夢で逢いましょう

待井 月

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「……ミオさん」

背後から聞こえた声。
振り返ると、もう花畑ではなく、いつもの図書館の中央――水に囲まれた読書台の上に、先生が立っていた。

ギィの姿もノアの姿も消えていた。

「今日はこちらを読みましょうか」

いつも先生が選んでくれる本を2人で読む。
束の間の逢瀬、先生の声が優しく響き、心地いい時間が流れる。

物語の途中、先生は急にハッとした表情をして言った。

 「このお姫様は僕をいつも惑わせる、君にそっくりだ!」
「ふふ、そうかな……。でもこの人、最後は幸せになれる?」

「なれるさ、僕が君の幸せを願うからね。物語は読み手によって結末が変わるものさ。」

その物語は悲哀のものだった。
お姫様が1人を思って一生を終えるバッドエンドを、一生を賭けて貫いた純愛の物語に。

どのくらい時間が経ったのだろう。
小指の中程ある本を読み終えた私たちの間に沈黙が続いた。

先生は少しだけ寂しそうな顔をして言った。

「そろそろ、目覚まし時計が鳴る頃だね」

「……先生、会えてよかった」

「うん。僕もだよ」

彼は、いつものようにわたしの頭を撫でてくれる。
その手は、ほんの少しだけ、冷たかった。

「名前を、呼んでもいいですか?」

わたしがそう訊ねると、先生は少しだけ目を伏せた。

「それは、まだ夢のままでいたいと思うなら、やめておいたほうがいい。
でも、本当に“現実を捨ててもいい”と思ったときは……」

彼はわたしの目をまっすぐに見つめて、微笑んだ。

「――どうか、君の声で、僕の名前を呼んで」

言い終えると、周囲の空間がにじんでいく。
水の音が遠ざかり、空の青が白く滲む。

「また、来てもいいですか……?」

わたしの問いに、先生は首をかしげるように笑った。

「ミオさんが来てくれなかったら僕が迎えに行ってしまうよ。」

その言葉を最後に、わたしは目を覚ました。



目覚ましの音は、まるで遠くの雷鳴のようで、私の身体を強く揺さぶる。
まぶたを開くと、灰色の朝が部屋に広がっていた。

「現実だ……」

あの図書館の水音も、階段も、ギィもノアも、先生も――
すべてが夢だったはずなのに、胸に残った温もりだけは消えずにあった。

洗面所の鏡に映る私は、いつもの16歳の少女そのもの。
だけど、顔の奥にある「私らしさ」が少しだけ薄れてしまったような気がした。

学校では、授業中も意識がどこか遠くへ飛んでいく。
心の中で繰り返すのは、あの声、あの手、あの光景――。

「ミオさん、具合悪いの?」

気づけば、隣の席のクラスメイトに声をかけられていた。

「え…? あ、うん、大丈夫」

風邪気味だと自分に言い聞かせ、無理やり笑って席に戻る。
でも胸の奥に、微かなずきんとした痛みが残る。



放課後、帰り道の途中。
街灯の灯りがぼんやり揺れて、アスファルトが濡れているようにも見えた。私はつい、足を止めてしまった。

「また行けるかな……?」

言葉にならない思いが、そっと零れた。
画面や看板、車のライト、すべてが幻想に包まれているように錯覚する。

その時、ポケットの中で携帯が震えた。
画面には母の名前。すぐに応答するのを躊躇ってしまう。
切れた通話の後、母は「飯」とだけ送ってきていた。
夢の中の“誰か”と比べてはいけないと、頭ではわかっているのに――。
冷たい家、味のしないパンを見るとあの温もりを求めてしまう自分がいた。
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