抱擁レインドロップ

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二話 疑うとか、信じるとか

02

 まずは荷物を適当に置くと、押し入れの中をチェック。
 高級そうな布団が一式揃っている、つまり寝室は別。
 棚は空っぽだが、机にはいくらか新品の筆記用具が用意されていた。
 箪笥の最下段には付箋が貼ってあり、『ご自由にどうぞ』と整った字で書かれている。
 開けてみればどうやら和服のようで、細かい分類は解らないが部屋着や寝間着のためだろう。
 申し訳ないが着付けが出来ないのでこれのお世話になることは無さそうだ。

 さて、と諸々荷解きする。
 もとより一週間ほどの滞在しか予定していないし、延びるなら洗濯させて貰えば服はどうとでもなるし家に取りに行けばいい。
 
 スマートフォンを見れば時刻は11時手前といったところ。
 居候を決意してそれが鈍る前にさっさと荷造りして来たのでちょっと早すぎたかもしれない。
 とりあえず母に『お部屋貰ったよ。何かあれば連絡するし、お母さんも何かあれば連絡ちょうだい』とだけメッセージを送っておいた。
 ここは屋敷の中をいろいろ見て回るべきなのかもしれないが、ゆっくりしろと言われたからには出ないほうが良いのだろうか。
 ひとまずじっくり地図を見てみることにする。

 屋敷そのものも広いが、部屋のひとつひとつも広いので部屋数はそう多くない。
 どうやら昨日通されたのは住職が会議などに使うための客間だったようだ。
 今いる部屋は客間よりは玄関に近く、とおるの部屋にも食堂などにもほど近い、そこそこ良い位置に見えた。
 とおるの部屋の隣に書斎があるあたり、おそらく先程の推測は当たりだろう。
 彼は書物によって現代に付いていこうとしている。

 ただ、屋敷の最北西にある部屋だけには何も書かれていないのが気になった。
 他の部屋をぐるりと回り込むように廊下が繋がっているし、まるで隠し部屋のように思えてしまう。
 堂々と地図に記すからにはやましいことは無い可能性はあるし単なる空き部屋かもしれない。
 ……もしかしたら、自分が断ったら第二希望をすぐこちらに住まわせるのかな、なんて思ってしまった。
 ネガティブがよぎってしまったので、地図は折り畳む。
 根拠に欠けた疑念は相手にも失礼だし自分の精神衛生にも良くない。

 なんとなく、姿見の前に立つ。
 父が亡くなる前は欲しいと思っていていつか誕生日にでも買って貰おうと願っていたものだった。
 仮にとはいえこんなかたちで自分のものになるとは皮肉なものだ。
 それにしても、とおるとは釣り合わない気がする、と感じる泉。
 とおるは世間一般から見ても充分美形に入る部類で、整った顔立ちも、丁寧な仕草も、気遣いも、彼が普通の人間であったならば迷いなく飛びつきたくなるレベルの優良物件だろう。

 一方泉はというと、父が亡くなったことで少しでも節約するために長かった髪はばっさり切った。
 セミショートの黒髪は癖こそ無いがきちんとした手入れまでする余裕は無く、本当に最低限。
 顔も別段特筆することのない特徴ナシ、いわゆる『クラスに何人かいる量産型女子高生』の典型である。
 スタイルだってお世辞にも良いとは言えない。
 太ってはいないと思うが痩せているわけでもない、本当にただただ普通。
 そもそもとおるは求婚してくるまでに自分を見たことがあったのだろうか。

 性格だって別に良い子だと思わない。
 自己肯定感が低いとまでは言わないが、胸を張って自分は良い人間であると言い切れる自信はない。
 自分なりの精一杯は尽くしてきたつもりだけれどそれだけで、周囲がどう評価するかは別の話だ。

 だからこそとおるの好意の理由が解らなくて困惑するのだ。
 教えて欲しいのにぼかされて、ただただ甘い優しさを与えてくるだけで、それだけで好きになれるか、なんて。

 「……やめよう」

 一度はとおるに委ねると決めたのだ、疑っていたら疲れるしキリがない。
 『現時点では話せない』と言われたのなら、いつか話してくれるかもしれない。
 そもそも、結局居候を決断したのは自分だ。
 提案に甘えておきながら疑うなんて無礼もいいところだろう。

 気分を変えようと、障子を開ける。
 障子紙はよくよく見たらうっすらと紅葉の模様が入っていたので、貼り換えたのかもしれない。
 窓ガラスは綺麗に磨き抜かれていて、木々の向こうに街並みが見えた。
 森田は世話役と言っていたが、まさかこの屋敷すべてを森田一人が手入れしているのだろうか?
 そのあたりもいろいろ一人で考えるより本人たちに尋ねたほうが早いなと感じ、座布団にうつ伏せに寝転ぶとスマートフォンを手に取った。
 まあ、尋ねたところで答えてくれる保証が無いのがここの人たちの困ったところだけれど。
 Wi-Fiが飛んでいるのは意外だった。
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