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続きの始まり 3
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大通りから逸れた道を行けばさっきまでの喧騒はどこへやら。あちらとは隔絶された空間に来てしまったような、そんな錯覚に襲われる静けさが広がっていた。
まだ公爵邸に戻る気分にもならなかったので気の向くまま脚の向くままぷらぷらと歩いてたらどうやら住宅街に来てしまったらしい。
普通なら何もする事がない場所。だが、私達がここに来るのは初めてだ。
初めて訪れる場所というのは不思議と好奇心が湧くもので、私達は散歩がてら街を散策することにした。
家々の間の道は煉瓦で出来ていて坂道だったりぐにゃぐにゃ入り組んでいたりと散歩のはずなのにちょっとした探検でもしているような気分。
でも楽しいからってその時のノリで角を曲がったりはしない。そんな事をしたら絶対に迷う自信があるから。
ユーリも考えるところは同じらしく、何を言わなくとも角は曲がらずまっすぐ歩いていた。
しばらく道なりに歩いていると、突き当たりに出た。そこには初めて見るなんだかへんてこな造りの建物があった。
白くて大きくて四角い建物。お店には見えないし、かと言って家にも見えない。
じろじろと建物を眺めていたら入口らしき所からお爺さんが出てきた。その手には二冊本が抱えられている。
「あの、すみません。ここってお店か何かですか?」
「ん?いや違うよ。ここは図書館だ。夕方まで開いているからお嬢さんも寄っていくといい。」
おお、図書館だったのか。全然それっぽくないな。
私はお爺さんにお礼を言うとユーリを連れて意気揚々と中に入った。ユーリも気になるのか特に抵抗する事なく引っ張られながらついてくる。
中に入った私の口からは思わず感嘆の溜息が漏れた。すごい量の本。
壁一面が本で埋まっていて、それだけでも足りないのか所狭しと本棚が並べられている。
村にある図書館よりもお婆さんの家の方が本は多かったがここはそれ以上だ。
柔らかな日差しが日取り窓から射しこみ、それによって暖かくなった図書館の中は本独特の匂いで満ちている。
私はこの匂いが結構好き。なんとなく落ち着く。
「それじゃあまた後で」
見たところ人は二、三人くらいしかいない様だが図書館では小声で話すのが暗黙の了解だろう。小声でユーリにそう声をかけてから興味の湧くような本を探しにいく。
本の背表紙に指を滑らせながら順々に本棚を見て回った。
あ、これ面白そう。
お目当ての本の背表紙に視線を留め、滑らせていた指で本を引き抜く。
表紙にはデカデカと「初心者魔法入門」と書いてあった。
村の学舎で魔法の基礎は一通り習ったから基礎魔法なら使うことが出来る。基礎魔法なんていってはいるけど物を浮かせたりといった初級中の初級なんだけどね。
もっと分かりやすく言うと教えてもらわなくても出来ちゃうやつ。
私は意外にも分厚いその本を持って奥にある机に本を置き腰掛けた。座って早々にページをめくる。
公爵邸では地理や歴史、算術や法律などの普通の勉強なら習ったけど魔法に関しては一時間どころか一分も習ってない。というか授業中に魔法の「魔」の字もでない。
だから私の魔法の知識は村で習ったところ止まり。お婆さんの家や図書館で魔法に関する本を読んでも習っている事が前提で書かれているものばかりだからさっぱり意味が分からんのだ。
なので私が使えるのはさっき言った初級中の初級だけ。つまらん。
女公爵様は極力魔法を使わない主義なのか必要ないからか使っているところは見たことがない。屋敷には魔法関連の書物もない。魔法関連の物なんて照明くらいじゃないだろうか。といってもそれは魔法じゃなくて魔道具っていう特別な鉱石から出来た不思議道具なんだけど。
要するに何が言いたいかというと魔法に触れたい、と言いたいのだ。もうとにかく文字でもいいから魔法の「魔」の字を見てたい。理解できなくても使えなくてもいいから。
だってこんなにも面白いものが身近にあるのに触れないなんてつまらない。
自分で魔法を使ったりユーリが使っているのを見ても良かったんだけどそれはなんか違う。
大体使えたとしてもしょぼいし。
私は新しい魔法を習い、見、使える様になりたいんだ!!
というわけで久しぶりの魔法の「魔」の字との対面にうはうは興奮していた私は時間を忘れて本を舐め回す様な心持ちで(気持ち悪い)読み耽っていた。
本から顔を上げた時、日取り窓から見える空が爽やかな雲一つない青から橙色に変わっていた。
壁に掛けてある時計を見ればここに来てから三時間も経っている。
変わっていたのは空の色と時間だけではない。手に持っていた本もだった。
いつの間に。
題名は「初心者用魔法入門の次に下手くそが読むべし!」。
………なんでだろう一気に読む気が失せるのは。
「エリス、そろそろ帰らないと」
「あ、分かった。これ片付けてくるから先に外行ってて」
いつの間に後ろに立っていたのか。肩に手を置くユーリからなんとなく手元の本を隠す。
見られたらなんか駄目な気がしたんです。
素直にユーリが離れていくのを確認してから、私は大きく息を吐き出した。
ユーリを先に外に行かせたのは長時間この空間にいたから早く外に出て新鮮な空気を吸いたいだろうな、という気遣いからだ。
決して本を戻す時について来られたら困るとかそういうんじゃない。
ずっと椅子に座っていたために凝ってしまった体をねじった。
その後は両手指を絡ませて上に伸ばしながらそのまま横に体を傾ける。あ、バキボキいってる。いでで。
こんなに時間を忘れて集中したのは随分久しぶりな気がする。
集中しすぎてここが村の図書館ではない事や今日私達がここにいるのはあそこを抜け出してきたからだという誤魔化したいけど忘れちゃいけない事実すら忘れていたが。
私達が抜け出した事は時間的にバレているだろう。ならば焦って帰る必要はない。ゆっくりと行こうじゃないか。
さて、いったいこの本はどこから持ってきたのか。
題名からして「初心者用魔法入門」の隣とかかな。
私は席を立ち本棚へと向かった。
閉館時間が何時かは分からないが、多分もう直ぐなのだろう。中は私以外一人もいないように思われる。
図書館に一人きりというのはいささか居心地の悪いもので、少し焦りながら元の位置を探す。
あ、あった………
早々に一冊が抜かれている場所が見つかり思わず表情が緩む。しかし隣の本の題名を確認した私からすっと表情が消えるのが分かった。きっと今の私の顔は真顔だと思う。
隣には初めに読んでいた「初心者用魔法入門」の他に「下手くそから脱却した後に読む魔法の本」「ちょっと上手く使えるからと調子に乗っている奴に読ませる本」「知能がなくとも分かる馬鹿の為の魔法中級編」………。
なんだこの本達は。ツッコミどころ満載じゃあないか。長いし読む人を罵倒してるし。
いくら集中していたとはいえなんでこの本を取ってしまったんだろう。どうせこれの続きだ!という単純思考で手に取ったんだろうがせめて題名くらい確認しないか私。ちゃんと見なくてもある意味すごい題名じゃないか。
いや、題名とは正反対の素晴らしい内容であったし、題名で先入観を抱くのは良くないんだろうけどさ。
本を戻した私は見なかったことにした。
さて帰ろうかと踵を返しかけて本棚の裏から紙の擦れる音が聞こえる事に気付いた。
どうやら他にも人がいたらしい。
一人きりじゃないと分かった途端先程までの居心地の悪さは消えて無くなっていた。自分はもう帰るというのに不思議なものだ。
私の記憶違いでなければこの裏は専門書や他国の地理歴史、経済といった本が置かれているんじゃなかったか。
そういった本を読むのはどういう人なんだろうと少し興味が湧いた。なんでこんなに興味が湧くのかは分からない。
私はなんとなくの興味本意のまま裏側へとまわってみた。
そこは窓の直ぐ側だからか差し込む夕日で橙色に染められており、夕日に照らされながらページをめくっていた人が私の気配に気が付いたのかふと顔を上げた。
十代後半くらいだろうか、二十を過ぎているようには見えない彼はなんというかびっくりするほどに整った顔をしていた。綺麗な顔立ちの人はよく見るけど今まで見てきた中で飛び抜けて群を抜いている。
すらりとした細身の体は私よりも頭一つ分以上大きい。
こちらを向いたことで肩からたれてきた黒髪はサラサラで、同じ黒髪の持ち主として羨ましいくらい。
吸い込まれそうな切れ長の黒い瞳に長いまつげ、筋の通った鼻に血色のよい薄い唇、一目できめ細かいと分かる白い肌。
まるで彫刻品のように整ったその顔は中性的で、見ようによっては女性にも見えると思う。
なのに女として負けた、と思わないのは張り合うにはあまりに高すぎる相手だからだろうか。
シャツに黒いズボンというありきたりな服装だが何故か平民が着ているそれとは違って上品さを感じる。もしかしたら平民じゃないのかもしれない。
きっと女の人には困っていないんだろうな、なんて感想を抱く。……他に思うところはないのか。
なんとなく噛み合った視線を逸らすタイミングが掴めずに結果的にそのまま見つめ合う。
なんだこれ。
「……」
「……」
互いの間に落ちる沈黙を先に破ったのは目の前の人物だった。
「ああ、そろそろ閉館時間ですね」
それは私に話しかけるというよりは独り言のようだった。胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認してから彼は本と時計をしまう。
「貴女もそろそろここを出るのですか?」
「え、あ、はい」
まさか話しかけてくるとは思わなかったので呆けた声が出る。
きっと成り行き上仕方なく声をかけてくれたんだろう。視線が合ってたのに無視するのが気まずいからかは分からないが優しい人だ。
閉館時間じゃなかったら私は読書の邪魔をした傍迷惑な人になるところだった。ちょっと反省しなきゃな。
「そうですか。もうすぐ日も暮ることですしお気をつけて」
「ありがとうございます?」
なんで疑問形になった。
背を向けて歩き出したその人はしかし数歩進んだところで足を止めこちらを振り返った。
「出過ぎだ真似かもしれませんが一つだけ」
「?」
「先程のような呆けた顔をしていると不細工になりますよ」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべながら男はそう言うと今度こそ去っていく。
私はというといきなりの事にその場に立ち尽くしていた。
えっと、今私は初対面の人に不細工になると言われたのか?
先程の言葉を頭の中でゆっくりと反芻する。
………なんっだあの男ぉ!!性格最悪だな!!ほんっとに出過ぎた真似だよ!!余計なお世話だってんだくそ男ーー!!
ここが図書館の中でなかったなら絶対に言葉に出して叫んでいた。ついでに地団駄も踏んでいただろう。
前言撤回、全然優しい人じゃなかった。
もう絶対に会いたくない!!
私は内心憤慨しながら図書館を出た。
「あれ、ユーリー?」
このイライラをユーリにも分かってもらおうと思っていたのに、当の本人がいない。なんだか肩透かしを食らったような気分だ。
「おーい…」
「エリスさん随分と遅かったですね」
ポーチから出たところでいきなり有り得ない声が真横から聞こえてきた。
慌てて距離を取り声の方を見れば、オーリーさんがユーリの手を捕まえてそこに立っていた。
よく見てみればユーリの肩には魔法陣らしきものが描かれた紙が貼ってある。推察するに動きを封じるとか、抵抗の意思を失くすとかの類だろう。あんな魔法陣は見た事がないからきっとオーリーさんお手製のもの。……いやまあ私が知らないだけかもという線も拭えないが。
魔法陣は作ろうと思えば作れてしまうものだし、(簡単じゃないけど)そういった効力のものならオーリーさんなら作りかねない。
「ユーリ……」
「悪い、捕まった。」
「うん、だからね。」
謝るユーリには悪いが私は我が身が可愛い。ので。
「ごめん、達者でね!!」
私は一人逃げる事にした。
逃げたからといって説教から逃れられるわけでもましてや帰る邸が変わるわけでもないが、抵抗したい。最後の悪足掻きというやつだ。
これはよくある話。村でもどっちかが捕まったらどちらも我関せずとばかりに逃げていたからね。ジルバールがいたら躊躇いなくあいつを囮にしてたけど。
ふっ、所詮絆とはそんなものだ。
「だっ?!」
とかなんとか悟ったような事を考えていたら何もない所で転んだ。綺麗に頭から地面に突っ込んでいった。
なんでこうなった、と足元を見てみればなんと蔦が絡んでいるではないか。どういうことだ。
困惑していれば上から脇に手を入れて持ち上げられる。顔を確認すればそれはオーリーさんではなく女公爵様とよく一緒にいる執事さんだった。
なんだ、二人もいたのか。
執事さんは片手で私を抱き抱えながら額から垂れてくる血を優しくハンカチーフで拭ってくれた。
前述した通り私はまだ簡単な物を浮かせるとかの初級中の初級魔法しか習ってない。習ってないということはつまり使えないということ。
まあ何が言いたいんだ、と言いますと、そうですね、はい、簡単につかまりました、ですかね。
帰ってこってり絞られました。
後書き
あくまで日常ものです。
まだ公爵邸に戻る気分にもならなかったので気の向くまま脚の向くままぷらぷらと歩いてたらどうやら住宅街に来てしまったらしい。
普通なら何もする事がない場所。だが、私達がここに来るのは初めてだ。
初めて訪れる場所というのは不思議と好奇心が湧くもので、私達は散歩がてら街を散策することにした。
家々の間の道は煉瓦で出来ていて坂道だったりぐにゃぐにゃ入り組んでいたりと散歩のはずなのにちょっとした探検でもしているような気分。
でも楽しいからってその時のノリで角を曲がったりはしない。そんな事をしたら絶対に迷う自信があるから。
ユーリも考えるところは同じらしく、何を言わなくとも角は曲がらずまっすぐ歩いていた。
しばらく道なりに歩いていると、突き当たりに出た。そこには初めて見るなんだかへんてこな造りの建物があった。
白くて大きくて四角い建物。お店には見えないし、かと言って家にも見えない。
じろじろと建物を眺めていたら入口らしき所からお爺さんが出てきた。その手には二冊本が抱えられている。
「あの、すみません。ここってお店か何かですか?」
「ん?いや違うよ。ここは図書館だ。夕方まで開いているからお嬢さんも寄っていくといい。」
おお、図書館だったのか。全然それっぽくないな。
私はお爺さんにお礼を言うとユーリを連れて意気揚々と中に入った。ユーリも気になるのか特に抵抗する事なく引っ張られながらついてくる。
中に入った私の口からは思わず感嘆の溜息が漏れた。すごい量の本。
壁一面が本で埋まっていて、それだけでも足りないのか所狭しと本棚が並べられている。
村にある図書館よりもお婆さんの家の方が本は多かったがここはそれ以上だ。
柔らかな日差しが日取り窓から射しこみ、それによって暖かくなった図書館の中は本独特の匂いで満ちている。
私はこの匂いが結構好き。なんとなく落ち着く。
「それじゃあまた後で」
見たところ人は二、三人くらいしかいない様だが図書館では小声で話すのが暗黙の了解だろう。小声でユーリにそう声をかけてから興味の湧くような本を探しにいく。
本の背表紙に指を滑らせながら順々に本棚を見て回った。
あ、これ面白そう。
お目当ての本の背表紙に視線を留め、滑らせていた指で本を引き抜く。
表紙にはデカデカと「初心者魔法入門」と書いてあった。
村の学舎で魔法の基礎は一通り習ったから基礎魔法なら使うことが出来る。基礎魔法なんていってはいるけど物を浮かせたりといった初級中の初級なんだけどね。
もっと分かりやすく言うと教えてもらわなくても出来ちゃうやつ。
私は意外にも分厚いその本を持って奥にある机に本を置き腰掛けた。座って早々にページをめくる。
公爵邸では地理や歴史、算術や法律などの普通の勉強なら習ったけど魔法に関しては一時間どころか一分も習ってない。というか授業中に魔法の「魔」の字もでない。
だから私の魔法の知識は村で習ったところ止まり。お婆さんの家や図書館で魔法に関する本を読んでも習っている事が前提で書かれているものばかりだからさっぱり意味が分からんのだ。
なので私が使えるのはさっき言った初級中の初級だけ。つまらん。
女公爵様は極力魔法を使わない主義なのか必要ないからか使っているところは見たことがない。屋敷には魔法関連の書物もない。魔法関連の物なんて照明くらいじゃないだろうか。といってもそれは魔法じゃなくて魔道具っていう特別な鉱石から出来た不思議道具なんだけど。
要するに何が言いたいかというと魔法に触れたい、と言いたいのだ。もうとにかく文字でもいいから魔法の「魔」の字を見てたい。理解できなくても使えなくてもいいから。
だってこんなにも面白いものが身近にあるのに触れないなんてつまらない。
自分で魔法を使ったりユーリが使っているのを見ても良かったんだけどそれはなんか違う。
大体使えたとしてもしょぼいし。
私は新しい魔法を習い、見、使える様になりたいんだ!!
というわけで久しぶりの魔法の「魔」の字との対面にうはうは興奮していた私は時間を忘れて本を舐め回す様な心持ちで(気持ち悪い)読み耽っていた。
本から顔を上げた時、日取り窓から見える空が爽やかな雲一つない青から橙色に変わっていた。
壁に掛けてある時計を見ればここに来てから三時間も経っている。
変わっていたのは空の色と時間だけではない。手に持っていた本もだった。
いつの間に。
題名は「初心者用魔法入門の次に下手くそが読むべし!」。
………なんでだろう一気に読む気が失せるのは。
「エリス、そろそろ帰らないと」
「あ、分かった。これ片付けてくるから先に外行ってて」
いつの間に後ろに立っていたのか。肩に手を置くユーリからなんとなく手元の本を隠す。
見られたらなんか駄目な気がしたんです。
素直にユーリが離れていくのを確認してから、私は大きく息を吐き出した。
ユーリを先に外に行かせたのは長時間この空間にいたから早く外に出て新鮮な空気を吸いたいだろうな、という気遣いからだ。
決して本を戻す時について来られたら困るとかそういうんじゃない。
ずっと椅子に座っていたために凝ってしまった体をねじった。
その後は両手指を絡ませて上に伸ばしながらそのまま横に体を傾ける。あ、バキボキいってる。いでで。
こんなに時間を忘れて集中したのは随分久しぶりな気がする。
集中しすぎてここが村の図書館ではない事や今日私達がここにいるのはあそこを抜け出してきたからだという誤魔化したいけど忘れちゃいけない事実すら忘れていたが。
私達が抜け出した事は時間的にバレているだろう。ならば焦って帰る必要はない。ゆっくりと行こうじゃないか。
さて、いったいこの本はどこから持ってきたのか。
題名からして「初心者用魔法入門」の隣とかかな。
私は席を立ち本棚へと向かった。
閉館時間が何時かは分からないが、多分もう直ぐなのだろう。中は私以外一人もいないように思われる。
図書館に一人きりというのはいささか居心地の悪いもので、少し焦りながら元の位置を探す。
あ、あった………
早々に一冊が抜かれている場所が見つかり思わず表情が緩む。しかし隣の本の題名を確認した私からすっと表情が消えるのが分かった。きっと今の私の顔は真顔だと思う。
隣には初めに読んでいた「初心者用魔法入門」の他に「下手くそから脱却した後に読む魔法の本」「ちょっと上手く使えるからと調子に乗っている奴に読ませる本」「知能がなくとも分かる馬鹿の為の魔法中級編」………。
なんだこの本達は。ツッコミどころ満載じゃあないか。長いし読む人を罵倒してるし。
いくら集中していたとはいえなんでこの本を取ってしまったんだろう。どうせこれの続きだ!という単純思考で手に取ったんだろうがせめて題名くらい確認しないか私。ちゃんと見なくてもある意味すごい題名じゃないか。
いや、題名とは正反対の素晴らしい内容であったし、題名で先入観を抱くのは良くないんだろうけどさ。
本を戻した私は見なかったことにした。
さて帰ろうかと踵を返しかけて本棚の裏から紙の擦れる音が聞こえる事に気付いた。
どうやら他にも人がいたらしい。
一人きりじゃないと分かった途端先程までの居心地の悪さは消えて無くなっていた。自分はもう帰るというのに不思議なものだ。
私の記憶違いでなければこの裏は専門書や他国の地理歴史、経済といった本が置かれているんじゃなかったか。
そういった本を読むのはどういう人なんだろうと少し興味が湧いた。なんでこんなに興味が湧くのかは分からない。
私はなんとなくの興味本意のまま裏側へとまわってみた。
そこは窓の直ぐ側だからか差し込む夕日で橙色に染められており、夕日に照らされながらページをめくっていた人が私の気配に気が付いたのかふと顔を上げた。
十代後半くらいだろうか、二十を過ぎているようには見えない彼はなんというかびっくりするほどに整った顔をしていた。綺麗な顔立ちの人はよく見るけど今まで見てきた中で飛び抜けて群を抜いている。
すらりとした細身の体は私よりも頭一つ分以上大きい。
こちらを向いたことで肩からたれてきた黒髪はサラサラで、同じ黒髪の持ち主として羨ましいくらい。
吸い込まれそうな切れ長の黒い瞳に長いまつげ、筋の通った鼻に血色のよい薄い唇、一目できめ細かいと分かる白い肌。
まるで彫刻品のように整ったその顔は中性的で、見ようによっては女性にも見えると思う。
なのに女として負けた、と思わないのは張り合うにはあまりに高すぎる相手だからだろうか。
シャツに黒いズボンというありきたりな服装だが何故か平民が着ているそれとは違って上品さを感じる。もしかしたら平民じゃないのかもしれない。
きっと女の人には困っていないんだろうな、なんて感想を抱く。……他に思うところはないのか。
なんとなく噛み合った視線を逸らすタイミングが掴めずに結果的にそのまま見つめ合う。
なんだこれ。
「……」
「……」
互いの間に落ちる沈黙を先に破ったのは目の前の人物だった。
「ああ、そろそろ閉館時間ですね」
それは私に話しかけるというよりは独り言のようだった。胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認してから彼は本と時計をしまう。
「貴女もそろそろここを出るのですか?」
「え、あ、はい」
まさか話しかけてくるとは思わなかったので呆けた声が出る。
きっと成り行き上仕方なく声をかけてくれたんだろう。視線が合ってたのに無視するのが気まずいからかは分からないが優しい人だ。
閉館時間じゃなかったら私は読書の邪魔をした傍迷惑な人になるところだった。ちょっと反省しなきゃな。
「そうですか。もうすぐ日も暮ることですしお気をつけて」
「ありがとうございます?」
なんで疑問形になった。
背を向けて歩き出したその人はしかし数歩進んだところで足を止めこちらを振り返った。
「出過ぎだ真似かもしれませんが一つだけ」
「?」
「先程のような呆けた顔をしていると不細工になりますよ」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべながら男はそう言うと今度こそ去っていく。
私はというといきなりの事にその場に立ち尽くしていた。
えっと、今私は初対面の人に不細工になると言われたのか?
先程の言葉を頭の中でゆっくりと反芻する。
………なんっだあの男ぉ!!性格最悪だな!!ほんっとに出過ぎた真似だよ!!余計なお世話だってんだくそ男ーー!!
ここが図書館の中でなかったなら絶対に言葉に出して叫んでいた。ついでに地団駄も踏んでいただろう。
前言撤回、全然優しい人じゃなかった。
もう絶対に会いたくない!!
私は内心憤慨しながら図書館を出た。
「あれ、ユーリー?」
このイライラをユーリにも分かってもらおうと思っていたのに、当の本人がいない。なんだか肩透かしを食らったような気分だ。
「おーい…」
「エリスさん随分と遅かったですね」
ポーチから出たところでいきなり有り得ない声が真横から聞こえてきた。
慌てて距離を取り声の方を見れば、オーリーさんがユーリの手を捕まえてそこに立っていた。
よく見てみればユーリの肩には魔法陣らしきものが描かれた紙が貼ってある。推察するに動きを封じるとか、抵抗の意思を失くすとかの類だろう。あんな魔法陣は見た事がないからきっとオーリーさんお手製のもの。……いやまあ私が知らないだけかもという線も拭えないが。
魔法陣は作ろうと思えば作れてしまうものだし、(簡単じゃないけど)そういった効力のものならオーリーさんなら作りかねない。
「ユーリ……」
「悪い、捕まった。」
「うん、だからね。」
謝るユーリには悪いが私は我が身が可愛い。ので。
「ごめん、達者でね!!」
私は一人逃げる事にした。
逃げたからといって説教から逃れられるわけでもましてや帰る邸が変わるわけでもないが、抵抗したい。最後の悪足掻きというやつだ。
これはよくある話。村でもどっちかが捕まったらどちらも我関せずとばかりに逃げていたからね。ジルバールがいたら躊躇いなくあいつを囮にしてたけど。
ふっ、所詮絆とはそんなものだ。
「だっ?!」
とかなんとか悟ったような事を考えていたら何もない所で転んだ。綺麗に頭から地面に突っ込んでいった。
なんでこうなった、と足元を見てみればなんと蔦が絡んでいるではないか。どういうことだ。
困惑していれば上から脇に手を入れて持ち上げられる。顔を確認すればそれはオーリーさんではなく女公爵様とよく一緒にいる執事さんだった。
なんだ、二人もいたのか。
執事さんは片手で私を抱き抱えながら額から垂れてくる血を優しくハンカチーフで拭ってくれた。
前述した通り私はまだ簡単な物を浮かせるとかの初級中の初級魔法しか習ってない。習ってないということはつまり使えないということ。
まあ何が言いたいんだ、と言いますと、そうですね、はい、簡単につかまりました、ですかね。
帰ってこってり絞られました。
後書き
あくまで日常ものです。
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