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3巻

3-3

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 アルザは皆の反応を見てから立ち上がり、ゼノンに指を突きつけた。

「だから私の人気が落ちようとどうでもいいの。それは私がちゃんと考えてるから」
「ど、どうでもいいってことは……」
「それに私の好みは強い男だって公言してるから、ゼノンは普段から堂々としてくれさえすればいいのよ。そうすれば強くていい男なんだから。あと、服装をもう少しどうにかすれば、何も問題ないわ。脱・地味を心がけて」

 その意見にはエルファも思わず頷いた。ゼノンもきりっとした表情なら、ずっと格好よく見えるだろう。人間というのは、表情と服装と髪型で印象が激変する。ナジカとゼノンは、足して二で割ればちょうどいいぐらいだ。

「この格好ダメ?」

 ゼノンは自分の服を見下ろして言う。白いシャツに飾り気のないベスト、何の変哲もないズボンという、普通すぎる格好だ。彼の服がどこで売っているか、誰も気にしたりしないだろう。

「ダメではないけど、地味ね。ナジカほど派手になられても困るけど、もう少しねぇ」
「え、アルザまで俺のことダメなのっ!?」

 巻き添えを食らったとはいえ、相変わらず自覚のないことを言うナジカ。派手な格好をしている彼女なら、自分のチャラチャラした格好を認めてくれると思っていたようだ。
 すると、この近辺に住んでいるという女性が声をかける。

「でしたら、洒落しゃれた店のあるところへ一緒に服を買いに行かれたらどうですか? お二人が連れ立って歩くのはいつもこの近所でしょう? この辺りには、アルザさんに相応ふさわしい服はないもの」

 その言葉でエルファは、彼らの交際が知られている理由を理解した。

「じゃ、じゃあ、今度さ、エノーラさんの店に行かない?」

 レストラン・ラフーアの出資者であるエノーラは、ゼルバ商会という大きな商店を仕切る跡取り娘だ。ルゼの妹がエノーラの弟にとついでいるらしく、その縁もあってカルパやナジカ達もエノーラと親しくなったらしい。
 アルザが意外そうに言った。

「いいけど、ゼノンが自分から行きたがるなんて珍しい。しょっちゅう会ってるんじゃないの? エノーラさんなら、言えばたぶん、喜んで似合う服持ってきてくれると思うけど」

 エノーラは商談も兼ねてよくラフーアに食事に来るので、欲しいものがあるならその時に頼めば持ってきてくれるのだ。

「その……服とは別に、色々と相談してて、気に入るかどうか、アルザに確認してもらえる段階になったからさ」
「何を?」
「ゆ、指輪とか……」

 今まで堂々としていたアルザが目を見開いてゼノンを見た。どうやらせっつかれなくても、ちゃんと彼なりに考えていたようだ。エルファは思わずにやにやと笑ってしまう。ナジカとその向こうにいるウルバ達も笑っていた。

「あらあら。若いっていいわねぇ」
「青春ねぇ」

 婦人達も口元をほころばせ、二人を温かく見守った。
 わずかに動揺を見せたアルザは再び堂々と、かつ満足げに、ゼノンはほおを赤らめて互いを見つめている。

「そういえば、ウルバさんもここでマグリアに告白したんだっけ」

 その様子を見ながら、ナジカがうらやましそうにエルファに言った。

「そうなんですか」

 今はお茶会に使っているが、本来はちゃんとした神殿だから、真剣な愛の告白をするには相応ふさわしい。それに実りの女神のレルカは、にぎやかさを好む女神だと言われており、恋する二人が浮かれていても見守ってくれるのだそうだ。そのためレルカの神殿で、結婚式を挙げる人達も多いのだ。

「告白されたマグリアは信じられなくてぶっ倒れたらしいけど」
「どうして倒れるの?」

 リズリーはきょとんとしている。

「ああ見えて、ウルバさんは有力貴族の次男坊だしな」

 リズリーはその感覚が理解できないのか首を傾げている。ナジカは困ったように頭をいた。

「うーん、妖族ようぞくって貴族みたいなのいないんだっけ?」
「王様はいるよ。強いんだよ」
「リウド様だろ。お会いしたことあるよ」

 それを聞いたリズリーは、目を輝かせてナジカを見上げた。

「ナジカすごいねぇ! あたしは遠くから見たことしかないよ!」
「ルゼ様のご実家へ一緒に行った時に、たまたまリウド様も来てたんだ」

 妖族の王様。子供がお芝居のようなひげをつけている姿を思い浮かべて、エルファは小さく笑った。実際には違うのだろうが、小さくて可愛らしい王様なのは間違いない。

「リズリーは地上の花嫁さんを見たことあるか?」
「ないよ。キレイだって聞いたよ。あたしもお式に出ていい?」
「そりゃあもちろん」

 答えたのはアルザだった。

「君みたいな可愛い子が、祝いに来てくれなかったら寂しいな」

 アルザの魅力的な笑みにリズリーはほおを赤らめ、ナジカの背に隠れてしまった。それでも顔を覗かせて、ちらちらとアルザを見ている。リズリーのような妖族までこうして魅了してしまうとは、さすが人気役者だ。そのお相手であるゼノンも恥ずかしそうな顔をしている。

「アルザ、い、いつになるか分からないのに……」
「でも、いつかしてくれるんでしょ?」

 ゼノンが頷くのを見て、アルザは上機嫌に笑う。そんな二人を横目に、ナジカはリズリーの頭を優しくでた。

「ほんと、リズリーは妖族なのに可愛い性格だよな」

 その言葉にエルファは驚く。

「ナジカさんは妖族の性格の違いまで分かるんですか? 妖族は他種族に対して警戒心が強いから、なかなかそこまで親しくなれないはずですが」

 しかも彼らは、このランネルから遠く離れたグラーゼ周辺にしかいない少数種族である。会う機会などそうそうないだろう。

「ああ、リウド様についてくる配下の皆さんとかね。彼らも王族に仕えてると色んなところに出向くから、他種族にも慣れてるんだ。俺達も普通にしてれば変な警戒はされないよ。それどころか皆、すごく悪戯いたずらっ子なんだ。特にリウド様は魔物の王の中では最年長なのに、俺らを驚かせようと後ろから忍び寄ってきてね。気付いて振り返ったら舌打ちされたな。俺ら傀儡術師かいらいじゅつしは気配に敏感だから、同じようなことをしてた配下の皆さんも失敗して悔しがってたなぁ。まあ、慣れてくれば全体的に可愛い種族かな。リズリーはその中でも特に可愛いけどね」

 ゼノンとアルザもうんうんと頷いている。

「式ではぜひ、リズリーに手伝ってもらいたいわ」
「うん、お手伝いするよ」

 アルザのお願いをリズリーは快諾する。しかしそのお手伝いというのは、リズリーが考えるような裏方の仕事とはだいぶ違うだろう。可愛らしい姿を生かした、かなり目立つものになるに違いない。彼女の場合、後でそれを知っても、一度やるといった以上引き受けてくれるはずだ。それだけの責任感はあるし、好奇心も旺盛おうせいだから。
 アルザの結婚式なら、人がたくさん来ることだろう。となると、そんな場で花嫁の世話をするに相応ふさわしい服を彼女に用意しなければならない。リズリーは着るものに頓着とんちゃくしない性格らしく、彼女自身に任せていたら残念なことになりそうなので、友人としてしっかり口を挟まなければならない。妖族ようぞくにも伝統的な礼服があるはずだが、そういうのが一番受けがいいだろう。

「エルファ? どうしたの?」

 手を止めて考え込んでいると、ナジカに声をかけられた。いつの間にか自分の考えに没頭していたのに気付き、エルファは笑みを浮かべて答える。

「あ、いえ、リズリーの服は、伝統的な妖族の衣装をルゼ様に取り寄せていただけないかなと」

 彼女はリズリーを可愛がっていたから、引き受けてくれるだろう。

「そ……そう。それならよかった。それならきっとルゼ様本人が喜んで採寸に来てくれるよ。ルゼ様、妖族大好きだから、そういう服装も好きだと思うよ」
「それいいねぇ。私からも頼んでみよう。ルゼ様も喜ばれるだろうし」

 アルザもこの案が気に入ったようだ。そしてリズリーはこの会話の意味にまだ気付いていない。

「まあ、素敵ねぇ」

 結婚式についてあれこれ語っていたら、ご婦人方からうらやましげな声があがる。するとアルザは、彼女達を見回して言った。

「ここで会ったのも何かのご縁。皆さんもお時間があればぜひ来てください」
「まあ、よろしいんですかっ」
「その代わり、結婚のことはしばらく内緒でお願いしますね」

 そんな風に嬉しそうに語るアルザを見て、エルファも羨ましくなった。
 アルザとゼノン同様、エルファも幼馴染おさななじみ同士で結婚する予定だったが、相手のアロイスはゼノンと違って真面目な性格ではなかった。悪い人ではなかったが、我儘わがままで子供っぽく、決して褒められた性格でもなかった。
 アルザはウルバ達にも声をかける。

「ウルバさんもその時はよろしくお願いしますね」
「ええ、もち…………ひょっとして、ここで式を挙げるつもりかい?」
「もちろんそうです。ルゼ様とエリネ様が建ててくださった神殿だし、そのお二人に助けられた私達にはここしかないです。幸いなことに、立派な神官様もいらっしゃることだし」

 アルザがウルバを見つめて語ると、ゼノンも頷いた。そんな二人を、ナジカもまたうらやましそうに見ていたが、ふと、ちらりとエルファを見た。目が合うと、慌てたように視線をウルバに向ける。
 エルファは複雑な気持ちで苦笑する。先ほどから少し様子がおかしいが、まだエルファがアロイスのことを引きずっていると思っているようだ。こちらはもうほとんど吹っ切れているというのに。もっともナジカとは現在お友達でしかないので、それでガンガン結婚を迫られても困るのだけれど。

「……まあ、いいんじゃない? 本人達が望んでるんだし。有名だからって特別扱いしすぎるのも可哀想だよ。他の子なら躊躇ためらったりしないんでしょ」

 マグリアは赤ん坊を抱えながら、ウルバを見上げて言った。

「そうだね。私がそのように及び腰では、いけないね」
「そうそう。ウルバさんはドンと構えてないと」

 このお茶会の本来の目的であった、慈善院じぜんいんの悪印象の払拭ふっしょくは、最終的にはゼノンとアルザの結婚式をもって成し遂げられるのだろう。
 今の二人の様子では、もう少し先になりそうだが。



   第二話 偏食へんしょく弊害へいがい


 エルファは商店街の行きつけの食器店で、棚に並ぶ洒落しゃれうつわを眺めていた。田舎では窯元かまもとぐらいでしか見られないった品々が並んでいる。中でも大きな深皿に目をかれた。花をかたどったような型に、様々な花がえがかれている。果物や菓子を入れてもいいし、取り分け用の料理を入れるのもいい。品質の割に値段も安い。が、買うかと言えばいなだ。エルファに手が出せる値段ではない。
 エルファは深皿から目を逸らし、最初に欲しいと思っていたものを見る。これなら自分の手が出る範囲内だ。新しく入荷されたビスケット型。しばし迷い、可愛い鳥の型と、これからの季節を考えて雪だるまの木型を選ぶ。そして、欲しくはないが気になっていたものを指して店主に尋ねた。

「これ、この怪物みたいなの何ですか」

 やたらと恐ろしげな顔をした生き物の木型だ。

「それは悪魔だよ。この地方の古い風習で、年の終わりに悪魔の形のビスケットを頭から食べて、魔除まよけにするんだよ」
「へぇ。面白いですね」
「これは子供が無事に大人になるようにってまじないだから、フレーメは毎年孤児院に差し入れてるって聞いたことがあるよ。カルパさんもこの手のは何かしら持ってるはずだ」

 フレーメの幹部達の多くが孤児院で育ったので、カルパも慈善活動には熱心なのだ。

「じゃあ、帰ったら聞いてみます。あ、これとこれをいただきます」
「はいよ。まいど」

 ガラス製品などの割れ物は店に届けてもらったりするが、今日買うのはこの小さい木型だけなのでそのまま受け取った。ラフーアで出すビスケットは、エルファの趣味でった型を使っている。仕事のついでに趣味の木型集めがはかどって一石二鳥だ。

「エルファ、それだけでいいの? ガラスとか皿とかは?」

 後ろから声をかけられ、エルファは振り向いた。いつものようにナジカが微笑んでいる。今日は非番なので私服姿だ。じゃらじゃらしたアクセサリーだけでなく、細かな刺繍ししゅうほどこした上着に、派手めのボタンやベルトのついた服を着こなしている。安い古着を自分好みに改造しているのだそうだ。ボタンを自分の好みのものに付け直し、刺繍まで自分でしているらしい。物を動かす傀儡術かいらいじゅつ繊細せんさいに使いこなせるよう訓練していたら、自然と手先まで器用になったという。ゼノンの包丁さばきもその訓練のおかげなのだとか。
 エルファは手元の木型をちらりと見ながら言う。

「はい。これを集めるのが趣味ですから。陶器やガラスも好きですが、ちょっとしたことで割れてしまいますし、以前買ったガラス瓶だけで十分です」

 エルファはまだ一人で買い物に出ることが許されていない。だから必然的に、よく食事に誘ってくるナジカと買い物に出かけることが多くなる。もちろんエルファに文句はない。文句があれば、断って仲の良いラスルシャと買い物に行っただろう。
 ナジカに誘われるまま一緒に出かけているのは、それが楽しいからだ。食べ歩きという共通の趣味があるのも大きい。服装の趣味は少々合わないが、彼の場合は何を着ても似合うのでエルファの方が気にしなければいいことだ。

「さて、もうすぐ昼だし、何か食べる? 新しく露店が増えてるよ」
「新しい露店ですか?」
「ああいうのは入れ替わりが激しいからね。特にこれからの季節は収穫が終わって、だんだん地方から出稼ぎに来る人が増えてくるからさ。今だと食材が豊富だし活気があるよ。冬になると工芸品も増えてくるけど」
「なるほど。それは楽しみですね」

 冬の間は農業ができないので、その間の収入としてそれらを都会に売りに来るのだろう。エルファの地方でもよくあったことだ。ここは王都ルクラスだから、珍しいものも売られていることだろう。
 それからナジカの案内で商店街を歩いた。確かに、言われてみれば以前より露店が多く感じられる。
 この時間帯の商店街には、朝とはまた違った活気がある。朝は朝で市場いちばが開かれるため活気があるのだが、今は労働者の昼食向きの、具の多いスープや腹に溜まるパン、麺類が売られている。平焼きパンに焼いた肉を挟んだものを売っている店は、たまらない香りで人を集めている。肉は臭み消しが完璧でなく、ラフーアでは決して出さないようなものだが、この香りは空腹時の食欲をそそる。肉と香辛料の風味が絡み合い、この香りだけで口の中に広がる旨味うまみを想像できる。

「何を食べようか」
「何がいいのかさっぱり。お任せします。このいい匂いで、ちっとも頭が回りません」
「了解。確かにこの匂いは強烈……」

 と、その時、ナジカが足を止めた。

「ん、今、誰かに呼ばれなかった?」
「そうですか? 私は気付きませんでした」

 多くの人々でにぎやかな商店街には、荒々しい接客の声や、威勢のいい客引きの声が飛び交っている。

「あ、いた。あいつらだ」

 ナジカは誰かに向けて手を振った。見ればナジカが親しくしている近所の不良学生達だった。エルファも何度か見かけたことがある。

「ちーす」

 先頭を歩いていただらしのない服装の少年が、片手を上げて近づいてくる。彼はナジカよりいくつか年下だが、少しナジカに似ている。主に服装が。もちろんナジカの方がお金と手間暇をかけている分、派手だ。そして少年は、社会に出て仕事をしていてもこんな派手な格好で自分を貫くナジカを慕っているらしかった。そんな少年にナジカは声をかける。

「こんな時間にどうした? 学校は?」
「ナジカさんは見た目によらず相変わらず真面目っすね」
「そりゃあ、おまえらみたいなのを補導するのも仕事だからな」
「今日はもう授業終わったんですよ」
「本当かぁ?」

 ナジカは疑いの目を向ける。彼らは万引きや暴力といった悪さらしい悪さはしていないから、悪い子ではない。しかしよく学校をサボっているのだ。

「ナジカさんは仕事熱心だなぁ。今日は休みなんでしょう」
「そうだ」

 彼らはナジカの派手な私服姿を見て、地味なエルファを見る。そのうちの一人がポツリと言った。

「なんか悪い男が真面目ちゃんをたぶらかして、連れ回してるように見えるかも……」
「ど、どこがだ!?」
「まあ、今日は顔隠してないからいくらかマシですけど。スカーフ巻くのやめたんですか?」
「うん。なくても楽になってきたから」

 ナジカは枯草熱こそうねつのせいで、草の多い春から夏の間は顔の下半分をスカーフで隠していた。そのため、よく不審者みたいだと言われていたのだ。田舎者っぽいエルファがナジカと歩くと、何か犯罪に巻き込まれているように見えたらしい。
 秋になって症状も治まりスカーフが外れたため、一緒に歩いても変な目で見られなくなったと思っていたのだが、どうやら違う目で見られていたらしい。

「そういえば、この格好もまだまだ人目を集めそうですよね。夏場の怪しい格好で感覚が麻痺まひしていたのかしら……」

 エルファは、自分の感覚の大きな変化に愕然がくぜんとした。派手だ派手だと思っていながら、スカーフさえ外せば人よりちょっと目立つ程度だという認識になっていたのだ。

「エルファさんも、たまにははじけたらどうっす? そしたら逆に自然で、目立たなくなるかも」
「それはちょっと。外で羽目を外すと、店の印象が悪くなりますから」
「ああ、可愛い薬草魔女って言われてますもんね。ナジカさんなんかと一緒にいて大丈夫なんですか?」
「可愛いはともかく、ナジカさんの職業的には何も問題ないはずなんですが……よく考えたら複雑かもしれません」

 ナジカがふてくされて足下の小石を蹴り出したので、会話を中断した。

「ごめんなさい。これから楽しい食事なんですから機嫌直してください」

 冗談だと言おうと思ったが、実際冗談では済まない話なので、やはり少し複雑だ。
 すると不良学生達が声をかけてくる。

「あの、デートの邪魔して悪いんすが、俺らも一緒にいいですか?」
「いいけど、何かあったのか?」

 気を取り直したらしいナジカが、人の好い笑顔で問う。緑鎖りょくさの彼に相談があるということは、よほど困っていることがあるのかもしれない。

「ナジカさんじゃなくて、今日はエルファさんに相談があるんですよ」

 エルファは自分を指さしてまばたきした。彼らにとって、エルファはナジカのおまけだと思っていたから、意外だった。


 場所を移動して、いつも彼らがいる公園にやってくる。
 学生達もエルファ達と一緒に各々おのおの好きな昼食を買って、とりあえず腹ごしらえをしている。
 彼らはエルファの倍ぐらいの量を、エルファの倍ぐらいの勢いで食べていた。中でもがっついていたのは、意外なことに女の子だった。よほどえていたのかと思うぐらいだ。
 学生達の食欲にある種の感動を覚えながら、エルファも女の子と同じものを一口食べる。先ほどエルファの胃袋を誘惑したパンだ。臭みの残る羊肉をローストし、香辛料の効いた濃いめのソースをかけて、平焼きパンに挟んである。見た目よりもどっしりと重く、いかにも育ち盛りの学生や力仕事をしている人向けの、がっつり系だ。食べごたえがあって、食いしん坊のエルファでも一つで満腹になりそうだった。

「おまえら、いい食べっぷりだなぁ」
「ナジカさんこそ。でも、いつもいいもの食べてるナジカさん達の口に合うんですか?」

 最初にナジカに話しかけた少年――ネヴィルが首を傾げた。

「いつもいいものを食べてるのはエルファだけだよ。料理人だからな」

 分厚い手袋をしたナジカが、一つ目のパンを平らげて言う。ナジカは食べ物を苦くする魔力持ちなので、こうしないと食べられない。

「いいものというか……ラフーアのまかないをずっと食べているとこんな豪快な味も恋しくなるんです」
「そんなもんすか?」

 エルファは迷わず頷いた。食材を適当に大鍋にぶち込んで煮込んだだけの料理なども恋しくなる。

「そうですよね! 分かります!」

 エルファに賛同したのは、先ほどまでものすごい勢いで食べていた少女だ。

「実は、エルファさんに相談したいのはこいつ……シエラんのことで」

 ネヴィルが少女――シエラを指して言った。エルファは首を傾げる。
 家。先ほどの食べ方。今の反応。
 あまりいい話ではないだろう。エルファが薬草魔女と知っていて、相談するようなことだ。

「何かあったんですか?」

 シエラは頷いて、話し始める。

「……母が、おかしくなったんです」
「おかしく? まさか、虐待ぎゃくたいか?」

 二個目のパンにかじりつこうとしていたナジカは、それを中断して問う。エルファばかりの問題でもないと思ったのだろう。確かに彼女の食べ方は、食事をあまり与えられていない人のそれに見えた。

「うーん。虐待というか………」

 ネヴィルが眉間にしわを寄せつつ、少女の話を引き継ぐ。

「実はこの前、エルファさんのお茶会に、うちのばーちゃんとシエラのかーちゃんが参加したんだ」

 今度はエルファの眉間にしわが寄った。話がまったく見えなくなってしまった。あの時のお茶会と、虐待との関係性が分からない。

「ばーちゃんは膝が楽になったって喜んでたんだけど、シエラのかーちゃんがお茶会から帰ったらいきなり厳しくなっちまって」

 エルファは何か変なことを言ったかと、記憶を辿たどる。

「ネヴィルのばあちゃんって、リアナさん?」
「ナジカさん、うちのばあちゃん知ってるの?」

 ナジカが問うと、ネヴィルは目をしばたたかせる。

「俺もお茶会にいたし、少し話をしたからな」

 聞けば彼の祖母とは、エルファが膝に湿布しっぷをしてあげた老婦人のことのようだ。まさか彼女が知り合いの祖母だったとは予想だにしなかった。

「んー、でも、お茶会はみんな和やかな感じだったのになぁ。なんでだろう。大半は美容にいいハーブについての話だったのに」

 ナジカも心当たりはないらしく首をひねる。
 身体にいい食材と聞くと突然そればかり食べるようになったり、他の食べ物を排除したりと、極端なことを仕出かす人がたまにいる。なのでエルファも話をする時は気を付けている。あの日も、いきなり子供に厳しくしそうな話などした覚えはない。

「厳しくなったって、具体的にどういうことだ? 食事でも抜かれてるのか?」
「厳しくなったっていうか、食事制限されてるんだ」
「ああ、ジャンクフード禁止とか? たまにいるよな、そういう極端な親」

 ナジカが納得して頷く。しかし話はそういうことではなかった。

「近いけど、違うなぁ。元々肉を食べる機会が減ってたらしいんだけど、今は完全に肉も魚も禁止なんだってさ。ハムやベーコンもダメで、スープの具も野菜ばっかなんだって」

 エルファは目を見開いた。

「私はむしろ、そういう誤解をされるのを恐れて、肉も必要だと毎回話すんですが。ましてや魚も禁止だなんて」

 エルファの言葉に、ナジカも補足する。

「うん。せたいなら鳥肉のあぶらが少ない部位を食べるべきだって、いつも話してるよな? それで肉全部がダメなんて話にはならないだろうし……あ、でもそういえば、肉がどうのとか言っていた女性がいたような……?」
「あれってそういう意味だったんですか? 脂身あぶらみはよくないと言った気はしますけど」

 ナジカと一緒に考えてみるが、どうしてそんな極端な肉食禁止主義になったのかは分からなかった。
 シエラもげんなりして手に付いたソースを舐めながら言う。

「植物の偉大さがどうこうって言ってたから、なんか勘違いしたのかなぁ。ママ、思い込み激しいし。でもさすがに野菜だけってきつい」

 なげくシエラを彼女の友人達がなぐさめる。肉にえた彼女のために、わざわざ露店が並ぶ商店街まで来たのだろう。いい友人達だ。その一人であるネヴィルがため息をつく。

「もし時間があったら、勘違いをやんわり指摘してやってくんないかなって思って。さすがに可哀想でさ。女が肉に飢えてるのを見んのも複雑だしさぁ」

 シエラは可愛い女の子だ。それがああしてがっつく姿を見るのは、男の子としてはけたいだろう。

「分かりました。私に原因があるようですから、これからお邪魔して話をしてみます。今日はこの後も買い物をして食べ歩くだけの予定だったので、構いませんよ。ねぇ、ナジカさん」
「ん」

 ナジカは口にパンを含んで頷いた。真面目な話の最中だが、目の前にある食べ物の誘惑には勝てなかったようだ。するとネヴィルから指摘が入る。

「あ、ナジカさんはそのアクセとか外してもらえます? こいつのかあちゃん、そういうのあんまり好きじゃないんすよ」
「確かに私のお茶会に来るような女性は、娘さんが今日のナジカさんみたいな人を連れてきたら不安に思うでしょうね」
「え……」

 エルファは、絶句したナジカの耳や指を改めて見た。一つならともかく、いくつもアクセサリーが付いている。年齢的に不良少年達の親玉に見えることは間違いない。中身がどれだけ真面目でも、外見が真面目に見えなければ説得力がないのだ。

「エルファのお母さんも……そう思うかな?」
「もちろん。当たり前じゃないですか。ナジカさんは付けすぎなんです」

 彼はしょぼんと肩を落とした。

「付けないって選択肢はないんですね」

 エルファは少し呆れてしまう。そんなにアクセサリーが好きなのだろうか。

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