あやかし担当、検非違使部!

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一章 その名は検非違使部

おかしな言葉

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彼は京香が出てくるのを待っていたが、京香は見向きもしないで速さを落とさずに教室から離れた。
早く背中に感じる注視を払いたかったのだ。

しかし熱はないものの体調が優れないのは事実なので、だんだん頭の中がぐるぐるとしてしかたなく速度を緩める。
都合の悪いことに、保健室は1―Aの真反対にあって距離が遠い。

真緒の気配はすぐ右後ろに感じられた。速く歩いても、しっかりついてきたらしい。

京香は自らの判断が正しかったのか否か、未だはっきりとしなかった。
断ったほうが後で皆の話題になるのか、断らないほうがそうなるのか、微妙なところである。
どちらかといえば、断って「せっかく雛くんが名乗ってくれたのにね」などと言われるほうが不愉快な気がしたので受け入れてしまった。

他の授業をしている教室からも離れて、静かな廊下に二人きり。

強張こわばった表情を見られないよう左に顔を逸らしているものの、さっきからゾクゾクとした鳥肌が止まらない。

やはり、彼は恐怖の対象だ。
まるで、誰もいない暗いところを歩いている時に恐れる「何か」のような。

早く別れたくて、京香はもう一度足を速めようとする。すると——

「待って」

右手から胸にかけて、ゾクッとした強い寒気が走った。

おそるおそる首を動かすと、京香の右手首は真緒の色白い手に掴まれている。
握られている、というより触れている、くらいの力の込め方だ。けれども、京香は咄嗟とっさに振りほどけなかった。

「少し、俺の話を聞いてくれないかな」

初めて間近で聞いた彼の声は寄り添うようで柔らかい。
彼のことは怖いのに、彼の声に落ち着きを感じて、京香は相反する感覚に思考がこんがらがった。

返事ができないかわりに顔を上げると、真っ直ぐに視線がぶつかった。
京香は高身長の部類なのだが、どうやら真緒も同じくらいの背丈らしい。

目が合った彼は、ふっと淡紅の唇の端を持ち上げて微笑んだ。
瞳の色は薄茶色で、まつ毛はほっそりとしている。間近で見た経験がなかったが、けっこう中性的な容貌だ。

「君が俺に抱いている感情を、俺も君に抱いているよ。二人きりだと、余計にドキドキするね」

「…は……?」

唐突におかしなことを言われて、京香は微かに声をらすのが精いっぱいだった。

声音も表情も優しくて、からかわれているようには思えない。
だが、京香の心臓の鼓動が「逃げたい」という願望を訴えていることに変わりはなかった。
それを、わざわざ京香についてきた彼も感じているというのだろうか。

「怖くて緊張してしまう。もしも月の明かりしかない夜に会っていたら、もっと早鐘を打っていたのかな」

怖い、と彼ははっきり口にした。
しかし胸に左手を当てている姿は楽しそうにも見えて、一体本心はどこにあるのか京香には見抜けない。
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