あやかし担当、検非違使部!

三+一

文字の大きさ
上 下
3 / 24
一章 その名は検非違使部

目の覚める午後

しおりを挟む
静かな教室に、カリカリしたチョークの音と、英文法の解説をする定年近い男性教師の、どこかのんびりした声だけが響く。

昼休みが過ぎた午後の授業。
ぽかぽかした春の陽気に、生徒が興味を持ちづらい文法、先生の声質が相まって、うつらうつらしている生徒もちらほらいた。

そんなのどかな空気にそぐわず、京香の鼓動は重く痛く鳴っていた。
同じ列の前方の席に座っている真緒の存在が、嫌でも意識させられて怖くなる。視界に入るだけで、心臓がぎゅうっとして緊張するのだ。

昨日は男女別の体育があったり、選択別の授業があったりしてなんとか乗り越えられた。
が、今日のように一緒に受ける座学が続くと、ずうっと彼のことばかり考えさせられて頭がおかしくなりそうだ。恐怖が爆発して、皆の前であらぬ醜態しゅうたいを晒すのではないかという不安もある。

先生がチョークを置いて解説が一瞬止まった時、京香はすかさず挙手して「先生」と呼ぶ。

「ん?」と先生が顔を上げた。

生徒たちの視線がぱらぱらこちらに注がれる。
京香はますます息苦しさを覚えたが、喉に力を入れて声を絞った。

「すみません。気分が悪いので、保健室で休んでもよろしいでしょうか…」
「…たしかに、肌色が良くないな。熱はありそうか? 辛かったら、誰か付き添いで…」

言いながら先生はきょろきょろと見渡す。京香を送るのに適当な人物を探しているのだろう。無論、友人のいない彼女にそんな人はいない。
京香は先生の気遣いを断ろうとした。

「いえ、一人で行けま——」
「俺がついて行きますよ」

ところが、その返事をかき消す生徒が現れた。

後ろに向けられていた目線が一斉に前に動くが、一番驚いたのは他でもない、名乗られた京香である。
目をみはって、呆然と前を見つめた。

「雛が、付き添うのか…?」

先生まで意外そうに瞬きしている——そう、ついて行くと言ったのはあのひいな真緒まおなのだ。

「はい。しかし、女子のほうが適任でしょうか…」
「いや、逢坂が構わないのなら行ってやってほしいが…」

どうだ、と言いたげに先生が京香に視線を移す。

構わないわけがない。かといって、断れるわけもない。

空気の異変にうとうとしていた生徒も目を覚まして、おそらく真緒以外の全員が状況に驚いている。
人気者が物静かな生徒に関わるだけでも目立つのに、よりによって最も避けたかった相手についてこられるなんて最悪だ。

動揺しているうちに一秒、二秒と時間が経って、周囲の注目が高まる。
彼の思惑を考えるより、早くこの地獄から抜け出したい気持ちが勝った。

「お願い、します……」

発せられたのはとても小さな声だったが、静まりかえった教室では十分な声量だ。


「では、大事にな」という先生の言葉を合図に、真緒は立ち上がって廊下へと向かい、京香も速足で移動する。
しおりを挟む

処理中です...