ことり箱

マツダシバコ

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ことり箱

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 街にはことり箱があった。
 ことり箱は街のいたるところにある。
 ことり箱からはピーピーと小鳥たちの声が聞こえてくる。
 いや、そんなにかわいいものじゃない。
 それにことり箱は箱じゃない。
 小鳥たちがガヤガヤ集まってくる木のことを、この街ではそう呼ぶのだ。
 ことり箱がにぎやかなのは朝。
 それから夕方。
 昼と夜はしーんとしている。
 木の中はきっと団地のようになっていて、凄まじい数の小鳥たちがひしめき合うように枝に停まっているのだ。
 でも、下から覗き込んでも小鳥は一羽も見当たらない。
 木の下に潜り込んでよくよく見ても、小鳥は一羽も見当たらない。
 ことり箱の中は真夏のセミも顔負けなぐらいピーチクと騒がしいのに。
 時には木が揺れるほど、時には隣の人の話し声が聞こえなくなるほど、ことり箱の中は騒がしいのに、小鳥は一羽も見当たらない。
 でも、ことり箱の中にはたくさんの小鳥たちが住んでいる。
 それが証明できるのは、朝、それから夕方。
 朝、8時。
 小鳥たちはことり箱からドバーッと吐き出され、一斉にどこかへ飛び立っていく。
 その数は圧巻だ。
 通勤、通学するみんなの上に帯状の黒い影が落ちるほどだ。
 小鳥たちがどこに行くのかは誰も知らない。
 小鳥たちが出ていった後のことり箱は嘘のように静かになる。
 街も静か。しーんとなる。
 みんな隣の街に働きに行く。
 学校に行く。
 もしくは暇つぶしに行く。
 この街には何もない。
 そこがいいところだ。
 残ったのは年寄りと猫と僕だけ。
 
 僕は暇にまかせて街の隅から隅までを歩く。
 誰もいなくなった街は、四角い角が丸くなったり、電柱が首を傾げたり、道の端がめくれあがったりしている。
 ゆるんでいるのだ。
 だけど誰も文句を言わない。
 猫は長く伸びて昼寝をしているし、おじいさんは口を開けてぼんやりしている。
 みんなゆるんでいるのだ。
 僕は若い。それに健康だ。
 だけど、僕はこの街から出ることができない。
 街から一歩外に出ようとすると、弾き返されてしまうのだ。
 「それは心の病気なんだよ」と医者は言う。
 「いや、定められた運命なのさ」と預言者は言う。
 でも、どちらにしたって僕はこの街から出られないのだ。
 僕は仕事をしていない。非生産的な人間だ。
 でも、何も役に立っていないわけじゃない。
 1つ目の角に座っているおばあさんとハイタッチをする。
 続いて2番目の角に座っているおばあさんとハイタッチをする。
 3番目のおばあさんとも。
 信号の脇に座っているおばあさんともハイタッチをする。
 この街にはいくつも椅子が置いてあって、その椅子にはおばあさんが座っている。
 僕はそのおばあさん一人一人とハイタッチをする。
 万が一、一人でも忘れると大変だ。
 親切に、ていねいに、忘れずに、これが大切だ。
 こうして街は平和に保たれている。
 僕は猫とも遊んであげる。
 僕がポケットからドーナッツを取り出して転がすと、猫たちがドーナッツの穴めがけて飛び込んでくるから笑ってしまう。
 猫を3匹づつ束ねたドーナッツが坂道をコロコロと転がって行く。
 猫はそういう遊びが大好きなのだ。
 
 夕方にはみんなが一斉に帰ってくる。
 もちろん、小鳥たちも。
 小鳥たちは必ず大雨を連れて帰ってくる。
 羽の先に大きなしずくを滴らせて。
 おかげで学校や会社から帰ってくるみんなはびしょびしょになる。
 小鳥たちは戦闘機のようにことり箱にくちばしから突っ込んでいく。
 そして、あたかもずっとそこにいたかのように、ピーチクパーチクさわがしく、さえずり出すのだ。
 ことり箱の木の下に猫たちが集まってきて、ニャーニャーと物欲しげな声をあげる。
 でも、落ちてくるのは大きなしずくだけ。
 猫たちもびしょびしょになる。
 もちろん、みんなの髪の毛や服からもしずくが垂れている。
 この街の雨は少し重くてしょっぱいのだ。
 僕の恋人も帰ってくる。
 「やあ」
 恋人とは両手をつなぐ。それから見つめ合う。そして、微笑む。
 彼女のワンピースからもかわいいしずくが落ちている。
 僕らは手を取り合って我が家に向かう。
 そして誰もがそうするように温かな食卓を囲む。
 ことり箱からもヒナたちのおねだりの声が聞こえてくる。
 そうしてみんなが満腹になる。
 そうなると夜がやってくる。
 僕らは眠くなる。
 人も小鳥も猫も木もみんなが眠る。
 辺りはしーんと静まり返る。そして、本当の真っ暗になる。
 街もまぶたを閉じて眠るのだ。
 
 僕と恋人は手を取り合って、手探りでベッドまでたどり着く。
 山のように大きなベッドによじ登る。
 僕らは眠る。
 明日の朝を迎えるために。
 恋人の髪はわずかに潮の香りがする。
 僕はくすくすと笑ってしまう。
 ことり箱の小鳥たちが昼間どこに行っているのか、僕だけが知っている。
 魚になって海で泳いでいるのだ。
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