ミルクを飲まれた牛獣人

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ミルクを飲まれた牛獣人

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「スーヴェン、いる~?」
 畑仕事も終わり、いつものように小屋でカードゲームをしていると村の大人がひょっこりと顔を出した。
「村長が呼んでる」
 それだけで小屋にいるメンバー全員が用件を理解した。
「今いきます。悪いけど、俺の番飛ばしといて」
「わかった」
 頭を下げて早足で外に出たスーヴェンを見送り、彼のカードを山札に戻す。しばらくは帰ってこれないだろう。ポットからお茶を注げば、隣から「俺のにも入れて」とズズイとカップが寄せられる。トクトクと注いでやれば、ミュルへがそれを一気に煽った。
「あいつが呼び出されんの今月入って何回目だっけ?」
「八回目」
 カールズは軽快にカードを切りながら「そろそろお茶出来てるから取ってきて」と指示を出す。今朝、仕事の前に仕込んだのだ。スーヴェンがもらってきたフルーツを紅茶の中に入れただけだが、サッパリしていて気に入っている。四人分のカップに注げばふんわりとフルーツの香りが鼻をくすぐった。
「もうそんなに行ったか!」
「でも先月に比べたらマシでしょ」
「地域交流会で一気に増えたアレな~。『初乳キラー』の名前は伊達じゃねぇ」
「しばらくミルク飲みたくねぇって愚痴は溢してたけどそれでミルクは溢さず飲むんだから凄いよなぁ」
 いつ・誰が言い出したのかは覚えていないが、以前は『搾乳名人』『ミルクハンター』『ベータキラー』など他にも呼び名があったことだけは覚えている。キラーなんて名前がついているが、スーヴェンの搾乳はとても優しく丁寧らしい。搾乳後の『夜這い』を断られても諦めきれない者も数多くいるのだとか。過去にはこの小屋にやってきてまた吸ってくれとスーヴェンにアプローチをかけてきたオメガも何人かいる。……全員見事に断られていたが。
「俺だって同じアルファなのに一度も呼ばれたことないのなんなの⁉︎  顔?  やっぱり顔か?」
「ミュルへにはシンディがいるからだろ。毎日いちゃついてんの見てたら恋する気すら起きねぇだろ」
「いちゃついてねぇよ!」
「といいつつ来年には結婚するんだろ?」
「まぁな」
 シンディは来年十六になる村の女の子だ。五歳年上のミュルへに恋をして、胸が大きくなったその日に寝ている彼の口に乳首を突っ込んだ猛者である。翌日にはシンディの噂は村中に広まっていた。途中で目覚めた彼が夢だと勘違いしたままシンディを抱いたというエピソード込みで。シンディの身体がまだ準備段階だったために子どもは出来なかったが、熱く交わった二人の邪魔をしようとする下世話な村人はいない。
「ところでトトルはその……まだ?」
 友人が結婚直前に迫る一方で、トトルは未だにベータのまま。同年代にはもうベータはトトル一人しかいない。みんなさっさと性転換を済ませている。心配されるのも仕方のない話ではある。だが焦ったところでオメガになれるわけでもない。ましてやトトルは自分がオメガになれない理由を理解している。だからこれといった不満もない。いつも通りはぐらかすだけだ。
「こればっかりはなかなかな~」
「スーヴェン見慣れてっからそこらへんのアルファに魅力を感じねぇってやつか」
「かもね。この前父ちゃんから言われたんだけど、もう少し様子見てダメそうだったら町に降りてみようかなって思ってる」
「え、マジで?」
「うん」
「それスーヴェンには言ったのか?」
「まだだけど」
「早めに言っておいた方がいいぞ」
 スーヴェンを含めた友人兼幼馴染の三人はみんなアルファで、番を迎えた後もこの村で過ごすのだろう。だがトトルはベータだ。特定の相手がいなければ高確率で他の村へ嫁ぐこととなる。トトルの暮らす村とその周辺はオメガが多いため、気軽に会うことは難しくなるだろう。アルファが多い村に嫁ぐか、はたまた多くのオメガと共に囲われるか。これといった特徴のないトトルの未来はおそらく後者だ。そんなこと少し考えれば分かること。
 スーヴェンだってトトルがいつか村を出て行くことになることくらい承知しているはずだ。出て行く理由が結婚か、初乳を飲んでくれる相手探しかの違いだけ。数日前に結婚が決まることのある村で確定していない予定を告げても困るだけだ。決まった時にでも言えばいいだろう。
「まだいいよ」
「まだってお前な……」
「ただいま~」
「おかえり」
「何話してたんだ?」
「トトルが「スーヴェンってモテるよなって話してたんだ」
 わざと言葉を遮ればカールズは眉間に皺を寄せて、トトルの足を軽く蹴った。けれど何も気づいていないふりをして、スーヴェンに問いかけた。
「そういえばスーヴェンはずっと夜這い断ってるけど、そろそろ番を選べって言われない?」
「ちょうど今言われてきたとこ」
「やっぱり?  どの子にするの?  胸の張りの良さならうちの村のオメガ達がいいけど、隣村の子とか可愛かったよな~」
 スーヴェンに初乳を吸ってもらったベータ達を思い浮かべながら特徴を上げていくと、スーヴェンはムッとして顔をそらした。
「別に。お前らといた方が楽だし」
「そういう問題じゃないでしょ」
「トトルだって未だにベータのままだろ」
「俺みたいに相手のいないベータとモテモテのアルファじゃ比較にならないだろう」
「そんなことない。トトルがオメガになったら俺もまじめに考える」
「バカなこと言うなよ」
「本気だから!」
 スーヴェンはそう吐き捨てると、カードゲームを再開せずに小屋から立ち去った。


 スーヴェンの帰宅でゲームは早めのお開きとなり、まだ明るいうちにトトルは自宅へと戻ってきた。
「番の話、そんなに嫌だったのかな……」
 悪いことをしてしまったかもしれない。明日会ったら謝らなきゃ。トトルは自分の言葉に後悔しながら服を脱ぐ。ゆったりとしたシャツの下のサラシを解くと締め付けていた胸は本来の膨らみを見せる。オメガと比較しても引けを取らない大きな胸にちょこんと乗った蕾は吸って欲しそうにヒクヒクと動いている。
 そう、トトルの身体はすでに初乳を生成しているのだ。想い人に吸ってもらえれば晴れてオメガになることができる。
 牛獣人の性質をよく知っている同族なら初乳を吸ってくれと頼めば断る者はまずいない。けれどトトルは相手になかなか言い出せず、もう何年も大きくなり続ける胸を隠し続けてきた。
 その相手、スーヴェンとの関係を壊したくはなかったのだ。多くのオメガからアプローチを受け、沢山のベータをオメガにしてきた彼ならいつかその中から番を選ぶことだろう。そう思ったトトルはいつか手が届かなくなるその日を待つことにした。人のものになれば恋も散り、ほかの相手を見ることができるだろうと大きな胸と恋心を隠したのだ。
 けれど一向にスーヴェンが番を選ぶことはなく、それどころかトトルがオメガになったらまじめに考えるとまで言いだした。トトルがオメガになんてなるはずがない。これがもし胸が大きくなりだしてすぐだったら言い出せたかもしれない。だがもう十年も経っているのだ。大きな胸を突き出されてもドン引きされるだけ。今さら言えるはずがない。だが頑固なスーヴェンが一度いったことを簡単に曲げるとも思えない。かといって折れるのを待っていてはいつになるか分からず、他のオメガやベータ達の迷惑になる。
「……村から離れるか」
 トトルが村を離れ、他のアルファに恋をすることこそが一番被害が少ない選択肢だろう。心を決めたトトルは寝間着を頭からすっぽりと被ると、リビングに向かった。
「父ちゃん、相談があるんだけど」
「どうした?」
「町に降りようと思うんだ」
「……いいのか?」
「うん」
 父はトトルが誰かに恋をしていることを知っている。こんなに大きな胸をしていれば両親にだって気づかれる。けれど父は誰に好意を寄せているのか聞きもせず、吸ってもらえとも言わなかった。隣の部屋で子供達を寝かしつけている母も同じだ。ただ単に一度来ただけの行商人に惚れたと思われているだけかもしれないが、トトルにはありがたかった。そして数日前にされた提案も。
 本当は数ヶ月後の兵士募集を待った方がいいのだろうが、決心が揺らいでは困る。スーヴェンだってトトルが居なくなれば引っ込みがつくかもしれない。こういうのは早い方がいいのだ。
「なら来週行商の馬車が来るからそれに乗せてもらいなさい。今の時期だと兵士募集はまだだから、ギルドに入ってお金を稼いで。しばらくの宿賃と食費はあげるけど初めの一ヶ月は簡単な仕事しか受けられないらしいから無駄遣いはしちゃダメだよ」
「分かった」
 町に降りる上での注意事項を父から説明され、最後に「オメガになれなくても辛かったら帰ってきていいんだからね。無理しちゃダメだよ」との優しい言葉で締めくくられた。


「昨日はごめん」
「なにが?」
「聞かれたくないこと聞いちゃったから。でももう聞かないし、あんなこと言わないから!  だから許してくれ」
 深く頭を下げればスーヴェンは「もう怒ってないからいいよ」と笑ってくれた。彼もあまり話を長引かせたくはなかったのかもしれない。
 スーヴェンと仲直りができたトトルはその日もいつものように農作業をして、お昼を食べて、カードゲームをして。そして家に帰って荷造りをした。
 荷物は最低限。部屋が決まるまでは宿暮らしになるため、いつも持ち運べる程度に収めなければならない。だからといって不足な物があってもすぐに買えるとは限らない。何度もバッグに詰めては出してを繰り返し、持っていくものを選別していく。
 そして当日。日が暮れた頃、父が話を通してくれた行商人の馬車に乗り込んだ。
 友人達には何と言えばいいか分からずに手紙だけ置いてきた。いつ帰って来られるのかは分からないが、来年には三人とも結婚していることだろう。
 こうしてトトルの叶わぬ初恋は終わりを告げるーーはずだった。


「なんでスーヴェンがいるんだよ!」
「俺はあそこにいる限り、好きでもないベータのミルクを飲み続けなきゃいけないっていうのにお前だけ村を出るとかズルイだろ」
「それはまぁ不憫だとは思うけど、俺は関係ねぇだろ」
 まさか隣の馬車にスーヴェンが乗り込んでいるとは思わなかった。トトルの町行きがバレたのはおそらくミュルへとカールズがあの日の話をスーヴェンにしたからだろう。だからといってわざわざついてくるかという話だが、想像以上にミルクラッシュが堪えていたらしい。ほとんどノリで出てきたのか、スーヴェンはお金もほとんど持っておらず、一緒に泊まろうぜ!  割り勘なら安く済む!  と言ってくる始末。このまま放置することもできない。仕方なく今日は二人で宿を取ることにした。とにかく一番安い宿を!  と行きたかったがあいにくと身体の大きな獣人二人が泊まれる安宿はなかった。断り文句は決まって『ベッドが壊れるから』だった。おそらく以前宿泊した獣人がことごとくベッドを破壊したのだろう。代わりにと教えてくれたホテルがどこも宿泊施設ではなく、エッチ目的のホテル。「価格帯もあまり変わらないし、こっちの方が都合がいいだろう」なんて言われて訳もわからずに足を運んでから理解した。牛獣人の村にはそんな施設なかったのだ。どうやら受付の人間にはトトル達がカップルに見えていたらしい。
 けれど出入りする人間達の纏う甘い空気や溢れ出す欲に気づいたのはトトルだけ。スーヴェンは値段だけ見てここにするか!  とそのまま中に入っていこうとした。
「ここはダメ」
「ここなら予算内に収まりそうだぞ?」
「俺が多めに出すから!」
 首をひねるスーヴェンを引っ張って町を歩くことしばらくして、やっと普通の宿を取ることができた。受付との交渉はかなり難航した上に値段も予算から少し出たが。
「一人ならいいんだけどね~。二人以上だとちょっとね……。ほら別部屋にしても夜に移動されたんじゃ意味ないし。長くこの辺りに住むようだったら明日にでも獣人用のアパート借りた方がいいよ」
 どうやら別々に宿を取れば良かっただけらしい。節約のためと同じ宿を取ろうとしたことが仇となっていたと気づいた頃にはすでに日もすっかり暮れていた。食事を済ませ、ベッドの上に腰を下ろすとドッと疲れが押し寄せた。

「疲れた~。冒険者登録はもう明日でいいや」
「一晩中馬車に乗って、着いたら着いたでずっと宿探しだもんな」
「まさか二人で宿取ろうとするのがアウトだとは思わなかった」
 とはいえ同じ宿に泊まるのも今日くらいなものだろう。村を出るのが目的なら何もずっと一緒に行動する必要はない。それにトトルとてスーヴェンのいるこの町に長居するつもりもない。他の相手に恋をしなければならないのだから。
 冒険者登録料くらいは貸して、後は自分で稼がせればいいだろう。
 明日以降の予定を組んでいると、そういえばととあることに気づいた。
「というかスーヴェン。お前よく村を出る許可もらえたな」
 普通の獣人なら村を出るのに許可はいらない。けれどスーヴェンは特殊だ。彼が忽然と姿を消せば、胸を膨らませたベータ達が初乳を溜め続けることとなる。村内外から飲んでくれと頼まれるスーヴェンは一日森に行くのでも村長に申請する必要があった。今まで数日留守にしたことはないが、大変なことではないだろうか。
 なんと言ってきたのだろうと首を傾げれば、スーヴェンはあっさりと口を開いた。
「ミュルへとカールズにだけ話して、家族と村長には手紙置いて出てきた」
「はぁ⁉︎」
「大丈夫。トトルがオメガになったら帰るって書いといたから」
「何も大丈夫じゃないだろ」
 まだその話引っ張ってたのか……。どれだけ番を作りたくないんだ。いや束縛された生活に嫌気がさしていただけなのかもしれない。スーヴェンは一時的であろうともミルクラッシュから解放された喜びを隠そうともしない。
「トトルは安心してオメガになってくれ。なんだったら俺に惚れてオメガになってもいいぞ!」
「なんだよ、それ……」
「俺を超えるやつを探すより俺に惚れたほうが早いかなと思って」
 無責任な男だ。好きだなんて告げたら、吸ってくれと頼んだら今みたいに笑ってくれなくなるくせに。スーヴェンはトトルが絶対に自分のことを好きにならないと思っているからこそ、こんな軽口が言えるのだ。
 そういう対象で見てもらえないことが悔しくて、けれど信頼してくれていることが嬉しくて。汚い感情を隠して呆れたように笑うのだ。
「自信満々すぎるだろ」
「それに事情が分からない他種族相手に初乳吸ってもらうってなかなかハードル高いだろ?」
「ミルク出ることだけ伝えてセックスする時に吸ってもらえばいいだけだろ」
 どうやってセックスに持ち込むかが一番の問題ではあるが、最悪酔わせて意識を朦朧とさせた後で口に乳首をねじ込めばいい。軽く吸い付いてくれさえすればミルクが出ることはシンディの一件で分かっている。強引にというのは気が進まないが、スーヴェンに想いを打ち明けて玉砕して関係が崩れることと比べればずっとマシだ。
「それはそうだけど……でもミルク出るなんてひかれるかもしれないぞ?」
「牛獣人とヤろうとしている奴がミルク出るくらいでひかないだろ。案外喜んで飲んでくれるかもだし」
「俺だってトトルのミルクだったら喜んで飲むし!」
「どこで競ってんだよ……というかミルク飲みたくなくて村の外出たのに俺のミルク飲まされたら本末転倒すぎるだろ」
「別にミルクが嫌ってわけじゃ……」
「はいはいスーヴェンが友達思いなのは分かったから」
 ありがとな、と言葉を括って毛布を被る。スーヴェンがいる手前、サラシは解けない。きつく締め付けられた胸はいつも以上に苦しくてたまらなかった。



 ◇◆◇
 スーヴェンには長年片思いをしている相手がいる。
 どうしたら振り向いてくれるか考えて、アピールしまくったのに何故か全く気づいてもらえないがそんなところも好きだ。キョトンとした顔がとてつもなく可愛い。大きめな服を好む彼が前方を歩けばその尻にペニスを突っ込みたい衝動に駆られ、ゲームをすればカード越しに胸をガン見しながら彼のミルクの代わりに紅茶を喉に流し込む。それでも十年以上手を出さずにいたのは彼が、トトルがベータだったから。彼はどんなにアピールしてもスーヴェンに惚れてくれなかったが、代わりに他の雄に惚れることもなかった。もしもあの胸が誰かへの思いで膨らむことになったら……。初乳は譲ろう。だが番になる権利だけは意地でも奪い取る。
『トトルを番にすることに協力する』
 村長との約束さえなければ毎月何人ものベータの乳を吸ってやることもなかった。特に毎年恒例の地域交流会のあった月なんか特に辛かった。ほぼ毎日大量に喉に特濃ミルクを流し込まれ、好きだ好きだと盛られるのだ。その気もないのに手に股を擦り付けられるこちらの身にもなって欲しい。家に帰ってからやっと吐き出せると桶を抱えても、口の中からミルクの味が消える前に違うベータがやってくる。あれは一種の拷問だ。拒まないのが暗黙の了解とはいえ限度があるだろう。
 スーヴェンのおかげで近隣に住むベータ達のオメガ化が一気に進んだと感謝されることはあっても、大好きな彼はいつまで経ってもオメガになることはなかった。毎晩自分で慰めて、トトルへの思いを発散することがスーヴェンの日課だった。

 トトルが相手を探すために村を出ようとしていると友人達から聞きつけ、荷物もほとんど用意せずに荷馬車に乗せてもらった。家族と村長には『トトルを番にしたら帰る』とだけ残しておいたが、この文だけで十分理解してくれることだろう。村長なんかは「お前が村を出ている間にお前に恋をしたベータが出てきたらどうする!」なんて騒ぎそうだが、そんなこと知ったこっちゃない。それに今さら諦めて番を作れなんて冗談じゃない。何のためにベータ達を一度も拒まなかったと思っているのだ。勝手なことを言い出す村長は精々困ればいい。
 見送りに来てくれた友人二人の言葉は非常にアッサリとしており「トトルが惚れた相手を襲うなよ」とだけ。ミュルへは結婚式も近いというのに、自分達の結婚式までには帰って来いとさえ言わなかった。

 そして町に到着後、驚くトトルと同じ宿に宿泊することが出来たスーヴェンだったがーー正直、生殺しも良いところである。
 ベッドこそ違うが、手を伸ばせば届く位置で眠るトトルからは何やら甘い香りがする。オメガの発情香ともベータの初乳とも違う。今まで嗅いだことのないほど甘美な香り。トトルの香りだ。
 気づけばスーヴェンの手はトトルのシャツへと伸びていた。まるで誘われるように向かうは未だ誰も触れたことのない蕾である。真っ白な蜜を吸い取る権利を乞うように裾から手を滑り込ませれば、トトルはううんとくすぐったそうに体をよじる。眠りの世界から戻ってくる様子はない。そう判断したスーヴェンはトトルの身体を少しだけ持ち上げてシャツを捲り上げた。すると彼の胸にはなにやら包帯のようなものがグルグルと巻かれていた。なぜこんなものを巻いているのだろう?  苦しくないのだろうか。下心に混ざった親切心で、それを解いていくとますます彼の香りを強く感じるようになる。すでに臨戦態勢に入っているスーヴェンのペニスはますます主張をしだし、パンツの中で暴発寸前だ。グッと腹に力を込めてなんとか我慢したスーヴェンだったが、遮るものを取り払った瞬間、まるで電流が走ったように達してしまった。ふっくらとした山の頂に鎮座する蕾はピクピクと小さく震えており、何者かを誘っていた。トトルは恋をしていなかったのではない。恋愛感情を寄せる何者かに吸われる時を今か今かと待っていたのだ。おそらく町に降りてきたのはその相手を探すためだろう。行商人に惚れるオメガも珍しくはない。友人達にも隠していたのは恥ずかしかったのだろう。ぷっくりとした胸を軽く爪先で弾けば、トトルの身体はピクリと跳ねた。どのくらい前からこんな状態なのか。まだ完全にオメガ化はしていないものの、身体はすでにわずかな刺激を快楽に変えるほどに雄を求めている。
「俺ならこんな思いさせないのに……なんで俺じゃないんだ」
 そう呟いて、飲ませてくれよと蕾に小さくキスを落とす。すると唇に少量の液体が付着した。ペロリと舐めればミルクの味。それも今まで飲んだものとは比べ物にならないくらい甘くて癖になってしまいそうだ。間違って出てきてしまったのだろうか。親指と人差し指を使って彼の乳首をキュッとつねれば粘り気のある透明な液体が指先に付着した。カウパーに似てるが、乳からこんなのが出るなんて聞いたことがない。試しにペロリと舐めてみる。液体の正体はこれだった。そう理解するやいなや、スーヴェンは寝ているトトルに覆いかぶさり、乳首にしゃぶりついた。
「トトル……」
 初乳じゃなくても構わない。
 長年叶わぬ恋をしていたために出てしまった我慢ミルクだろうと、トトルから出るそれを独占したかった。ハッハッと発情する獣のようによだれを垂らしながら蜜を啜り、腰を振る。パンツの中は確認するまでもなくグッショリと汚れていることだろう。トトルが起きたら変態と罵られ、友人という立場さえもなくなってしまう。彼が寝苦しさで小さく唸るたびに起きてしまうんじゃないかと怯え、けれど止まることなんて出来なかった。

 ならいっそ、犯してしまえばいいのではないか。

 黒い考えが頭に浮かんだスーヴェンは強引にトトルのズボンを下げ、彼の尻に己の欲望を挿しこんだ。彼の温かさに触れた途端、今まで我慢していたものが全て流れ込んで行く。パンツの中で何度も果てたというのに、トトルの中に入っていくタネが一番濃いような気がする。オメガになっていたら確実に孕ませられただろう。

 もしも自分が好意を寄せられていたら……。
 頭をよぎった淡い期待をすぐに消し去った。寝ている彼を犯してしまったスーヴェンが彼から好意を寄せられることなどもう二度とないだろう。

 ベッドがギシギシと悲鳴をあげる度、受付の人間が言っていた言葉を思い出す。ベッドが壊れるからーー彼らはスーヴェンの瞳の中に潜む情欲に気づいていたのかもしれない。

「好きだ、愛してる、トトル」
 背徳感と罪悪感を抱えるようにトトルを抱きしめ、腰を振る。愛するトトルの目が覚めてしまう時まで可能な限りの精を彼の中に残すために。



 ◇◆◇
「ふわぁ」
 大きなあくびをしながら、妙に身体が重いなと気づく。身体全体というよりも主に下半身。移動疲れからくる気だるさとは違い、ズッシリと物理的な重さを感じる。何かが上に乗せられているのだろう。上体を起こしたトトルは思わず叫び声を出しそうになった。
「……っ⁉︎」
 昨晩隣のベッドで寝たはずのスーヴェンがトトルの腹に頭を乗せて寝ているのだ。しかもトトルの腰から下は持ち上げられており、位置的に確認はできていないが尻にはおそらくスーヴェンのペニスが挿入されている。
 もしも酒を飲んでいたのなら、酔った勢いで~と流せるが残念ながら昨晩はトトルもスーヴェンも一滴も酒を摂取していない。
 一度寝るとなかなか起きないトトルだが、寝ぼけた状態で何かあったにしてもスーヴェンがトトルを抱く理由は思い当たらない。なんだかんだ言いつつもシンディを心の底から愛し、彼女以外では勃たないミュルへとは訳が違う。スーヴェンは夢でだってトトルを抱こうとは思わないだろう。
 人の尻にペニスを突っ込んだまま寝こけるスーヴェンがこれといった特徴のない同属、それもベータを抱く理由はなんだろうか。少し頭をひねって考えれば、アッサリと謎は解けた。
「ベータなら妊娠しないからヤルにはちょうど良かったのか」
 トトルが寝ぼけてスーヴェンを誘い、責任云々を気にせずに欲を発散できるとスーヴェンが抱いたーーそれ以外考えられない。
 興奮状態にあるアルファが手頃な相手を抱こうとすることはわりとよくある話である。トトルも過去、地域交流会で発散に付き合ってくれないかとの誘いを受けている。全てカールズによって断られたが。今思うと特定の相手がいない彼だって苦しかったかもしれないのに、涼しい顔をしていたから全く気づかなかった。
 一度も手を出すことはなかったカールズと、村を出てから性欲処理に使ったスーヴェンーーどちらも恋情はなくとも友人への情はあったと思いたい。
 サラシの解けた胸部に視線を落とし、乳首を軽くつねってみたがミルクは出てこない。どうやら彼は乳を吸ってくれなかったらしい。サラシを解いたのもトトルなのだろう。少しべたついているような気もするが、何も胸に限ったことではない。いつもかく汗とはなんだか少し違うが、そんな日もあるだろう。村から出るのが初めてで緊張していたのかもしれない。
 がっつりと腰をホールドしているスーヴェンの手を解き、彼の下から抜け出す。尻からはどろりと白濁が漏れた。
「もったいないな」
 オメガだったらちゃんとナカにしまい込めたのだろう。そう思うと情けなくてたまらない。けれどトトルはベータだからこそ愛する人に抱いてもらえたのだ。ベータは孕まないから。
「お前ら、今度はちゃんとしたところに出してもらえよ」
 何者も宿ることのない腹を撫でながら、無駄になってしまったタネ達を思う。彼の子どもならきっとカッコいいんだろうな、なんて思うと少しだけ罪悪感が芽生えた。それは一体誰に対してのものか、トトルにもよく分からないけれど。
 タオルで漏れた白濁を拭き取り、窓を開ける。部屋にこもっている匂いもすぐに消えるだろう。残るのは抱かれていたという事実のみ。トトルには行為中の記憶すらない。
 頭を切り替えるためにシャワーを浴び、数回深呼吸をしてからスーヴェンを起こす。
「トトル、あのさ」
「何?」
「その、ごめん……」
「勝手に来たことならもういいよ。俺が早く相手を見つければいいことだからさ」
「そうじゃなくて……もしかしてあれは夢だったのか?」
 彼は不思議そうに首を捻っていたが、わざわざ朝の状態を教えてやることはしない。トトルだって夜のことを覚えていないのだ。夢だと思われているなら都合がいい。
「何寝ぼけてるんだよ。早くシャワー浴びてギルドに行くよ」
「あ、ああ」
 ギルドに向かうと昨日は出来なかった冒険者登録を済ませる。ギルドの使い方を学びながら最低ランクのクエストをこなした。似たような仕事を数回こなすと次のランクに上がれるらしい。報酬はやや低めだが、節約をすればどうにかなるだろう。少ない所持金からいくらかをスーヴェンに貸し、ギルドの前で別れる。
「じゃあまた明日」
「ああ」
 この町から離れるにしてもひとまずランクを上げ、金を貯めねば話にならない。それに今日からは別々の宿で過ごすこととなるのだ。ならそう焦ることもないだろう。別れてから男を探せばいい。
「安く飲める酒場、近くにないかな~」
 今日の宿を探しつつ、キョロキョロと狩場の確認をするトトルは自分がオメガになったことを知らない。けれどトトルをオメガにした張本人もまた、あの透明な液体こそが初乳だったことを知らないのである。




 トトルとスーヴェンが村を出てから三ヶ月後。
 友人達の元に何通目かになる手紙が届いた。
「手紙が届いたぞ~」
「お、マジか。なんだって?」
 すっかり寂しくなった憩い場で二人は肩を寄せながらトトルからの手紙を開いた。
『村出てすぐくらいからミルク出るようになったんだけど、時間がなかなか都合つかなくて、ようやく昨日病院でバース判定してみたらオメガに変わってた。待てば性別って変わるって分かってたらわざわざ村出ることなかったのにな。もう少し待てば良かったわ~。冒険者業の方はありがたいことに指名の依頼も入ってきてて、貯金が凄い勢いで貯まってるんだ。ついでだからもう少し稼いでから帰るわ。ミュルへ、結婚祝いのプレゼント何がいいかリクエストある?  シンディにも聞いといて!』
「なに呑気に働いてるんだよ!  俺の結婚祝い考える前におかしいって気づけよ!」
 トトルは超がつくほどの鈍感である。スーヴェンの長年のアプローチに気づかないどころか、地域交流会では毎年何人かの男を無意識に引っ掛けている。村内にも彼への恋情を散らしたものは多い。もちろん本人は全く気づいていない。悪気もなくバッサバッサと振り続けるのだ。そんな姿を目の当たりにしたせいでスーヴェンはトトルの好意に気づかず、胸が膨らんでいることにさえ気づけない。
 だがそんな二人も村の外に出せば自覚するかもしれないと、トトルの父ちゃんナイス!  とカールズとミュルへは期待した。
 まさか恋心をこじらせた友人が思わぬ方向にすれ違うことになろうとは露ほども思わずに。
「というか吸われて気づかないとかどういう状況だよ!  シンディなんて布団に入った時点で気づくぞ?」
「トトルは一度寝るとなかなか起きないからな……寝たときに吸ったんじゃないか?」
「あいつならやりかねん」
「乳を吸っただけだといいんだが……ヤってない、よな?」
「この様子だと万が一妊娠なんてしてたらトトルパニックになるぞ?」
「そういえばスーヴェンからも手紙が来てたよな?  開けてみよう」
 盛大にやらかしやがって……と頭を抱えつつ、二人はスーヴェンから送られた封筒を開く。便せんの量はトトルよりも多い。ほとんどがトトルの話である。村にいた頃から耳にタコが出来るほど聞かされていた二人としては同じ熱量で手紙を書くなと呆れていたが、情報が欲しい今はとてもありがたい。二人は罫線に沿って視線を走らせる。
『最近、トトルはギルド内で声をかけられることが増えてきて、心なしか良い香りもするようになってきている。ベータとはいえ多くの冒険者を魅了するトトルの宿に他の男が招かれているかもしれないと想像すると周りの男を全員殺したくなる』
「ーーって、なんでスーヴェンも気づいてねぇんだよ。ほぼ確実に初乳吸ったのあいつだろ⁉︎」
 トトルが夢に出てきた夜は決まってベッドが壊れる、人間の寝具は脆すぎるだの余計なことは書いてあるのに知りたい情報が何一つない。寝ぼけて襲ったかとも考えたが、スーヴェンとトトルは違う宿に宿泊している。なんでも獣人の二人組では断られるとか。間違いなど起こりようがない。それこそ忍び込みでもしない限り実行はできないのである。
 初日だけは同じ宿に泊まったことを知らない二人は頭を抱えた。
「どうなってんだ、あの二人……。これは俺らが指摘するべきか?」
「いや、かなり低いとはいえトトルが他の男に惚れた可能性もある。憶測で物を言ってもスーヴェンが暴走するだけだぞ」
「かなり低いがな。とりあえずスーヴェン以外がうなじ噛まないように牛獣人用の首輪送っとこう。スーヴェンもそのうち性転換したことを察するだろ」
「他の男から贈られたと勘違いしないか?」
「あー、それはあり得るな~。だったらスーヴェンに何かあった時に備えて俺らが送ったって伝えとくか?」
 スーヴェンはだいぶ面倒臭い奴である。けれどあんなんでも大事な友人なのだ。それに想像以上に抜けている無自覚オメガをこのまま放置しておくわけにもいかない。ベータ時代から備わっていた謎の色気と純粋さにオメガの発情香なんてものが加わったら確実に何人かの人間は骨抜きにされる。微笑んだだけで雄を昂らせるトトルの魔性さは毎年の地域交流会で実証されている。シンディ一筋のミュルへと、友人は対象外であるカールズには全く効果はないが。だからこそ友人関係が続いているとも言える。
「他のベータに比べてオメガ化がだいぶ遅いし、村から離れた場所だし対応が遅れたら困るから~とかそれっぽいこと書いときゃいいだろ」
「俺達が送ったって言っとけばあいつも警戒しないだろう。なんだったらスーヴェンが新しいの買えばいい」
「それも書いとけ」
「おう」
 世話焼き達はペンを握りながら、恋心をこじらせた二人のことを思う。

 ーーそのわずか一ヶ月後、トトルの妊娠を知ったスーヴェンが「誰の子だ⁉︎」と荒ぶることとなる。そんな姿を見たトトルが『男のベータでも中出しされたら孕むらしいなんて伝えたら困るだろうし、言わないでおこう……』と口を噤んでいるなんて知りもせずに。
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みんなの感想(1件)

椿
2024.08.05 椿

続きは…?続きはないのですか?!

2024.08.06 斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

感想ありがとうございます!
今のところないのです……(>_<)すみません

解除

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斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
とある不憫王子が狼獣人を拾った話。

木陰

のらねことすていぬ
BL
貴族の子息のセーレは、庭師のベレトを誘惑して物置に引きずり込んでいた。本当だったらこんなことはいけないことだと分かっている。でも、もうじき家を離れないといけないセーレは最後の思い出が欲しくて……。 庭師(?)×貴族の息子

【BL】魔王様の部下なんだけどそろそろ辞めたい

のらねことすていぬ
BL
悪魔のレヴィスは魔王様の小姓をしている。魔王様に人間を攫ってきて閨の相手として捧げるのも、小姓の重要な役目だ。だけどいつからかレヴィスは魔王様に恋をしてしまい、その役目が辛くなってきてしまった。耐えられないと思ったある日、小姓を辞めさせてほしいと魔王様に言うけれど……?<魔王×小姓の悪魔>

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

鬼の愛人

のらねことすていぬ
BL
ヤクザの組長の息子である俺は、ずっと護衛かつ教育係だった逆原に恋をしていた。だが男である俺に彼は見向きもしようとしない。しかも彼は近々出世して教育係から外れてしまうらしい。叶わない恋心に苦しくなった俺は、ある日計画を企てて……。ヤクザ若頭×跡取り

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