覚醒者の安穏

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後編

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「失敗ってどういうことだ?」
低ーい声で、キースが尋ねた。
声を荒らげてはいないが、そのぶん余計に圧が凄い。

女神の額から汗がだらだら流れて落ちた。

「ええっとぉ。キッ、キース落ち着いて聞いてね。私、世界を作ったのは初めてで、本来そんな権限はないの。でも私のせいだから、なんとかしなきゃってヴェーダ宇宙神に一生懸命掛け合ったんだぁ。許可を取るのも一苦労だったんだよ。」

女神は両手を組んで『お願い分かって♡』と言うかのように、キースを見つめた。

女神の手がテーブルから離れると、天板にのの字の跡がクッキリ残っていた。ジュリアは、そっと女神の手が届かない位置にテーブルをズラした。

キースは女神の可愛い仕草には目もくれず、「でっ?」とだけ言い先を促した。

女神は、キースの様子に軽くため息をつくと、また話し始めた。

「世界を作るの初めてだったから、やり方わからなくて、ユグドラシル宇宙樹の管理人イベシスに頭をさげて作り方を教わったの。イベシスにああだこうだ小言を言われながら、元の世界を複製して、それをコネコネして調整して作ったんだ。」

女神は何かをかき混ぜる動作をし始めた。

「その時、隣に渾沌の神トタルがいたんだけど、うんうんうんうん言いながら居なくなったんだ。何をうんうん言ってるんだ?と思ってトタルの作っていたのを覗いたら、虹色の綺麗な玉が残ってて・・・きっといい物だ!せっかくだからジュリアにあげようと思って・・・」

何故かジリジリと女神が後退りを始め、
最後の方は声が小さくなってきた。

「「思って?」」

「スキルに混ぜ混ぜしたの!」

思わず、キースと顔を見合わせた。綺麗だからスキルに混ぜたって・・・

「はぁ?それが『覚醒者』のスキルってこと?そもそも、そのスキルはどういうものなんだ。」

「知ってると思うけど、この世界では、スキルは産まれた時から決まっていて、変更できないし増やすこともできないんだ。例えば、キースから2度と勇者なんかなりたくないって言われたから、この世界を作る時にスキルを変更したの。産まれちゃうと変更できないから。ついでに魔力も下げておいたんだ。」

ああっだから、今回は魔力判定が出来たんだ。と納得した。

「でも、ジュリアのスキルは、人のスキルを増やすことも、減らすこともできる。変更もできるスキルなんだ。」

「スキルを変更できるって・・・それって神様レベルの力じゃないの?」

思わず自分の両手を見つめた。
それって”勇者”よりヤバいスキルなのでは・・・。

「うん。トタルに聞いたら、この世界の「神」のようなものだよ。だから今のジュリアは半分人間で半分は神様。なんだよね。」

「神様?一体どういうことなんだ!ジュリアに何かあったら承知しないぞ!」

「そっそもそも、トタルが悪いの!渾沌の世界は忙し過ぎて休む暇がない!俺の助手が欲しい!って騒いで、ユグドラシル宇宙樹の雫と、知恵の実を混ぜ混ぜしちゃって賢者の玉を作っちゃったんだから!私だってジュリアの為に、なんとかしようって頑張ったんだから。」

女神は半泣きになりながら、言い訳した。

「もっと色んなスキルがあったんだけどヤバいと思って全力で削除したんだよ!ただ、「覚醒させる者」だけは、ジュリアの魂と混ざりすぎて出来なかったの!」

「『覚醒させる者』?『覚醒者』じゃなくて?」

「ジュリアのスキルには「隠滅」を掛けてるから、人間には正しいスキル名は分からないようになってるの。正しいスキル名は『覚醒させる者』だよ。つまり、スキルを与えて人間に覚醒を促す。って感じ。」

「「『覚醒させる者』」」

それってキースのスキルだった「勇者」よりヤバい物だと、やっと実感がわいてきた。

「あれっ?でも前のキースの「勇者」スキルは、魔力測定機ではわからなかったはず・・・なんで私の「覚醒者」は判定できたの?」

女神は痛い所を突かれたのか、ビクッと身体を震わせた。

「それに、半神になったって・・・普通の人と他にも何か違うところがあるの?エルフみたいに長命種になってしまったりとか・・・」

"半神"という言葉に、自分がどれくらい人と違う存在になってしまったのか、恐ろしさが込み上げてきた。

「ううん。寿命は、キースが死んだら一緒に亡くなるようにセットしたから、ちゃんと死ねるよ。『覚醒させる者』のスキルは・・・最後の最後で人間にスキルが丸見えって分かったんだけど、私の力がもう無くて「隠滅」をかけるので精一杯だったんだ。ごめんねぇ」

女神は、クルクルとちっさい魔法の杖を回しながらペコりとお辞儀した。

スキルは分かった・・・でも──

「寿命がキースと一緒って何!!」

「賢者の玉は、もともとトタルの助手用に作ってたから、トタルの寿命にセットされてたんだ。のセットっていうのが外せなくて・・・キースにセットしたんだよ。だから、キースが死ねば、ジュリアも死ぬし、キースが死ななければ、ジュリアも死なないよ。」

「俺が死んだら、ジュリアも死ぬ・・・なんかいいな。生きるのも死ぬのも一緒って凄い良い。」

嬉しそうにキースは笑った。だが、ジュリアが睨むと、直ぐに真顔になった。

(キースはそういう所が可愛いんだよね。)

そんなことを思いながら、女神に確認した。

「死なないってことは・・・病気とか、怪我したらどうなるの?」

「普通に病気になるし、怪我もするよ。ただ、死なないってだけ。ジュリアは治癒力があるから、自分で魔法をかけるか、スキルの「治癒士」をMAXで自分に追加すれば、身体に何か問題が発生しても、完全に治癒できるよ。」

「そうなんだ・・・他には何か注意点はないの?」

「・・・うん・・・ない。はず。」

女神は宙を向いたまま、力なくそういった。

「イリス。ハッキリしろ!」

キースが鋭く叱咤した。

「だあああぁーって仕方ないじゃない!私だって世界をつくったのは初めてなの!だから、何が起こるかなんて、わかんない!力使いすぎて、身体だってホラァ──。こんなに小さくなっちゃったんだから。」

ホラァ──。と言いながら、空中でひらりと回った。

とても愛らしい姿だったが、それに誤魔化される訳にはいかなかった。

この「覚醒者」スキルの正体がバレたら、たいへんなことが起きるかもしれない。そんな予感がして身震いがしてくる。

「私、都の魔力測定協会に「覚醒者」スキルの問い合わせをお願いしちゃった・・・まずかったかな・・・。」

「イリス、魔法測定協会に依頼した問い合わせを無かったことにできるか?」

女神はシュンとしてうつむいた。

「私、この世界を作るのに力を使いすぎたから、今はほとんど力がないの。ごめんね。役にはたてない。」

心細くなって、キースの手をギュッと握り締める。
キースは、私を引き寄せて強く抱き締めてくれた。

「大丈夫。何があっても、今度こそ俺がジュリアを守るから。とりあえず、明日魔法測定協会に行って、都に送らないように掛け合ってみよう。」

キースの腕に抱かれ、不安な心が少しずつ落ち着いて来た。
(大丈夫・・・キースが居れば、きっと乗り越えられるわ。)そう、何故か確信した。

「そういえば、キースのスキルは何になったの?「勇者」では無くなったんでしょ?」

キースに抱きしめられながら、顔を見上げると、キースは少しはにかみながら話し出した。

「狩人と、大地を耕す者、魔剣士になってたよ。「勇者」はもうなりたくないってイリスに言ってたからな。俺は、イリスが時間を巻き戻したと思ってたんだ。まさか世界をもう一つ作ったとは思わなかった。」

それを聞いて、私凄い?私偉い?と
宙をクルクル回りながら女神が褒めて欲しそうにキースに喋りかけてきた。
 子犬みたいな感じがして、思わず吹き出した。

「偉くないし問題ばかりだが、ジュリアともう一度会えたことには感謝してる・・・結婚式に招待してやってもいいぞ。」

「やったっ~!。じゃあ、結婚式の時にまたくるよ~ばいばい!」

今度は止める間も無く、現れた時と同じようにキラキラした光が急激に集まり、女神の身体はかき消すように消えた。

「まだ聞きたいことがあったのに・・・」
アイツイリス逃げたな・・・」

しばらく2人とも呆然としていた。

「覚醒者」スキルを持つことで、これからどうなことが起きていくのか・・・また不安にかられそうになる。

 そんな気持ちを察したのか、キースはジュリアを抱きしめている腕に力を込めた。

「大丈夫、大丈夫。俺がずっと傍にいるから。」

(キースの腕の中にいると、安心する。)
──これからも、キースがいてくれる限り、彼の隣で笑っていられる気がする。

 ジュリアは優しく抱きしめてくれるキースの腕をギュッと握り返した。

後に残されたのは、女神が高速で描いたためにできたテーブルののの字の跡だけだった。

――――――――――

翌日、幼馴染から婚約者になった二人は、恋人繋ぎをしながら魔法測定協会へ向かった。

「えっ、もう都に出発したんですか!」

「ええ。至急で都に送らなければならない荷物が有ったんでついでに送りました。」

「それって、もう止められないんですか?」

至急便ドラゴン便ですので・・・都には多分今頃着いているはずです。」

受付の担当者は困ったように眉を八の字に下げた。

「分かりました。すみません・・・。」

何となくイヤな予感がした。
へこみながら魔法測定協会を出ると、キースが突然声を上げた。

「ジュリア、直ぐに村に帰って結婚しよう。」

「えっ?」

「何が有っても離れないように・・・今度こそ夫婦になろう。」

そう言って、キースは笑った。
今までみた笑顔の中で、1番素敵な笑顔だった。

その後、直ぐに村に戻り、ささやかな結婚式を上げた。

 約束通り、女神イリスがルプラス緑の女神とともに現れ、沢山の花びらで祝福してくれた。
前の世界では得られなかった、幸せな新婚生活が始まったのだ。

だが、村での生活は長くは続かなかった。
 都の魔法測定協会から「覚醒者」スキルの情報を聞きつけた第1王子が村を尋ねてきてしまい、結婚してから半年も経たずに村を出ることになったのだ。

また、キースの代わりに勇者になったコンラッドにイリスが口をうっかり滑らせたせいで、助力を求められしばらく同行することになった。紆余曲折の末にコンラッドの代わりに魔王を倒したり・・・結婚後の2人は前の世界以上に流転と多忙の日々を送った。

息付く暇もないくらい!という日々の中で、ジュリアの気持ちが荒まずに安穏としていられるのは常にキースが隣にいるからだった。

──女神が失敗したからなんだけど、私たちは死ぬ時も一緒・・・死でも私たちをわかつことは出来ないんだ・・・ドジっ子女神イリスに唯一感謝するのはそのことだった。

ジュリアは、キースと共にあることを本当は有り得ないこと奇跡だと感じながら、慌ただしい旅路を今日もキースと共に歩き出した。

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