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十八話 PvP

XYZ ONLINEエンドオンラインは、そこそこ定期的にイベントやアップデートを実施する。
10月に入って開催されたイベントは、『ギルド対抗バトル・かぼちゃ杯』。
イベント中のみ開放される専用フィールドであるコロシアムに入り、その中でPvP対人戦を行うという趣旨だ。
自分が所属するギルド以外は全て敵対ギルドとなり、敵対ギルド所属プレイヤーを倒すとポイントが入り、累計ポイントが上位になったギルドには特別な報酬が贈られる。

XYZ ONLINEエンドオンラインでは、対エネミーの場合は出来るだけ被弾しないように戦うのが基本であるが、PvPはそうはいかない。
知能の低いエネミーと違ってプレイヤーからの攻撃を単調に防ぎ続けるのは難しいし、そもそも防戦一方では勝ち目がない。
そこで何が重要かと言ったら、ヒーラーの存在だ。
ヒーラーの役割を確保してからコロシアムに乗り込み、ダメージを受けても癒してもらいながら戦い続け、そして勝つ。
当然ヒーラーは狙われるが、そこを守りながら戦わなくてはいけないのでエネミーとの戦闘と比べたら遥かに難易度は上がる。
ヒーラーの生死が勝敗を分かつと言っても過言では無く、ドルチェのようなヒーラーが特に輝ける機会というわけだ。
ただしもちろんヒーラーばかり狙っていたら警戒されるし、前衛を無視はできないので、臨機応変な判断と指示が重要となる。
戦いをメインコンテンツと捉えているプレイヤーからしたら、力試しにもなるし楽しいし良いことだらけのイベントと言えるだろう。

コロシアムはその名の通りハロウィンをイメージしたオブジェで飾られており、開催期間も10月1日から31日までと長い。
XYZ ONLINEエンドオンラインなりのハロウィンパーティということだと思われ、その雰囲気にプレイヤー達は沸き立っていた。
様々なプレイスタイルを選べるゲームではあるが、バトルはやはり花形のようなもの。
そこに期待と興奮が生まれるのは当然のことだ。

「というわけで、コロシアムは金曜と土曜の22時から固まって乗り込もうと思う。数がモノを言うからね。勿論、非戦闘員は無理に参加しなくて構いません。指定時間以外に個人的に挑むのも構いません。大事なのは楽しむこと。だから、楽しもうね」

そんな10月の頭、『トロヴァトーレ』のマスターであるショウからイベント参加に関する説明が行われる。
あくまでメンバーの自由意志に委ねること、楽しむことを強調しながら優しく笑うショウを見ると、やはり彼のもとに居て良かったなぁと思えた。

コロシアムは常時解放型で、乗り込むときだけカウントダウンが行われ、参加に同意したプレイヤーだけが同時にコロシアムに転送されるという形だ。
ならば当然、同じギルドのメンバーが多数同時参加しているほうが強い。
一人一人の力が弱くとも、束ねれば充分脅威になり得るからだ。

さてカズキはというと、迷っていた。
非戦闘員とショウは言うが、自分は非戦闘員と言っていいのだろうか。
全く戦えないわけではないのだが、『トロヴァトーレ』の水準からすると弱い部類に入る。
となれば参加しても足手まといになる気がするし、その反面、いないよりはマシかもしれないとも思えた。
金曜と土曜の22時からと言うと、タイミングで言えばあと8回だ。
参加するならちゃんと参加して、要領を掴みたい気もする。

「別にいーんじゃない? 報酬だって、そんな血眼になるほどのものじゃないし。面白いけどね」

もはや軽く習慣と化している、アマリとのお茶会。
週に1,2度ほどの頻度であるが、15時ごろにログインのタイミングが被ればどちらともなく声をかけて喫茶店に入るようになっていた。
そこでコロシアムの話をしたら、別に参加しなくても良いのでは? という旨のことを言われる。
今日はレイクファイドに新しくオープンした喫茶店『ラゾーロ』に訪れていた。
『BLACK NOISE』に比べるとカジュアルな空気で、窓が多く光が入って明るく、爽やかで賑やかな店だ。
素材は木製をベースにしており温かみのある雰囲気を漂わせ、店員も気取ったところがなく入りやすく、ほっとできる居心地の良さがある。
売りにしているのは紅茶の種類の多さであり、植物系エネミーから取れる素材を使ったハーブティーが面白いという口コミをアマリが耳にしたので来た次第だ。
その流れで頼んだ『マンドラティー』は、おそらくメルアゲイルのエニグマンドラゴラの素材だろう。
どこか苦いような、それでいて清涼感のある不思議な味わいだった。
アレを紅茶に? と思ったが、これはこれで悪くない。

「報酬ってなんなんだ?」
「それすら知らんのかい……相変わらずアンテナ低いなぁ。ペットだよ、ギルド単位で飼える」

ほう、ペットか。
となると犬や猫のようなものだろうか。
それともファンタジー世界なのだから、ドラゴンや怪鳥などだったりするのだろうか。
チョコレートムースにスプーンを入れつつ、アマリの説明を聞く。
口に運べば、甘いカカオの香りがほどけて蕩けた。
滑らかな舌触りは舌鼓を打つに足るクオリティで、丁寧な仕事ぶりが伺える。

「ジャックオランタン。って言えばさすがに解る?」
「……ハロウィンのあれ? あれって、ペットになるようなものなのか?」

ジャックオランタンと言えば、ハロウィン時期になると街角でよく見かける。
かぼちゃをくり抜いて顔を掘った、ハロウィンと言えばこれと言っても過言ではないものだ。
ただ、それがペットとなると言われてもいまいちピンとこない。
そも、あれは生き物なのか。

「そもそもペット自体今回が初めての実装だからね。どうなるかわかんないし、ペットが何を出来るのかすらまだ不明瞭。運営の告知によると、ものによっては乗って移動したり、攻撃に加勢してくれたりするらしいけど、ジャックオランタンには何が出来るのやら……」
「うーん……つまり、コロシアムを頑張るメリットは『トロヴァトーレ』にはあんまり無いってことか?」
「たぶんね。でもササミさんみたいに、エンオンでバトりたい人もいるから、そういう人の足並みを合わせるために計画してるんじゃないかな」

なるほどなー。
苺のムースをぱくついているアマリは、あまりコロシアムへの参加意欲はないらしい。
そのペットとやらも今後種類が増える予定があるのなら、確かにジャックオランタンを今回無理に手に入れる必要は無いように思えるというのも解る。

ふと、思い至るものがあった。
PvP、といえば。

「『トワイライト』……は、どうするんだろうな」

PKや横殴りを繰り返し行う悪質ギルド、『トワイライト』。
PvPと言えば、彼らからすれば暴れる舞台を用意されたようなものではないだろうか。
コロシアムでのPKは正当なPvPであるし、コロシアムでプレイヤーを襲う分には問題にはならない。
ただ、彼らの目的がPKや横殴りすることそのものなのか、嫌がらせがしたいという気持ちが大きいのかにもよるだろうが。

その名前を聞いたアマリの手がぴたりと止まる。
苺のムースを掬いかけた右手を下ろし、スプーンを置いた音がかちゃりと響いた。

「……コロシアムなんてβ時代には無かったからね。あいつらがどう出るかは未知数だけど……めちゃくちゃにしてこないかってことは心配」
「最近あんまり見かけないけど、噂がたまに耳に入るってことは、まだ残ってるってことだよな……」

『トワイライト』は、そもそもレイクファイドが拠点のギルドではないらしい。
噂によると中央に位置する街、シースデリューのどこかに拠点を構えているとか、全ての街に小規模な拠点を構えているとか、色々な説があり判然とはしない。
ただ、所属プレイヤーのレベルが基本的に高いため、カズキが訪れるようなマップに現れることは殆ど無いようなのだ。
しかし彼らの存在は忘れた頃に思い出したように噂が流れ、誰それがやられただの、横殴りされただの、そういう物騒な話が時折耳に入る。

「コロシアムは全ての街からアクセス可能だからね……『トワイライト』とかち合う可能性は高い。あたしらみたいに戦闘技能が高くないプレイヤーは、コロシアムは避けた方が無難かもね。嫌な思いしたくなければ」
「……それはなんか間違ってないか? なんで『トワイライト』のために我慢しなきゃいけないんだよ」

ゲームを楽しむことを邪魔する奴らを警戒してコンテンツを避けるのは本末転倒ではないだろうか。
『トワイライト』のしていることが単なるモラル違反の範疇で規約違反でない限り運営から裁きを受けることが無いだけであって、彼らを不快に思う者は多い。
だからと言って彼らのせいで新規コンテンツへの参加を躊躇するのは歪んでいる気がした。

「……そだね」

小さく頷くが、なんともアマリらしくない。
何か隠しているような、後ろめたさを感じているような、とにかく違和感があった。
普段であれば言いたいことは我慢しない人、と認識していたので、いやに素直なのが引っかかる。
何か言いたいことがあるのにそれを飲み込んで、こちらの言葉を受け入れたように見えた。

「何かあった? 『トワイライト』と」

それを明らかにしたくて、具体的に、直球に尋ねる。
アマリが苺のムースを食べる手は完全に止まっていた。
アマリは暫く黙っている。
何も言わずにいて、それは考え込むとか迷っているというより、『向き合いたくない』という姿勢を感じさせるものだった。
アマリでも、こんな顔をするのか。

無理に話さなくてもいい、と口を開きかけたところで、アマリは重い口を開く。

「……こないだ、ね。殺しちゃったんだ。『トワイライト』の子」
「……殺した?」

剣呑な言葉を鸚鵡返しにすると、アマリは今度は先程よりはっきりと頷いた。
殺した、と言うと、アマリが『トワイライト』のメンバーをPKした?
無表情のまま、アマリは淡々と話しだす。

アマリは、ここ最近は吟遊詩人バードのレベリングをしていた。
スキルを伸ばしたことで、自分自身にバフをかければ迷宮ラビリンスの一層でもソロで狩れるようになったのだ。
武器は銃剣を携え、魔法に銃剣の射撃を交えながらの魔法銃士スタイルで、マイペースに倒していた。

しかし、先日のこと。
もう少しで倒せるというところで、横殴りに遭った。
炎弾を飛ばしてきたのは赤いケープの少女で、童話の赤ずきんのような風貌だったという。

――初めてのギルドハンティングの時横殴りしてきた少女ではないか、と思った。
しかし今そこはさほど重要ではないので、カズキは口を噤む。

赤ずきんは、くすくすと笑いながら杖をアマリに向けてきた。
むっとしたアマリは即座に装備を剣士のそれに付け替えて、威嚇のつもりで少女へと斬りかかる。
PKする素振りを見せられたので、反撃する意図を見せれば諦めると思ったが、そこに頭が熱くなったという事実もあると認めながら。

問題はここで起きた。
赤ずきんの少女は抵抗することなくアマリの刃を受け入れ、そのまま倒れて動かなくなった。
アマリは困惑した。
半ば事故、やられかけたからのこととは言え、PKしてしまったショック。
蘇生薬は持っていた。
蘇生しようかとも思った。
しかし、横殴りをしてきて、さらにはPKしようとしてきた相手を、蘇生する?
それは何か間違っている気がして、蘇生薬をインベントリから取り出そうとした手が止まる。
結局、逃げるようにアジトへと戻って、ログアウトしてしまったそうだ。

「結局、あたしは過剰防衛をした。あの子がどうなったのかは解んないけど、あたしが、殺した……」
「でも、無理もないよ……アマリだって、無抵抗だったら殺されてたかもしれないんだ。それに、殺そうとするのに殺される覚悟が無いのは変な話だと思う」

理由や経緯がどうであれ、PKはPK、という気持ちがアマリの中では拭えないらしい。
とにかく、アマリは赤ずきんの少女を殺してしまった。
PKするということは、結局『トワイライト』と同じことをした――彼女の中では、そういう罪悪感として根付き、ちくちくと苛んでいるようである。

アマリの表情は晴れない。
一口ハーブティーを口に運ぶが、それでもどこかどんよりとした顔が笑顔に戻ることは無かった。

「あんま気にするなよ。事故みたいなもんだろ? それにほら、その赤ずきんだって、これに懲りて足を洗ったりしてるかもだし」
「……フォローヘッタクソだなぁ……」

なんとかアマリの罪悪感を拭いたくて少々苦しい理屈を使ったら、苦笑いながらも笑みが戻ったことに安堵する。
カズキが遭遇したのと同じ少女であると仮定すれば、赤ずきんはおそらくそこまでレベルは高くない。
それでも迷宮ラビリンスの一層ならPK出来ると踏んで、エネミー撃破に時間をかけているアマリに目を付けたと考えるのが自然だろう。
元々PK目的でなかったとしても、アマリが戦っていたエネミーを横殴りするというのは充分に悪意ある行為だ。

「そうだね、過ぎたことどうこう言ってもしゃーないか。まぁ、その件が無くともあたしはあんまりコロシアムに興味ないんだけど」
「んー……そだなぁ、そこは俺もそう。でも、アマリがちょっとでも前向きになれたのなら良かった」
「生意気言うねえ。でも、ありがと」

アマリの中ではカズキはまだまだ初心者らしい。
先輩を慰めようなんて一丁前を気取っちゃって、と言いたいらしいが、単に上手く素直になれないだけで本音ではありがたく思っているように見える。
なら、そこは深く追求せずそういうことにしておこう。
ついでにこんな後ろ暗い話題からは転換しよう。

「そういえば、うちにはヒーラーっているのか?」

ヒーラーは大事と言っていたが、『トロヴァトーレ』にヒーラーがいるかどうかは知らなかった。
七天のセブンスヘブン守護者ガーディアンズ』ではドルチェが居るが、『トロヴァトーレ』ではっきりとヒーラーと言われている人には心当たりがない。
カズキが迷宮ラビリンスに赴く時はレベルの近いメンバーを誘うが、浅い層ではそこまでヒーラーは必要ではなく、強いて言うならナナが最近低級の回復魔法を覚えたくらいだ。

「いるけど、たぶんカズキは話したことないんじゃないかな。あんまり人と話したがらない人だしアジトにもなかなかいないから」
「そ、それは……メンバーなのか?」

ムースを食べる手をようやく再開させたアマリの薄い唇に苺のムースが吸い込まれていく。
アマリによると『トロヴァトーレ』にもヒーラーはいる……らしいが、メンバーと交流しない、アジトにも居ない、とは普段何をしているのだろうかと疑問に思ってしまった。

「ちゃんとしたメンバーだし古参だよ? まぁそのうち会うこともあるんじゃないかなー、だんだんカズキ含めた初心者メンバーも実力付いてきたし、ギルハンで深めのとこ行くとなれば付いてきてくれると思うし」
「え、今までのギルハンには付いてきてないのか?」
「うん」

さらりと言われたが、それは良いのだろうか。
いや、ギルハンに付いてきて欲しければショウが何か言うだろうし、何も言われていないということは構わないということなのだろうけれど。
なんだかアマリから話を聞いてると、かなり取っ付きづらい人のような気がしてくる。

「シューラさんをさらに鋭くした感じかなぁ、例えるなら」
「しゅ、シューラさんより尖ってるの?」
「そこらへんは人によりけりかも。ま、いつか会うこともあるだろうし、悪い人ではないからさ。あんま構えないで」

そう言われましても。
どうしたらいいものか、とチョコレートムースを食べる手を彷徨わせていたら、アマリの表情が意地の悪い笑みに変わる。

「なんなら今度声かけてこようか? それでコロシアムにでも挑んでみる? ベテランヒーラーの支援がクセになっちゃうかもね」
「え、いやそれは……あ、でも」

ふと、思った。
そのヒーラーがベテランで上手いならば、目を惹くはずである。
つまり、コロシアムまでに美しいデザインの杖を作り、そのヒーラーに装備してもらい、コロシアムに参加すれば……多くの人の目に付くのではないか?
そう考えるとかなり名案のような気がしてしまった。
『トロヴァトーレ』内での交流すら薄いプレイヤーなら、ロクだって身内受けがなんだとか言わない、と、思う。
そうなれば、早くデザインを纏めてロクに鍛えて貰わねばなるまい。

「参加しよう。アマリ、今度その人を誘ってくれ」
「え、いや、ちょ、ま……この数秒でカズキの脳内で何が起きたの!?」
「風が吹けば桶屋が儲かるような話だよ。コロシアムにその人を誘おうかって言い出したのはアマリだよな?」

先ほどのアマリの意地悪い笑みを真似して、口許を歪めてみる。
その意趣返しに気付いたアマリは何か言おうとして口をぱくぱくさせていた。
最終的に彼女の口から出た言葉は。

「んなっ……良いじゃないの! じゃあ次の日曜に誘うから! 金土で参加して要領掴んどいてよね!」

売り言葉に買い言葉であった。
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