事態は更にややこしくなりました

のぎく

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はじめ。

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 きっかけは、王族の婚姻だった。

 当時は政略結婚が当たり前。爵位が釣り合った者同士、利害が一致した者同士が家どうしの結びつきを強くするために自分の子供を利用する。

 子供は家の駒。

 結婚は政治の一貫。

 それが『結婚』というもので、誰だってそれが当たり前だと思っていた。
 けれどそんな中、まだ王太子だった現在の国王陛下が伯爵家の少女と恋仲となり、当時婚約者のいなかった陛下は恋人との結婚を強く望んだ。

 もちろん周りからは猛反対にあったという。それはそうだ、国で二番目に偉いお方がそんなことを言い出すなんて『結婚』の概念が根本から崩れてしまう。ましてや王族の結婚は議論に議論を重ね、身分が釣り合うだけでなく国の利になるものでなければならない。そんな考えが蔓延るなかで当の本人がそれに関係なく相手を連れてきたら周りは大変困った事だっただろう。

 けれど、彼らは諦めなかった。国王陛下は恋人を妃に添えるべく奮闘し、数々の実績を残す事で周りを黙らせた。すると今まで猛反対に遭っていたのが嘘のように反発の声は沈静化し、そこからは不気味なほどすんなりと話が進んだという―――これについて私は周りが二人の熱意に絆されたか、手遅れかに見えたのだと思っている。それほど騒ぎの収束の流れが不自然だったためだ――。

 話を戻す。これにより『結婚』は政略に利用するものではなく想い合うもの同士が結ばれるためのもの、という流れができたのだ。
 今までは泣く泣く恋心を諦めていた人たちはこれに歓喜した。恋仲となり結ばれた二人を皮切りに恋愛結婚を行う人々が増え、四十年も経つ今では政略結婚の方が少なくなっている。

 政略結婚というものが無くなったわけではないが恋愛結婚が主流となり、それによって結ばれる人が増えたのがこの国、ジギルド王国貴族界での現状だ。

 貴族──それも高位貴族に生まれたからにはまず結婚しないという選択肢はない。

 結婚し、子を産み、次代に繋げる。
 それが貴族の義務の一つだから。    

 いくら恋愛結婚が主流になったからといって、その義務はなくなったりしない。自分で相手を選ぶ今だからこそ以前よりもこの義務が重要視されていると言えよう。

 貴族たちはそんな理由から積極的に子供を社交の場へと連れて行く。親の友人の子供たちと顔合わせをしたり、時には茶会や誕生会に連れて行かれたり。
 そうして人脈と顔を広めることで結婚適齢期までにいい人と巡り合えるように計らわれるのだ。
 例え巡り合えなくとも友人がいれば紹介、という形をとることもできる。何にしても人脈は広げておくに越したことはない。貴族の子供は何かと忙しいのだ。

 恋愛結婚バンザイ。
 政略結婚なんてもう過去のこと。
 幸せな結婚をしてこそ令嬢の鑑。

 そんな謳い文句が広がるなか、レインワーズ公爵家の長女として生まれた私ことアタリー十八歳。
 そろそろ恋人を作り、婚約していてもおかしくない年頃だった。




 ************




「ああ、かったるいわぁ」

 ティーカップ片手に頬杖をつきながらそう呟くもそのだらしのない姿に注意する人はいなく、むしろ苦笑される始末。

 レインワーズ邸の庭のはし、花壇と生垣に囲まれた開けた場所にて今は友人二人を招いたお茶会の最中だ。イスとテーブルは白で統一され、テーブルの上には色とりどりの焼き菓子と紅茶が用意されている。いつもなら真っ先にお菓子に手を伸ばすのだが、今日はそんな気にもなれず手にしたカップの中身をユラユラ意味もなく揺らしている。
 いくら外面を作る余裕がないとはいえ家人や使用人たちにこの姿を見られたら叱責ものだろうが、生憎とここには私の信頼する友人しかいない。屋敷からも死角になっているので見られることはないだろう。ならば思う存分、と言うのも変だが、ありのままの姿をさらけ出せるというもの。

「何が、と聞くのは野暮かねぇ」

 微笑みが眩しい彼女は今日の招待客であり数少ない友人の一人であるシャンタル・オータン。金色の髪を二つに別けゆるくまとめた美少女。今日の空と同じ色の淡いドレスが彼女の魅力をさらに際立たせているのだが、その老婆のような口調が全てを台無しにする残念系だ。

「どうせあれでしょ?結婚しろー、恋人はまだかーってうるさいとかなんとか」
「分かってるんじゃない」

 からかい混じりにそう言ってくるのは真っ白な髪を持つこちらもシャンタルに負けず劣らずの美人、リリー・スワルモ。こちらは全身を黒で統一し、大胆にも足を出した服装だ。肩に羽織ったローブもそこから覗く服も足を覆う長い靴下さえも黒一色というめずらしい格好だ。
 黒で統一するのは彼女のこだわりなのだと、いつだったか聞いた覚えがある。

「『いい人の一人や二人、いないの?』『私早く息子が欲しいわあ~』って……もう、胃が痛い」

 はあああ。
 気が重い期待が重い胃がキリキリいう。それもこれも、これまで適当に話を流していた私の自業自得なのだと分かってはいるが。

「仕方がないさ。あと二年、されど二年。心配されているのだろうよ」
「それはまあ、ねえ」

 この国の成人は二十歳で、女性の結婚適齢期は二十から二十二歳頃。いい人を見つけ、婚約するのは十八歳までが良いとされているのだ。あくまでも目安であるからしてその歳までに必ず結婚しなければならないわけではない。ただ、この頃にしておかないと親たちからの催促や期待が多くなったり、重くなったりするだけで。

 シャンタルのいうことも分かる。今のうちに相手ができなければ後々大変な思いをするのは私なのだ。母が口をすっぱくしてまだかまだかと言うのは私を思ってのことだとも。

 今がどれだけ大事な時期か、それは社交場に出れば身に染みる。

 この歳になるともう社交界デビューを済ませてるわけで、私は茶会の他に夜会などにも出たりする。そうすると、必ずといっていいくらい毎度毎度人に囲まれるのだ。そのほとんどは相手がいない男たちで、我先にと次期女公爵たる私の夫の座を狙ってくる。
 それはもう目をギラギラ欲で光らせて。

 いやね、まだ相手がいない人たちがよりよい条件の相手を見繕おうとするのは分かるよ。そんな人たちの前に『未婚で婚約者や恋人の噂もない将来が確約された高位貴族』という好条件の優良株がいれば飛びつくだろうことも。
 けど、あまりにもあからさますぎて男として見る以前に正直引く。うっとうしいし、気持ち悪いし、迷惑。真面目に近づかないでほしい。お前らのせいで私は高級魚にでもなった気分になるんだぞ、と声を大にしたい。出来ないけど。

 なにも知らない女子たちからは羨ましげに見られるが、現実はこんなもんである。
 私自身のことなど全く見ていない身分、家柄、肩書きに釣られるだけの男など誰が選ぶものか。そうやってうっとうしいから女にモテないのだとなぜ気づかない。というかその後ろで必死になってる少女たちは目に入っていないのか。彼女たちに声をかけた方がまだ見込みはあると思うんだが。それすら分からない頭には何が詰まってるんだ、馬鹿か、馬鹿なのか、頭振ったらカラコロと音でもするんじゃないの、と最近本気で思ってる。

 はっきり言おう。私にはいい人どころか好きな人なんてものもいない。更にぶっちゃければ結婚自体望んでない。嫌だ結婚したくないっ。一生独身がいいっ。
 けれど私の立場がそれを許してくれない。これで兄姉や弟妹がいたならまた話は別だったろうが、残念なことに私は一人っ子。将来爵位を継がなければいけない身なのだ。ということは次の跡取りがいるわけで、つまり旦那が必要なわけだ。そんな私が「結婚したくありません」「はいそうですか」と頷いてもらえるわけがない。

「そもそもアタリーは男が好きじゃあないもんね」
「その言い方は誤解を招くからやめて。正確には結婚したくないのっ!」
「その理由が男でしょうが。変わりないでしょ?」

 呆れられてぐうの音もでない。

「まあ、そうなるも止むをえんだろうさ。事情を知る自分としては正直なところ、同情するよ」

 言葉通り哀れみの目を向けられて、サッとカップでその目線を遮る。
 やめて、そんな目で見ないで。

 二人には話してあるが、私が結婚したくないのにはもちろんきちんとした理由がある。一見くだらない、けれど私としては大真面目な理由が。

 これには私の親族たちが大いに関係している。

 まず父。
 父は阿呆だ。顔はいいがそれはもう阿呆である。阿呆の中の阿呆である。天然といえばまだ聞こえはいいが、私には阿呆としかいえない。
 実の父に阿呆阿呆連発しているのはどうかと思われるだろうが、阿呆なのだから仕方がない、連発させるほど阿呆なのだとご理解いただきたい。
 その分、というか見た目はとても整っており、「ああ、顔にばかり栄養がいったんだな」と思わせられる阿呆っぷり。
 ちなみに私は母親似。

 それだけじゃない。

 祖父は怒りっぽく無類の女好き。

 叔父は働かないヒモ。

 伯父は浮気性で口達者。

 一の従兄弟は貢がせ男。

 ニの従兄弟は母親大好き。

 三の従兄弟は自分大好きで自信過剰。

 このダメ男たちはいかんせん中身がダメダメで、もう救いようがないダメダメさ。冗談抜きに。政略結婚で家庭を持ったとはいえよく嫁や家族から見放されなかったな、というくらいに。
 しかも政略婚した夫婦で関係が冷めきってる、なんてよくある話なのに、結婚してない従兄弟を除きダメ男を夫にもらった嫁たちはなんと皆関係が冷めきっているどころか良好な夫婦関係を築けているのだ。

 いや良好なら良好でいいし、夫婦仲が冷めきってるよりも全然いいんだけどさ。
 でも、普通は見放すくらいにそれはもうダメ男さに磨きがかかってるんだよ?
 真実を知ってる人は「自分ならさっさと見限る」とか言っちゃうダメさなんだよ?

 ならなんでそんなダメ男群は見限られないし見放されないのか。

 その理由は一重に、そう、嫁たちにもこれまた問題があるからなのだ。

 家族はともかく嫁が旦那を見捨てなかった理由。それは簡単に言うと「ダメ男好き」。母含め嫁たちはダメ男の何がダメなのか全く分かっていなく、仕方ないの一言で済ませられるダメ男増幅人ぞうふくじんたちなのだ。ダメ男のすることをなんでも肯定し、とことん甘やかし、温かく見守る。これが増幅人たる所以。

 それを冷静に見て育ち、結婚に夢を持てるか。

 男を好きになりたいと思うか。

 答えは否。

 さらにその血を継いでいるのもあって自分も将来ああなったら、あんな男に引っかかったらと思うと恐怖しかない。
 そんな環境に育ったせいか、私はどうも男を好きになれずにいる。
 かといって女の子が好きなわけでもないんだけど。

 これでも人並みに恋愛してみたいと思ったことはある。でも、寄ってくる皆が皆親族たちに重なって見えるし、どうしてか同じ匂いがするし、そもそも近づきたくないとすら思うーーー寄ってくるのがそういう輩ばかりなのかもしれないがーーー。

「もはや男不信、いや結婚不信気味ってことかな?」

 くつくつと喉で笑うシャンタルを睨みつける。シャンタルはそっと両手を上げてすまないとやはり微笑う。

「だから早く恋人を作れ、って言われるけど無理。先が怖くて仕方ないんだけど」
「けど、立場的に結婚は逃れられないわよ?どうする気なの?」

 頭を抱える私にそんな生々しい現実を突きつけないで欲しい。笑いながら言ってる時点で確信犯だよね、絶対。
 二人して私のことを揶揄ってそんなに楽しいかっ。

 ああーっ結婚いやだぁーっ。
 こういう時ほどこの身分に生まれたことが不便に感じる。しがらみも何もなかったなら結婚なんてしなくてもいいのに。
 しかし悲しいかな、周りや立場がそれを許してくれない。ここまで粘って粘って避けてきた。それでも当たり前だが『結婚しなくてもいいよ』なんて言ってくれる人はいなくって。

「…………………自分で相手を選ぶ、とか」
「…お、おおー……ようやくなのね。というかよく決心できたわね」
「まさに一大決心。すごいすごい」
「私アタリーはこのまま無理やりにでも結婚しないで逃げ回ると思ってたわ」

 パチパチとまばらに拍手が起こる。
 いい加減腹を括らねばなるまい。もう逃げてばかりいられる期間は終わったのだ。ならばどうすればよりよい未来が訪れるかに頭を使ったほうがいい。
 ダメダメな親族たちはみな政略結婚で、親によってダメ同士が引き合わせられたのだから自分できちんと相手を見繕えばダメ男を迎えることにはならない、はず。
 幸い今は恋愛結婚が尊ばれるし、自分で相手を探せるご時世。政略婚する必要がないならダメ男と引き合わせられる可能性はほぼない。
 独身がダメでもそうすれば恐怖しかない結婚生活は回避ができる。
 
 恋愛結婚さまさまだね。この点にだけは感謝したい。

 ダメ男好きたちの血を引いてると思うと自信はないけど、でも周りがダメな奴らばかりだったからこそダメ男を見極めることくらいはできる!……はず。

「最近母様たちの催促がしつこくなってきてるし、ここが潮時かな、と。幸い社交界期間は始まったばっかりだし、しっかり相手を見繕おうと思う」

 そのためにはきちんと時間が欲しい。自分で選んだあげくそれがダメ男だったなんてことになったら目も当てられない。
 ああ、当たり前のことだけどいつもすり寄ってくる奴らは選外ね。あの手の輩はそもそも論外だから。

「さしずめ今日のご招待は愚痴を聞いてもらうためだったのかい」

 シャンタルが苦笑しながら焼き菓子に手を伸ばす。「まあ仕方ないわよねぇ」とリリー。

「誰か紹介してやれればいいのだけれど、お生憎と自分も相手に困っているところでね」
「私はもうあてがあるからなぁ。それに紹介するほど独り身の知り合いもいないし」

 一人売約済みは置いといて。

 シャンタルも私と同じく頑張っているらしい。まあ家は侯爵家だし彼女自身美人だからその気になればすぐに相手は見つかるんだろうけど。ああでもそうしたら私だけ売れ残りか……それはちょっと困る。

 悶々としていたらシャンタルが自分の持っていたカップをずいっと掲げ、目の前に押し出してくる。なんだ、と目を向ければ彼女はニヤリと笑っていた。

「とりあえず、共に頑張ろうじゃないか。アテがあるとはいえ婚約が決まってるわけでもないリリーもいつ捨てられるか分かったものでないしね」
「不吉なこと言わないでくれる!?」
「はっはっは、まあ、ようやく本腰を入れたアタリーにもいい縁が巡るよう祈っておこう」

 シャンタルの意図が分かり私と、ぶつくさ文句を言っているリリーはカップを持ち上げた。

「シャンタルにもね」

 カチャン、とカップを軽くぶつけ合い互いの先行きが晴れやかであるよう祈りあう。少々行儀が悪いのは今更だ。これから大変になるのだから、今日くらい礼儀も何もかもを忘れて楽しもう。頑張るのはそれからでいい。



 ────なんて、気楽に構えていたことを後悔するとも知らずに。
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