抱擁レインドロップ

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二話 疑うとか、信じるとか

01

 泉は悩んだ。
 どうして土曜日なんかに彼と会ってしまったんだろう。
 日曜日をまるまる一日悩むのに費やせるではないか。
 母には「とりあえず保留。もしかしたらあっちに居候するかも」とだけ告げたが不安半分安堵半分のような顔をされた。

 これが平日なら友達と会ったり授業を受けて気が紛れたのに、とスマートフォンに伸ばしかけた手を止める。
 友達に相談して、どうなる? どうにもならない。
 母も迷っているし、弟は論外だ。

 ――もう、損得勘定で動くしかない。




「お世話になります……」
「ええ、よろしくお願いします。とても嬉しいです」

 結局、泉は龍神の屋敷に居候してみることにした。
 少なくとも自分が居ない間の食費は浮くし、居候の間でも家に金が行くのならそのほうがきっと楽だ。
 さすがにそこまで念押しして確認するのは下衆すぎるので言うに言えないが。
 まさか泉が次の日にすぐ来るとは思っていなかったのだろう、喜色満面の龍神は自らの胸に手を当てた。

「それと、私のことは『とおる』とお呼びください。どうやら『龍』という漢字には人名としてそう読むことも可能なようでしたので。私に相応しいかは解りませんが、名無しよりはマシかな、と」
「解りました、では……とおる様」

 そう告げて頭を下げると、とおると自らを名付けた龍神は楽し気な声色から急に落ち込んだような語気に変わる。
 萎んだ声で、あからさまに寂しそうな顔をした。

「様……と付けられてしまうと少し距離感があるので、出来れば対等に接して頂けると嬉しいです」
「え、えっと……なら、とおるさん?」
「はい!」

 ぱあっと笑う。
 対等? 現時点で全然対等ではないのだが。
 とおる本人は対等のつもりかもしれないが、現時点でこちらが強く出られる武器がなにひとつ無い。

 それから森田ではなく自分にやらせて欲しいと言い始めたとおるによって、家の中を案内される。
 部屋数が多いのは住職などが会合などで使うことも考えて、とおるが『部屋を増やしてそこを使って構わない』としたからだそうだ。
 この屋敷を建てたこと自体はとおるの希望らしい。

 まず泉のために用意したらしい屋敷の地図を渡されたが、やはり広い。
 平屋なのが幸いだが、似たような襖ばかりでは覚えるのに苦労しそうだ。
 とおるは台所や食堂、風呂やトイレ、あとはとおるの私室など最低限覚えるべき部屋へと泉を連れて案内し、最後に「ここです」と襖の前で足を止める。

「泉さんのお部屋です」

 自室として案内された部屋は、襖を開け放てば12畳はあろうかという大部屋だった。

 デカすぎる。
 旅館かよ。

 一応机や本棚を含めた棚、クローゼットや押し入れ、ドレッサーや姿見、箪笥や小さな座卓と座布団などの一通りどころかそれ以上の家具が揃えられている。
 正直さっきまで居たアパートより広いので持て余しそうだし、父が亡くなる前に住んでいた家だってここまで広い部屋は無かった。

 ただ、とおると同じ部屋にされなかったのは助かる。
 『泉さんの部屋』と言われたからには個人の部屋のはずだろう。
 夫婦になる前提だからーだのなんだの言われて同じ部屋にぶち込まれたらどうしようと思っていたが、一応は一人になれる私室を与えて貰えたわけだ。
 これで押し入れに布団が確認出来れば寝室は別と判断出来るので完璧である。

「何かご不便があれば私か森田さんにすぐお伝えください。と言ってもすでにご不便だらけかと思いますが……」
「どうでしょう、うちなんかよりよっぽど広くて綺麗で、不便と言えば広すぎて迷いそうなことくらいですね……」

 でも、と受け取った地図を見る。
 これを見ながらであればなんとかなりそうだし、この龍神のことだから自分が迷っていたら察知してきそうな気がする、なんとなく。神通力的な。
 地図を見る限り風呂もめちゃくちゃ広いので、それは落ち着かなさそうだなと思った。

「学校などもここから通って頂けます。必要ならば送迎もさせられます。お友達と遊んだり、そうした行動も一切制限はおかけしません。お帰りが遅れそうならご連絡をくだされば、それで充分です」
「送迎は大袈裟になっちゃうので大丈夫です。前の家よりこちらのほうが学校に近いですし」
「あとは……結婚して頂きたいとお願いしておいて矛盾しますが、私とは普通の恋人のように付き合っていくことは出来ません。それもご迷惑をおかけします」
「……まぁ、神様ですもんね」

 さらっと言ってしまったが、とおるのことを傷付けてしまったらしい。
 少し沈痛な面持ちになると、こう呟かれた。

「……ええ。普通の恋人や夫婦なら出来るであろうデートなどが、私とでは不可能ですから。この風貌は、いささか目立ちすぎてしまいます」
「カラコンとかウィッグじゃダメなんですか?」

 そう言うと、またも鳩が豆鉄砲を食ったような顔。
 まるで聞いたこともない言語を食らって意味が解りませんとでも言いたげな顔をされたので、泉は説明する。

「とおるさんが何をどこまで知ってるのか解りませんけど、目の色も髪の色もどうとでもなりますよ」
「そうなのですか!?」

 意外とリアクションデカいなこの龍神。
 しかし、泉とデートが出来るかもしれないと解ったことに喜んでしまったらしく、声には喜色が滲む。
 まさかそんな理由でずっとこの屋敷から出ないでいたのだろうかと思うと、ちょっと可哀想な気もしてきた。
 地図に書斎があったのがちらと見えたので、屋敷の外に関する知識は本とテレビに依存しているのかもしれない。
 それにしたって金髪のヤンキーくらい見たことがありそうなものだが。

「そのあたりの諸々についてはおいおいお話していけたらなと……いずれ、泉さんとお出かけなど出来ると嬉しいです。では、お疲れでしょうしお昼までここでごゆっくりお過ごしください。12時半には森田さんがお昼ご飯を作ってくださっているので、食堂で食べましょう。それでは」

 ぺこりと頭を下げて、とおるは去っていく。
 一応泉からも「ありがとうございます」と礼を告げ、静かな足音が聞こえなくなったところで襖を閉めた。
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