょ。雪音にオレの過去は話したけど……まぁみんなには秘密ってことで」

 そう言いながらはにかみ気味に亮介は笑った。
 秘密を共有できたこと、それはなんだか自分が特別になれたような気がして雪音は嬉しかった。そして、いつしか亮介に惹かれていっている自分の心に雪音は気づいた。

 しかし、気づいた頃には受験となり、その思いを告げることもなく二人は高校を卒業した。

* 
 東京の大学に進んだ二人は、3年の夏に偶然、再会することになった。
 雪音がバイトで働いていたカフェに亮介がやってきたのだ。
 
 理系の化学系の学部に進んだ亮介が何やらノートパソコンに打ち込んでいるところを皿を下げに来た雪音が気づいたのだった。

 バイト後に二人は会い、亮介が書いていた論文を見ながら、

「化学のことは私はわからないけど、亮介くんの文は不思議だね。相手がどう読むかを意識しているんだなって伝わる。『これってどういう意味かな?』って思うとこはちゃんと補足が出てくる。性格が出てるなぁって」

 と雪音は言った。

「そういうとこ気づくのは雪音だな」
「え?」
「雪音も見る人のことを意識したことしてるなぁって思ってた。なんていうか……オレたちって似てるんじゃないかなぁって」
「え? え?」

 クラスの中心人物だった亮介に、クラスの隅っこにいそうな自分と似ていると言われて雪音は恥ずかしいのか、混乱しているのか自分でもわからなくなった。しどろもどろになる雪音を見て亮介は微笑む。
 
「あのさ、高校のときは言えなかったけど……こうやって雪音とはいろんなこと話したいって思ってる。できれば二人で」

 雪音は自分が夢を見ているのではないかと思い、眩暈がしたような気がした。

 けれど、夢ではなく、その後、亮介と雪音はつきあうことになった。
 大学を卒業して三年後に二人は結婚し、娘の里依紗も授かった。
 何もかもが幸せで、こんな日々が続いていくと雪音は疑っていなかった。

 しかし、悲劇は前触れもなく突然やってきた。

 証券会社に就職していた雪音は、育休から復帰後も精力的に働いていた。しかし、いつの頃からか目がかすんだり、慢性的な頭痛や体調不良を感じることが多くなった。

「疲れてるだけだよ。周りのママたちだって頑張ってるしね」

 と心配する亮介に笑顔で答えていたが、病魔は雪音を蝕んでいた。
 ついに痛みに耐えることができず、病院で検査を受けることになった。そして、その結果を聞いた雪音は人生で一番の絶望感に陥ることになる。


「悪性の癌が進行しています。非常によくない状態です」


 医師がそう告げたとき、隣に亮介が座っていてくれなければ、雪音は倒れてしまっていたかもしれない。自分の手を握ってくれた亮介に安堵しつつ、この人を置いていってしまうのだとわかり、雪音は大粒の涙を流した。


 それでも雪音は愛する娘の里依紗と夫のために生き抜こうとした。
 余命と言われた時間を超えて、雪音はその命を伸ばした。

 しかし、病魔に打ち勝つことはできず、雪音はこの世を去ることになった。
 この世を去る日、亮介にも、まだ6歳だった娘の里依紗にも何も言い残すことができなかった。
 娘の将来をすべてを亮介に任せることになってしまったこと、数えきれない心残りを抱えたまま、雪音は天国へとやってきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...