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婚前離婚
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宇宙には無数の星が煌めいてた。
その中に「ライスシャワー」と呼ばれる銀河がある。
その名の通り、米粒のような白い星やチリの集合体だった。それらが円形の渦巻きを作り出していた。
僕はその様子を俯瞰から眺めていた。
「どうしてこんなに白い物質ばかりが集まったんだろう?」
「さあ、白くて巨大な恒星が爆発して、米粒のような破片が飛び散ったんじゃないか」
「宇宙では米粒でも実際は相当な大きなさんだろうけどな」
「然り」
今や宇宙は手元で簡単に楽しめる時代だ。
僕らは今流行りのスペースカフェで、銀河コーヒーを飲んでいた。
銀河を選んで注文すれば、リアルタイムの銀河の映像が3D画像となって、カップの中に現れるのだ。
この銀河コーヒーの売りは映像だけではなく、その星の質量や特徴がコーヒーの味に加味されるところだ。
「このコーヒーすごい重いんだ。鉛を飲んでいるみたいだ」
「僕はホットで頼んだのに、口の中は氷河期さ」
決してうまいとは言えない。客たちは新鮮な感覚を楽しんでいるのだ。
カフェには他にもバーチャル宇宙が楽しめる治療器も兼ねたスペースボックスのブースなどもあった。
「で、どうするんだよ」友人が言った。
「どうするたって」
僕は友人の視線を避けて、カップの中に目を落としたが、慌てて前を向き直した。銀河の渦巻きを見ていると、本当に向こうに引き込まれそうになるのだ。
「彼女はもう結婚はしたくないって、はっきり言ってるんだし、、、」
「もう一度、説得してみろよ。こんなところで、未練がましくライスシャワーなんて注文しやがって」
数日前に僕はフラれた。
1ヶ月後にはその彼女との結婚式を控えていた。
準備は着々と進み、まさに僕は幸せの絶頂だった。
「原因は何なんだよ?」
「それがよくわからないんだ」
「は?そんなんでお前は納得するのか?何でも向こうの言いなりか?」
「だって、ぞんなこと言ったって仕方ないだろ。本人が嫌がっているんだから」
「単なるマリッジブルーってやつじゃないのか。お前が頼りないから、相手が不安になっているんだろ。ここはガツンと一発言ってやればいいんだよ」
「いや、もう、どうしようもない気がするんだ、、、」
「またか!」
まさに友人は手に持っていたさじを投げて、ソファの背にもたれた。
友人がそう言うのも無理はなかった。結婚が式直前で中止になったのは、仲間内で僕だけではなかったからだ。そればかりかこれはもはや社会現象だ。
「婚前離婚」とマスコミが騒ぎ立てれば、立てるほど、結婚中止はまるで銀河の渦巻きに引きずり込まれるように、今やブームを巻き起こしているのだ。
「お前は早いうちに結婚しておいてよかったな。子供だってもう三人もいるんだし」
「おうよ」友人は自慢げに顎を突き出した。「結局、女なんて四の五の言う前にものにしちゃえばいいのよ」
「お前らしいな」
僕は彼の姿を改めて見直した。
友人の体にはすでに左手と両膝から下がすでになくなっていた。
これはいわば戦利品だ。
子供を一人手に入れるたびに、夫は妻に体の部位を差し出す。
今の時代、いい年をした男が五体満足なんて、恥ずべきことなのだ。
「僕も早くお前みたいになりたいよ」
「まあな」友人は満足げに微笑んだ。
時代は変わった。
今やこの世でもっとも価値のあるもの、それは健全な肉体。もっと言えば、純正な生物から採取した良質なタンパク質だった。
食糧難は深刻だった。
いや、食料はいくらでもあるのだ。
しかし、生身の生物のタンパク質、特に人肉は何ものにも変えがたい貴重品と言えた。
そうなると人身売買が横行しそうだが、もはやこの世には金という観念がなかった。それに万が一、そんな罪を犯そうものなら、宇宙追放という重罪で罰せられるのがおちだ。
もちろん、セキュリーティも万全だから、突然襲いかかって他人の肉を喰らうなんて不可能なのだ。
人肉のやり取りは、合意しあった人間関係でのみ成立した。
つまり、それが結婚なのだ。
「しかし、どうして俺たち男ばっかり体を提供しなくちゃいけないんだろうな」
「そりゃ、自分の子孫を産んでもらうためだろ。理由じゃない。本能なんだよ」
「しかし、女だって男がいなきゃ自分の子孫は産めないじゃないか。本能というミッションを果たすという意味では、男も女も平等なはずだ」
「お前、虫って知ってるか?虫ってやつはメスがオスを選ぶんだ。それでオスは自分の子供を産んでもらう代わりに、養分としての肉体を差し出す。それが当然だ。俺たちも同じだ。そして、お前は選ばれなかった」
僕は再び、カップの中の渦巻きに目を落とした。このまま吸い込まれてしまいたい気分だった。
「まあ、仕方ないさ。次を狙えよ」友人は僕の肩を叩いた。
「そんなこと言っているうちに年をとって、僕は肉体としての価値もどんどん失われていくんだ」
「そう暗くなるなって。なあ、もうこんな辛気臭いところにいないで、飯でも食いに行かないか?大体にしてこんな店、男どうして来るような店じゃないよ」
「確かに」
薄暗い店内の天井にはロマンチックな星空が映し出され、辺りはカップルで溢れていた。
「うまい飯食わせる店知ってるぞ。行くか?」
「飯って米の飯か?」
「そうだ」
「へえ。米の飯なんて久しぶりだ。行こう」
僕らは会計を済ませ、店を出た。
「近いのか?」
「すぐそこだ」
友人はそう言うと、羽を広げ空中に飛び立った。
僕もそのあとに続いた。
今や人間のオスは、人肉を差し出すという文化になってから久しく、機能の不足を補うために、神から羽を与えられた。
つまり、進化というやつだ。
「おっと」
「すまないな」
「いいさ」
友人が僕の腕を掴んで補佐してくれると、僕の体は完全に空中へ浮上した。僕はまだ手足が完全に残っている分、体が重くて自分の羽だけではうまく飛べないのだ。
「なあ、ところで、お前はさっき何ていう名前のコーヒーを飲んでいたんだ」
「ブラックアウトさ」
「そんな恐ろしげな名前の銀河、僕だったら絶対選ばないな」
「家庭を持つといろいろ大変なんだよ」友人は言った。
空中には手足を失った青年戦士たちが飛び交っていた。
「なあ、飯屋で俺のスネ肉を焼いてもらって食おうよ。白飯と合うぞ」
「馬鹿だな、ヤケになるなよ。まだ一生結婚できないと決まったわけじゃないんだから」
「いいんだ。食おうよ。お前には世話になってるしな」
「マジかよ。テンション上がるなぁ」
そう言うと友人は羽をフル回転しスピードを上げた。
僕は何故、彼女にフラれたかについて、少し考えてみた。
結婚式を控え、彼女のために足のムダ毛まで完璧に処理していたというのに。
まあ、いいさ。僕は思った。
今日はうまい肉を食って、結婚のことは一旦、忘れよう。
結婚が中止された理由なんて、古典的なダイエットが流行っているとか、僕たち男にはわからない、きっとそんな下らない理由に決まっているのだ。
その中に「ライスシャワー」と呼ばれる銀河がある。
その名の通り、米粒のような白い星やチリの集合体だった。それらが円形の渦巻きを作り出していた。
僕はその様子を俯瞰から眺めていた。
「どうしてこんなに白い物質ばかりが集まったんだろう?」
「さあ、白くて巨大な恒星が爆発して、米粒のような破片が飛び散ったんじゃないか」
「宇宙では米粒でも実際は相当な大きなさんだろうけどな」
「然り」
今や宇宙は手元で簡単に楽しめる時代だ。
僕らは今流行りのスペースカフェで、銀河コーヒーを飲んでいた。
銀河を選んで注文すれば、リアルタイムの銀河の映像が3D画像となって、カップの中に現れるのだ。
この銀河コーヒーの売りは映像だけではなく、その星の質量や特徴がコーヒーの味に加味されるところだ。
「このコーヒーすごい重いんだ。鉛を飲んでいるみたいだ」
「僕はホットで頼んだのに、口の中は氷河期さ」
決してうまいとは言えない。客たちは新鮮な感覚を楽しんでいるのだ。
カフェには他にもバーチャル宇宙が楽しめる治療器も兼ねたスペースボックスのブースなどもあった。
「で、どうするんだよ」友人が言った。
「どうするたって」
僕は友人の視線を避けて、カップの中に目を落としたが、慌てて前を向き直した。銀河の渦巻きを見ていると、本当に向こうに引き込まれそうになるのだ。
「彼女はもう結婚はしたくないって、はっきり言ってるんだし、、、」
「もう一度、説得してみろよ。こんなところで、未練がましくライスシャワーなんて注文しやがって」
数日前に僕はフラれた。
1ヶ月後にはその彼女との結婚式を控えていた。
準備は着々と進み、まさに僕は幸せの絶頂だった。
「原因は何なんだよ?」
「それがよくわからないんだ」
「は?そんなんでお前は納得するのか?何でも向こうの言いなりか?」
「だって、ぞんなこと言ったって仕方ないだろ。本人が嫌がっているんだから」
「単なるマリッジブルーってやつじゃないのか。お前が頼りないから、相手が不安になっているんだろ。ここはガツンと一発言ってやればいいんだよ」
「いや、もう、どうしようもない気がするんだ、、、」
「またか!」
まさに友人は手に持っていたさじを投げて、ソファの背にもたれた。
友人がそう言うのも無理はなかった。結婚が式直前で中止になったのは、仲間内で僕だけではなかったからだ。そればかりかこれはもはや社会現象だ。
「婚前離婚」とマスコミが騒ぎ立てれば、立てるほど、結婚中止はまるで銀河の渦巻きに引きずり込まれるように、今やブームを巻き起こしているのだ。
「お前は早いうちに結婚しておいてよかったな。子供だってもう三人もいるんだし」
「おうよ」友人は自慢げに顎を突き出した。「結局、女なんて四の五の言う前にものにしちゃえばいいのよ」
「お前らしいな」
僕は彼の姿を改めて見直した。
友人の体にはすでに左手と両膝から下がすでになくなっていた。
これはいわば戦利品だ。
子供を一人手に入れるたびに、夫は妻に体の部位を差し出す。
今の時代、いい年をした男が五体満足なんて、恥ずべきことなのだ。
「僕も早くお前みたいになりたいよ」
「まあな」友人は満足げに微笑んだ。
時代は変わった。
今やこの世でもっとも価値のあるもの、それは健全な肉体。もっと言えば、純正な生物から採取した良質なタンパク質だった。
食糧難は深刻だった。
いや、食料はいくらでもあるのだ。
しかし、生身の生物のタンパク質、特に人肉は何ものにも変えがたい貴重品と言えた。
そうなると人身売買が横行しそうだが、もはやこの世には金という観念がなかった。それに万が一、そんな罪を犯そうものなら、宇宙追放という重罪で罰せられるのがおちだ。
もちろん、セキュリーティも万全だから、突然襲いかかって他人の肉を喰らうなんて不可能なのだ。
人肉のやり取りは、合意しあった人間関係でのみ成立した。
つまり、それが結婚なのだ。
「しかし、どうして俺たち男ばっかり体を提供しなくちゃいけないんだろうな」
「そりゃ、自分の子孫を産んでもらうためだろ。理由じゃない。本能なんだよ」
「しかし、女だって男がいなきゃ自分の子孫は産めないじゃないか。本能というミッションを果たすという意味では、男も女も平等なはずだ」
「お前、虫って知ってるか?虫ってやつはメスがオスを選ぶんだ。それでオスは自分の子供を産んでもらう代わりに、養分としての肉体を差し出す。それが当然だ。俺たちも同じだ。そして、お前は選ばれなかった」
僕は再び、カップの中の渦巻きに目を落とした。このまま吸い込まれてしまいたい気分だった。
「まあ、仕方ないさ。次を狙えよ」友人は僕の肩を叩いた。
「そんなこと言っているうちに年をとって、僕は肉体としての価値もどんどん失われていくんだ」
「そう暗くなるなって。なあ、もうこんな辛気臭いところにいないで、飯でも食いに行かないか?大体にしてこんな店、男どうして来るような店じゃないよ」
「確かに」
薄暗い店内の天井にはロマンチックな星空が映し出され、辺りはカップルで溢れていた。
「うまい飯食わせる店知ってるぞ。行くか?」
「飯って米の飯か?」
「そうだ」
「へえ。米の飯なんて久しぶりだ。行こう」
僕らは会計を済ませ、店を出た。
「近いのか?」
「すぐそこだ」
友人はそう言うと、羽を広げ空中に飛び立った。
僕もそのあとに続いた。
今や人間のオスは、人肉を差し出すという文化になってから久しく、機能の不足を補うために、神から羽を与えられた。
つまり、進化というやつだ。
「おっと」
「すまないな」
「いいさ」
友人が僕の腕を掴んで補佐してくれると、僕の体は完全に空中へ浮上した。僕はまだ手足が完全に残っている分、体が重くて自分の羽だけではうまく飛べないのだ。
「なあ、ところで、お前はさっき何ていう名前のコーヒーを飲んでいたんだ」
「ブラックアウトさ」
「そんな恐ろしげな名前の銀河、僕だったら絶対選ばないな」
「家庭を持つといろいろ大変なんだよ」友人は言った。
空中には手足を失った青年戦士たちが飛び交っていた。
「なあ、飯屋で俺のスネ肉を焼いてもらって食おうよ。白飯と合うぞ」
「馬鹿だな、ヤケになるなよ。まだ一生結婚できないと決まったわけじゃないんだから」
「いいんだ。食おうよ。お前には世話になってるしな」
「マジかよ。テンション上がるなぁ」
そう言うと友人は羽をフル回転しスピードを上げた。
僕は何故、彼女にフラれたかについて、少し考えてみた。
結婚式を控え、彼女のために足のムダ毛まで完璧に処理していたというのに。
まあ、いいさ。僕は思った。
今日はうまい肉を食って、結婚のことは一旦、忘れよう。
結婚が中止された理由なんて、古典的なダイエットが流行っているとか、僕たち男にはわからない、きっとそんな下らない理由に決まっているのだ。
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