KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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2××3.5.16.

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電車は、のどかな田園風景を通り過ぎ、少しずつ建物が多くなっていった。

やがて目的地の駅に止まり、同じ制服を着た生徒たちがぞろぞろとホームに降りていく。

すると、向こうから手を振る少女が目に入った。 

「おはよッ、志保」

ダークブロンドの少女が、笑顔で私の元へ寄ってきた。

彼女は、小賀坂 志保。

クラスメイトであり、アタシの親友。

転入してきたばかりのアタシを気にかけてくれて、どんな時でも助けてくれる可愛くて優しい女の子。

ただ、この子は――――。

『おはよ、スズちゃん! 勉強した?』

志保は、スマホに文章を打ち込み、私に見せてきた。

「いや、してないよ。
やる必要ないと思ったから」

そう答えると、少し落ち込んでは、次の文章を打ち込む。

『すごいな~。
私は今回の中間、自信無いよ』

そう、声が出せないのである。

昔、何か悲しいことがあったのか、声を発することができなくなってしまったらしい。

デリケートなことだし、さすがに詳しいことは聞いてないが、いつか彼女の方から話してくれるだろう。

「大丈夫だよ。
志保ならイケるって」

テストに不安がっている志保を励ますが、どうやら心に響いていない様子。 

実は今、中間テスト期間中であり、前日まで放課後一緒に残って勉強を教えていたのだ。

ノートの取り方や回答を見た限り、志保は、結構頭がいい。

ちゃんとテスト範囲を把握しきれているし、何も問題ないとは思うのだが、彼女にとっては、そうではないらしい。 

すると、何かに気づいたのか、志保はさらに文章を打ち込む。

『ところで、なんで上着を脱いでいるの?』

志保の素朴な質問に、言葉が詰まった。

ブレザーをバックにしまい切れておらず、袖がはみ出てパンパンになっており、ワイシャツのリボンも緩め、袖もまくっていたからだ。 

「別に、暑いからだよ…」

視線をそらし、ボソッとつぶやくと、後ろから声をかけられた。

「小賀坂さん、おはよう」

先ほどの男子たちがアタシ達を見つけ、近づいてきた。

眼鏡君の方は、友瀬 未来。

恵梁高校の生徒副会長を務めていながら、複数の部活に所属している。

ただ、ほとんどが幽霊部員としてらしく、主に活動しているのが、生徒会と特設帰宅部のようだ。

そして隣の根暗は、門村 直樹。

見た目からして口数少なく、ほぼ無表情で常に眠そうな目をしている。

アニメオタクだが、ああ見えて特設帰宅部長なのである。

「…何か失礼なことを思ったでしょ」

「別に…」

直樹にじっと見つめられたが、軽く流した。 

「それにしても、朝から面白いものが――――ッ、と…」

未来が皆まで言いかける前に、アタシの視線を察知した。 

「いや、なんでもない…」

志保にいらんこと言うなと目で訴えるアタシに、未来は怖じ気づく。 

志保は、頭の上に“?”を浮かべている。

「ホラッ、志保ッ、 遅刻しちゃうからッ、ねッ!」

志保の手を握り、強引に彼らから引き離した。 

彼女は、つまずきそうになりながらも歩幅を合わせ、ホームに残された2人に軽く手を振る。

その姿に未来は微笑み、手を振り返しながら見送った。 

「小賀坂さん、変わったよね」

「そうだね…」

未来のつぶやきに、直樹も静かに口を開く。 

「本当に、良かった…」

そう呟いているうちに、彼女たちは、駅の外へと駆け抜けていった」



「――――うわッ」

高校に着き、昇降口で上履きに履き換えるため、下駄箱を開けると、中からルーズリーフで小さく折られた手紙が大量に溢れてきた。 

いくつかは足元に落ち、表にハートが書かれていたり、“Dear” “星さんへ”等々、アタシ宛に記されていた。 

呆れながらも、しゃがんで1つずつ拾っていく。

これは、明らかにあの件・・・が原因だろう。

GW明けにこの場所で志保がいじめられていたところを助けたのだが、多くの生徒がそれを間の当たりにしたため、私の存在が一気に全学年に知れ渡ってしまったのだ。

――――手を出していいのは、アタシだけだからッ。

…我ながら思い切ったことしたよね。

当時のこと振り返り、自身の行いを今更恥じる。

頭の足りない連中分からせるためには、あれが一番効果的なのは分かっていたし、代償がでかいのも覚悟していたつもりだったけど…。

予想外の反響に、正直戸惑っている。 

そのうちの1つがこの手紙である。 

あれからというもの、毎日下駄箱や机の中に、手に余るほどの手紙が入れられるようになったのだ。

内容は、誰もがイメージするものばかりだが、なぜか女子からのものもあったりする。

特に、連絡先が書かれているものが多く、悪用されたらどうする気だと度々思う。

これは、もうある一種の嫌がらせなのでは?と頭をよぎる。

隣にいる志保も一緒になって拾ってくれているが、途中から手を止めては目を輝かせ、この状況に感動している。

志保、今、それどころじゃない…。

転入生でお嬢様学校出身というのもあって、周りから物珍しく見られるのは無理もないが、さすがに目立ちすぎてしまったようだ。 

アタシだって、こんな漫画やアニメみたいな展開が実際起きるとは想定していなかったし。

まあ、これで志保にちょっかいかけるやつがいなくなったわけだし、良しとするか。

脳天気な彼女の表情に思わず笑みがこぼれた。

でも、しばらく大人しくしていよう。

今後の過ごし方が決まり、 2人でなんとか手紙を回収しては、階段を登って2階へ。 



2年3組の学級表札が目に入り、教室の戸を開けると教壇の上に立つ1人の男子がいた。 

「え~、1995年 日本で社会現象が起こった。
それは、一体何だ?」

「はいッ」

教卓のすぐ前の席に座る男子が挙手する。

「新世紀○ヴ○○ゲ○○ンですッ!」

「あいッ! 正解ッ!!」

 どうやら教壇に立っている男子は、誰かになりきっているようで、ノリノリで黒板に解答を書いていく。

「え~、当時の日本社会は、今よりもストレスを抱えている社会人が非常に多く、ハラスメントのオンパレードだった時代だッ。
このアニメが大ヒットした理由、それは、主人公の少年に多くの大人が共感を持ったからで――――」

「何やってんの、ナベショー」

熱弁している彼に、冷めた視線を向ける。

彼は、渡辺 奨。

通称ナベショー。

見ての通り、調子者で、目立ちたがり屋だ。

「あッ、星さん!
実は、今、緑谷先生のマネをしてテスト問題予想を――――」

「そんな余裕があるなら、ノートを読んだ方が全然良い。
ってか、アニメなんてテストに出る訳ないでしょ!?」

「いや、この前、ここテスト範囲だからって先生言ってたで?」

「真に受けるなよ」

正論を突きつけている中、後ろで志保が笑いを堪えている。

「ホラ、他の人達の邪魔になるから、アンタ等も席に戻って」

「星さんが言うんなら…」

「ハァ、わかったで」

軽く溜め息をつき、ナベショー達は、しぶしぶ自分の席へと歩いて行った。

朝から騒がしい奴。

ってか、あの一件以来、何故か一目置かれるようになっていた。

ナメられるよりは全然良いけど、落ち着かない。

やっと教室に足を踏み入れると、今度は、視界の隅にある男子が映った。

その男子は、イヤホンで耳を塞ぎ、カバンを枕代わりにして寝ていた。

長谷川 佳汰。

自分でも分からないが、何故か苦手意識が芽生えてしまった男子である。

すると、志保が彼の元へ行き、手に持っていたスマホで、軽く頭を叩いてみせた。

「ふァ!?」

ケータは、間抜けな声を出し、顔を上げてアタシ達を認識する。

「あァ、小賀坂さん、おはざます…」

イヤホンを外し、弱々しい声で挨拶をする中、アタシも志保に寄って声をかける。

「アンタ、これからテストだっていうのに、ずいぶん余裕じゃん」

「あ~、ま~ね」

ケータは、カバンから缶コーヒーを取り出し、蓋を開けて一口飲む。

「勉強しなくてもイケるかなと」

「アンタ、それで落ちたら笑われ者だよ」

「ハッハッハ~、かもね~」

まだ寝惚けているのか、棒読みの空返事しか返ってこない。

何なのコイツ…。

ケータの態度が気に入らず、少々、腹立たしく感じていると、チャイムが鳴り響いた。

志保が席にカバンを置き、アタシに手を振る。

「あッ、うん、じゃあね志保」

教室内がざわつく中、アタシも自身の席へつく。

すぐ様カバンを下ろし、机の上にシャーペンと消しゴムを用意している間に先生が入室した。

片手には人数分のテスト用紙を持っており、教卓に置いては、黒板に各教科の開始終了時間を書いていく。

テスト中の注意事項を軽く済ませ、前列に解答、問題用紙を配布し、それを生徒達は、後方へと手渡していった。

緊張感と倦怠感が混濁するこの空間も今日で最後。

テストが終わったら何をしようか、そればかり考えていた。

やがて時間となり、先生の合図と共に、皆黙々とシャーペンを走らせた。


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