KEEP OUT

嘉久見 嶺志

文字の大きさ
17 / 58
2××2.4.10.

: 2p.

しおりを挟む
薄暗い上に、ほとんどの生徒が下校した校内を、アタシは、一人でさまよっていた。

最悪だ、スマホ忘れてしまうだなんて…。

自分の愚かさを恨み、憂鬱になりながら教室を目指す。

明日も学校はあるため、取りに戻らなくてもいいのではないかとも考えたのだが、やはり、スマホという女子高生の必需品がないと落ち着かない。

なんとか昇降口までは来れたが、今朝通った高等部への道のりを、記憶を頼りに進んでみたものの、一向にたどり着けないでいた。

どうしよう、やっぱ、あのまま我慢して明日来ればよかったかな。

後悔しかけてきたその時、一学年の表札が目に入った。

やっと着いた…。

胸を撫で下ろすと、自分の教室から明かりがついていることに気づき、誰かいるのではと、ゆっくり入口の窓から覗いてみた。

あの人は、留年生の…。

金髪ギャルがぐったりと机に倒れ込み、顔を埋めていたのだ。 

確か、木村さんだっけ。

アタシが言うのもなんだけど、何故、こんな時間帯まで残ってんだろう。

とりあえず自分の席に行き、引き出しの中に手を突っ込んでみた。

━━ッ! あった! 良かった…。

なじみのある感触に安心し、スマホをポケットの中に入れ、さっさと帰ろうとした…、のだが…。

「はァ~」

木村さんが、いかにも触れて欲しいと言わんばかりの大袈裟なため息をつき始めたのだ。 

教室の出入り口付近まで来て、チラッと振り返る。 

普段のアタシだったら、気にせずこの場から立ち去るところなのだが、高校生になってまだ一日しか経っていない状況な上に、これから毎日顔を合わせるのだから、気まずい関係を作るわけにもいかない。

しかも、一応この人、年上だったわ。

「…あの、どうかしたんですか」

腹をくくったアタシは、ゆっくり近寄って声をかけてみると、暗い表情を露わにした。

「キク? キクはね、自分のマヌケっぷりを呪っていたところなのだよ」

「マヌケ…、と言いますと…」

「スマホをね、家に忘れてきちゃったんだよ」

あッ、私の逆パターンだ。

「お弁当も忘れて昼食抜きだったんだよ」

うわァ、これは、相当ドジッちゃったみたいだね。 

「電車の定期も財布と一緒に落としちゃったんだよね」

「ある意味天才だよッ!?」

ひどく落ち込んでる彼女に対し、ついに口に出してしまった。

やむを得ずスマホを取り出し、木村さんに差し出した。

「アタシのスマホ使っていいんで、家の人に迎えに来てもらうよう頼んでください」

「キクの家、夜遅くまで仕事してるから」

詰んだな、これは。

そろそろ学校も閉まる時間だし…。

スマホの表示画面で時間を確認する。

「ひとまず学校出ましょ。
考えるのは、それからということで」

「あッ、いやッ、キクのことは気にしないで帰りなよ」

「何言ってんですか、先生に叱られますよ」

「その、え~っと…」

妙に渋っている彼女に疑問を抱いたが、視線の先を見てハッとする。

「もしかして、暗がりが苦手?」

「ちッ、違うよッ!?
別に人気がない夜道が怖いとかッ、不審者に出くわすとかッ、幽霊的な何かに取り憑かれるとかッ、そんな子供が考えるようなこと━━」

動揺しすぎだよ。

焦っている木村さんの反応に、少しずつ興味を持ち始め、不覚にも口角が上がってしまった。

「━━とはいえ、 いつまでもここにはいられないので」

ガシッ。

「へッ!?」

「行きますよ」

「ちょッ、ちょっと!」

木村さんの腕を掴み、強硬手段で教室を飛び出した。

陽が完全に沈み、夕焼けが夜へと変わりつつある学校の廊下を、二人で駆け抜けて行ったのだった。



━━福島駅西口に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「どうぞ」

肌寒い中、アタシは、コンビニで肉まんとミルクティーを買い、木村さんに差し出した。

「いやッ、そんな悪いよ。
奢ってもらうなんて━━」

ぎゅごるるるる。

彼女は、目の前のご馳走によだれを垂らし、説得力のない返事が返ってきた。

「うん、まずそのサイレンを消してから言いましょうか」

結局、食欲に負けてしまい、渡された肉まんにがっつく。

その光景が哀れに感じ、自分の分の肉まんも半分にして差し出した。

「えッ!? いいのッ!?」

「アタシより、よほどお腹空かせてたみたいですから」

目を輝かせ、遠慮なく好意に甘える。

「さっきの話なんですけど、暗いところが苦手なのは昔からなんですか」

「そう! ンぐッ、こういう賑やかな場所は、平気なんだけどッ、ごっくん。
最近、やっと豆球で寝られるようになったんだ」

噂でしか聞いたことがなかったけど、なんと言うか、今時珍しい人に出会ったのかもしれない。

食べている木村さんに、ますます関心が深まるばかりだった。

「━━ってことは、普段は、学校終わったら真っ直ぐ家に帰ってる、ってことなんですね」

「ううん、キク、バイトしてるんだよ」

「バイト?」

「家の近くなんだけど、親は、夜遅くまで働いてるし、家にいても退屈だからいいかなって思って」

「そうなんですか…」

バイト帰りとかも暗くなっているだろうに…。

おそらく、家は人通りの多い所なんだろう。

そう思いながらアタシは、肉まんを食べ終え、その後、改札口で2000円を手渡すと、木村さんは慌てて拒んだ。

「そんなッ、電車賃まで受け取れないよッ」

「気にしないでください。
それに、お金無しでどうやって家に帰るんですか」

「それは━━」

「懐に余裕ができたら、その時返してくれればいいんで」

「どうして…」

「はい?」

「どうしてそこまでしてくれるの?
初対面なのに…」

「アタシん家も仕事で親の帰りが遅いんで、なんとなく気持ちはわかりますよ」

木村さんの問いに、アタシは、穏やかに返答する。

そして別れの挨拶を交わし、木村さんは腑に落ちぬまま電車に乗り込んだ。

車窓を眺めながら、自身を助けてくれた眼鏡の少女をずっと思い返し、ふと笑みがこぼれた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...