風に吹かれて

穴木 好生

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風に吹かれて

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   「風に吹かれて」


―わたしは風だ。
 すがたは見えないが、意識はある。
 いつからといわれてもこまる。 
 まあ、ある日突然に、風の吹いた日に、
 とでも答えておこうか。

―わたしは自由だ。
 わたしを止めるものは、なにもない。
 気が向けば、木々の小枝を優しくゆらし、森の大木をなぎ倒す。
 そうかとおもえば、工場地帯に立ちのぼる いく筋もの白煙を、 
 帯のようにたなびかせ、遠くに旅する渡り鳥の羽根を優しく休ませる。  
 
―わたしは悪戯がすきだ。
 歌を口ずさみながら、人間たちとたわむれる。
 突風を吹かせて、女性たちを驚かせ、
 キャッキャいって、逃げまどう子どもたちを追いかける。

 
―そして、わたしは非情だ。
 戦場の、瓦礫と化した廃墟に、砂塵をまいあげ、兵士たちを追いたてる。
 多くの屍のなかに、まだ自分が死んだことに気づかず、 
 地上にとどまっている魂を、追いたてる。
 そして、嘆き悲しみながら空に登ってゆく魂を、見おくる。

 なんて愚かな人間たちなんだ。
 ほらあそこにも、ひとり死にかけた兵士がいる。
 焼け焦げ、崩れ落ちた建物のかげに倒れこみ、死んだように座りこんでいる。
 わたしは風、その兵士の魂を追いたてにいく。
「おまえはまだ死んでいないのか?」
 兵士は、じっとうずくまっている。
「おれは、まだ生きている。」
「おまえの仲間は、どこへいった?」
「みんな死んでしまった。」
 後悔の念にかられた悲しい声だ。
「おまえは、なにをためらっている?」
「おれは死にたくない。しかし、もうすぐ死ぬ。」
 兵士は、血の付いた上着をひろげてみせた。
 頭と肩から血を流し、右わき腹に15センチほどの鉄片がささっている。
「これを抜くと死んでしまう。抜かなくても、もうすぐ死ぬ。」
 わたしをさがす目は虚ろだった。
「もう痛みもかんじない。」
「そうか、おまえはもうすぐ死ぬのだな。」
「そうだ。おれは死ぬ。
 おまえがみえない、おまえは死神か?」
 兵士はおびえていた。
「わたしは風だ。
 おまえにはみえない、ただ感じるだけだ。
 わたしは自由にどこへでも行ける。
 まもるべき国境も、国もない。
 戦争で殺しあうこともない。
 おまえのように、むだに死んでいくこともない。」
「そうか、風になれば、おれは死ぬことはなかったのか。」
 兵士の声は、深い悲しみに沈み、おぼろげに遠くをみていた。
「おれには、妻と二人の子どもがいる。
 一人は三歳の女の子で、もう一人は一歳半の男の子だ。
 もう一年ちかく会っていない。
 できれば死ぬ前に、もう一度会いたかった。」
「わたしは風だ。
 わたしには愛すべき妻も、子どももいない。
 悲しむこともない。だから気ままに、自由にどこへでもいける。」
 兵士は、死をまえにして、
「おれは、自分の妻と子どもを守るために、戦っているとおもっていた。
 でも戦場にでて、はじめてわかった。
 戦う相手にも、妻や子どもがいて、そのために戦っている。
 もし、この戦争がなければ、おなじ人間としてどこかで出あい、友だちになれたかもしれない。おれは、いったいなんのために戦っていたのだ?」
「わたしは風だ。
 愚かな人間の行いを、笑う気はない。
 その愚かな生き方を、責める気もない。
 せめて愚かに死にゆくおまえのために、そよ風を吹かせて、
 優しくおまえの魂を送ってやろう。」
 そのとき、兵士がすがるようにいった。
「お願いがあるんだ。
 わたしが死んだら、わたしの魂を故郷まで送りとどけてくれないか?」
「送りとどけて、どうする?」
「最後にもう一度、妻と二人の子どもの顔を見たい。
 おれの最後のねがいだ、聞いてくれないか?」
 わたしは風だ。
 運ぼうと思えば、兵士の魂を風にのせて運ぶことができる。
 しかし、死んでまで、どうして家族に会いたい?
 わたしにはわからない。
「最後に、もう一度だけ、妻や子どもたちを、わたしの目にやきつけたい。」
 兵士は、わたしの返事を待たず、
 死に急ぐように、わき腹に刺さっていた鉄片を引き抜いた。
「お願いだ、わたしの魂を故郷に連れてかえってくれ。」
 最後の一言とともに、目を閉じ静かに死んでいった。
 そして、しばらくすると、ゆっくり魂がぬけだしてきた。
「ようし、送りとどけてやろう。」
 愚かな人間のねがいを見届けてやる。

ーわたしは風だ。
 わたしは自由だ。
 その気になれば、どこへでもいける。
 すきな歌を口ずさみながら、おまえの魂を、遠い故郷に送りとどけてやろう。
 夕日を背にしておまえの魂をはこんでやろう。
 夕日は、じっとわたしを見ていた。
「なんのために、魂をはこぶんだ。」
「わたしは風だ。
 わたしにも、わからない。
 わからないから、はこぶんだ。」

ーわたしは自由だ。
 いくつもの大河をわたり、高い山脈をとび越え、
 さあ、でかけよう。
 自然はこんなに美しい。
 しかし、一度破壊した自然はもどらない。
 その報いを人間自身がうけるのに、
 人間とはなんと愚かな生きものなのだ。
 美しい山脈が、大河が わたしに話しかける
「おまえは、ものずきだな。
 どうして、兵士の魂をおくりとどけるのだ?」
 兵士の故郷は、まだまだずっと先だぞ。」
 それでもわたしは運びつづける。
 わからないから送りとどけるんだ。
 
 どれほど遠くにやって来たのだ。
 山すその広い平原のはてに、ぽつんと小さな家がみえてきた。
 やっと、兵士の故郷にたどりついた。
 こんな美しい自然の中にすんでいるのに、なぜわざわざ兵士になって死にいそぐ。
 人間とは、ほんとうに愚かな生きものだ。
 わたしは、兵士の帰りを知らせるために、突風になって小さな家を揺らした。
 上空にもどって、もう一度吹きつける。
 すると、家のなかから、若い女性と小さな子どもたちがでてきた。
 何かを感じたんだろう、家族で空を見あげている。
 わたしの風をかんじ、兵士の魂の叫びをかんじている。
 兵士は、なんどもその目に、愛する妻と子どもたちを焼きつけた。
 そして、わたしが兵士の魂をとき放そうとした、
 そのとき、
 兵士の魂が叫んだ。
「風になりたい!
 いつも、家族のそばにいられるように、わたしを、風にしてくれないか。」
「風になりたい?」
「なりたい。いつもそばにいて、家族をみまもる風になりたい。」
「風は、永遠に風のままだ。すべてを忘れ、いずれ妻も子どもたちも思い出せなくなる。
 それでもいいのか?」
 兵士は、だまってうなずいた。
 わたしは風だ。自分の魂をすててまで風になりたい兵士の気持がわからない。
「それなら、わたしの一部を分けてやろう。
 そのかわり、おまえの魂は抜け殻になってしまう。それでいいのだな。」
 兵士は、もういちど大きくうなずいた。
 もうその目には、なんの後悔もためらいもなく、ずっと家族にそそがれていた。
「そうか、そんなに風になって家族をみまもりたいのか。」
 わたしは、わたしの風の一部を兵士に分け与えた。
 抜け殻となった兵士の魂は、糸の切れた風船のように、ゆらゆら空にのぼっていく。
 そして、ふくれすぎた風船が、はじけてとんでしまうように、
 抜け殻の魂は、はじけてしまった。
 風となった兵士は、うれしそうに吹きおりていった。
 やさしい風となって、自分の家族にまとわりついている。
 妻の髪をなで、子どもたちの頬をなでている。
 風になった兵士をみていると、わたしの意識も乱れてくる。
 なにかを思い出そうと必死にもがいている。
 もしかしたら・・・、わたしも、むかしは、人間だったのか?
 私にも、愛する妻や子どもがいたのか?
 しかし、もうなにも思いだせない。

―わたしは風だ。
 わたしは自由だ。
 わたしを束縛するものは、なにない。 
 わたしは、ただ、吹いているだけだ。

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