KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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暗かった部屋が、仄かな日光によって徐々に明るくなっていく。

窓から微かに小鳥の鳴き声が漏れており、朝を迎えた合図である。

机のそばに通学カバン、部屋の中心には、正方形のテーブル。

エアコンの近くに学生服が一式ハンガーにかかっており、隣にはクローゼットがある。

テーブルの上に置いてある鏡には、ベッドで横になっている部屋の主がわずかに写っていた。

少女は、ベッドで仰向けになり、まぶたを少しだけ開けていた。 

自身の身長に合っていない大きめのTシャツが少しはだけており、鎖骨とへそが現れになっていた。

寝相でタオルケットをどかしたのか、うっすら浮き出ている腹筋やパンツまで見えている、だらしない少女の姿が、そこにはあった。 

しばらく呆然としていた彼女は、ぼやけた視界が広がり、ようやく見慣れた天井を認識した。

棚に置いてあるメガネをあちこち手探りしながら手にし、スマホで時間を確認する。

5:53ーーーー。 

いつもより早めの起床だったため、セットしていたアラーム設定を解除し、ゆっくり起き上がる。

端座位になり、気怠く立ち上がっては、重い足取りで洗面所へと向かう。

洗面化粧台の前に立ち、鏡面裏にしまってある2つのコップのうち1つを取り出す。

歯ブラシに歯磨き粉をつけ、口に咥えた。

アタシの名前は、星 鈴音。

私立あけぼの女学院に通う高校2年生、普通の少女である。 

成績は中の上であり、運動も中の上。

部活に所属しておらず、放課後は、友達と遊んでいる。

趣味はオシャレ、苦手なことは、道を覚えられないこと。 

最近は、マックで何時間も友達とダべったり、服を見に行ったりかな?

毎日楽しく充実した。 高校JK生活ライフをーーーー。

その時、ふと我に返り、歯磨きの手を止める。

…JKライフ? 

寝ぼけていることに気づき、鏡に映る自身の姿を改める。

目ヤニのたまった重い瞼、高角から垂れ落ちる歯磨き粉とは別で涎の跡がついており、襟からブラのストラップが露出していた。

…起きるか。

眼鏡を外し、服を洗濯籠に脱ぎ捨てては、浴室に入っていった。 

つまみをひねると、上部にかけていたシャワーから冷水が放出され、反射的に身構えてしまう。

しかし、少しずつ慣れてきたのか、しばらくシャワーを浴びていた。

やがて勢いよく扉を開けては、全身の水気を拭き取り、ドライヤーで手早く髪をなびかせる。

髪を短くしたため、すぐに乾き、顔に化粧水をつける。

そして眼鏡をかけ直しては、鏡の前で再度自身を見直した。

先ほどとは違って目はパッチリ開き、涎の跡も消えている。 

頭も冴え、自室に戻り、制服の袖を通し始めた。

アタシの名前は、星 鈴音。

県立恵梁けいりょう高等学校に先月転入したばかり•・・・・・・・・の高校2年生であり、普通だった・・・・・少女である。

つい最近まで不眠症を患っていたのだが、あることがきっかけでよく眠れるようになった。

それは、”カン“というものが原因だったらしい。 

”疳“ーーーー。

通称“疳之虫カンノムシ”は、人間に寄生しており、感情に大きく反応する霊的存在らしい。

詳しくは知らないが、中には、疳が形を成して人の体を纏ったり、人智を超えた力を使えるようになったりする者もいるようだ。 

アタシも疳が覚醒してからというもの、心の奥で頭に響くほどの金切り声を上げ続けられ、毎晩寝ることができず、心身共に疲弊していった。 

やがて冷静を保てなくなり、怒りに任せたら疳も暴走し始め、手に追えなくなってしまった。

そんな時に、特設帰宅部彼等に助けられた。 

彼らは、恵梁高校に通う生徒で、疳を払う活動をしている。

見境無しに払っているわけではなく、犯罪に片足突っ込んでいる人を主にターゲットにしているらしい。

彼らは、これを“害虫駆除”と呼んでいる。 

アタシも同様に駆除されるはずだったのだが、志保が身を呈してくれたおかげで我に返り、疳の破壊衝動を鎮めることができたのだ。 

それ以降、心層の奥に引っ込んだまま騒がなくなり、不眠症も解消されたため、駆除する必要がないのでは?という結論に至ったというわけだ。

テーブルにあった鏡を机に置き、首元のリボンを閉める。

前髪をチェックする際、左耳の3つの黒ピアスが視界にチラつく。

違和感がないことを確認し終え、キッチンへと歩いていく。

冷蔵庫を開けると、食材の他にスポーツゼリーが占めている段があり、その中から1つ手に取る。

棚からプロテインを取り出し、容器の中にコーヒーとシナモンを少量加えて蓋をする。

10秒程振りながら、シンクを背に寄っかかり、蓋を開けて口にした。 

ふと食器棚の空いたスペースに置いてある写真立てに目がいった。

大人の男女がしゃがんでおり、その間に女の子が笑顔でピースしている。 

幸せが感じ取れる写真であった。

アタシには、父がいる。 

父は医者であり、大学病院で働いている。

母は、アタシが幼い頃に事故で亡くなってしまい、父は、その日を境いに一人でも多くの患者を救いたいという理由で病院に籠もるようになってしまった。

本当は、母の死を受け入れたくなくて、自分の心を満たすために、仕事に夢中になりたかったのだと子供でもそのくらい気づいていた。 

そのため、幼少期の間は、父の代わりに祖父がアタシの面倒を見てくれた。

祖父も理解していたので、父に対して批難することはなかった。

アタシも特に何も言わなかったし、今後も何も言うつもりはない。 

むしろ、この瞬間にも父が命を救っていると思うと、娘ながら誇らしく感じる。

今は祖父の家の近くにアパートを借り、そこで暮らしている。

相変わらず父は滅多に帰ってくることはないが、祖父は時々顔を見に訪れる。

その際、手料理の入ったタッパーをいくつも持ってきてくれるのだ。 

アタシだって少しくらいなら料理はできるのだが、祖父の作る料理の方が断然美味しいので、毎回楽しみだし、感謝している。 

金銭面も父が毎月必ず生活費を振り込んでくれている。

おかげで何も問題はない。

よって、アタシは今、ほぼ1人暮らしのような状況なのである。

プロテインを飲み干したアタシは、口の周りについた泡をティッシュで拭き取り、ゴミ箱に放った。 

うんッ、早起きもできたしッ、シャワーも浴びたしッ、制服にも着替えたッ。

爽やかな朝を迎えることができ、とても気分がいい。

今日のアタシは完ペーーーーッ!? 

ポケットからスマホを取り出し、表示画面を目にした途端、一瞬にして全身が石化してしまった。

現在、時刻7:02ーーーー。 

「やッば!!」

アタシは、慌てて自室に行き、カバンを手にして家を飛び出した。

余裕だと思ってたのに、感傷に浸ってる場合じゃなかった。

飯坂線に乗るため、美術館前駅に向かって全力で駆け出すが、その最中に駅に停車している電車が動き出してしまった。

「うッそでしょ!?」

加速していく電車に絶望し、駅の手前で立ち止まる。

膝に手をつけ、息を切らしながら再度時間を確認。

7時、5分…。

恵梁町行きが7時22分発。

それに乗り遅れたら遅刻である。

まずいッ! 非常にまずいッ!!

ただでさえ転入してきたばかりで、しかも、あの件・・・もあってめっちゃ浮いてんのに、遅刻なんてしたらさらに悪目立ちしちゃうじゃん!

焦りながらバックの取っ手に両腕を通し、背中に背負い始める。

どっかの誰かさんと一緒なんて御免だしッ。

そして息を整え、再び全力で走り出した。

高架下の歩道橋を駆け上り、フォーラムの前を通り過ぎて、地下歩道を抜けていく。

すれ違う通行人の視線など気にせず、東口のバス乗り場に到着したアタシは、そのまま駅に直行。

改札口でアナウンスが流れ、急いでホームに出た。

『ドアが閉まーーーー』 

阿武急の扉が閉まり始めた瞬間に飛び込み、強引に乗り込むことができた。 

周りの乗客が私に視線を集中しているが、それどころではない。 

「かッ、間一発…」

喘鳴で膝に手をつけながら安堵する。 

余裕を持って行動してたはずなのにッ、なんで朝ッぱらから汗だくになってんのッ!?

電車が動き始め、少々体が揺れる。

「ふゥ~」 

心拍が落ち着き、顔を上げると、乗客の中に見覚えのある生徒が目に入った。

眼鏡をかけた糸目・・・・・・・・と、根暗でマスクをつけた・・・・・・・・・・男子生徒・・・・である。

…。

彼らは、客席に座りながら私を静観し、眼鏡君がニッと笑みを浮かべてガッツポーズをする。

アタシは、朝から運動したせいか、徐々に体温が上がっていくのがわかった。 

……ッ。

マスク君は、その様子を眠そうな目でじっと見つめており、ぴくりとも動く気配がない。 

アタシは言葉を失い、やがて顔も熱を発するようになって、ここでようやく、恥を覚えたのであった。



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