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二章 甘味の恨み
常夜の家
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向こうの世界。それは常夜のあやかしの世界——
あまり広くはない古めかしい和室で、ぼんやりと明かりのついた行燈が真緒の手元を照らす。
彼は何枚かのお札を扇状に広げて、不備がないかを確かめていた。
「これと、これと…ふふっ、贅沢使いしてこれも使おう」
遠足前の準備のようにうきうきと独り言を言って、彼は重ねたお札を袂にしまう。
現世の高等学校に通っているが、今はブレザーではなく黒い学帽に、緑がかった朽葉色の羽織と、淡い藤色の袴を合わせていた。
学生は学生でも、一昔前の書生に似ている。
そこに隣の部屋から、人形のように無感情な顔をした茜がやって来た。彼を見下ろした時、右の瞳だけが動く。
「真緒。今夜はあの少女の住居付近で待機?」
「そのつもり。家の場所、割り出せそう?」
問われた茜は、一瞬だけ間を置いた。
「何も感じない。現世はまだ夕方」
「そうか…逢魔が時から動く早起きさんだったら困るな」
「不安なら、常にあの子の傍らに貼りついていればいい」
「いや、さすがにそれは男として抵抗があるというか…。俺は逢坂さんと今日初めて喋ったんだ、家に入れてほしいって頼んだら気持ち悪がられるだろうし、彼女のご家族にも説明ができない」
常識と検非違使部の任務の狭間で揺れる真緒に、茜は「そう」とだけ返した。
妖怪の彼女に高校生の男女の距離感はわからないんだろうなと思いつつ、真緒は「でも」と付け足す。
「彼女と話せてすっごく楽しかった。秘密を打ち明けるのは、こんなにもすっきりすることなんだな。茜を友人として人に紹介できたのも嬉しい」
語る真緒の瞳の中で、行燈の火が輝かしく煌く。
「俺は逢坂さんと仲良くなってみたい。そのためにも、必ず彼女に妖力を与えた妖怪を捕まえる」
意気込む彼の眩い目線から、茜はそっと瞳を逸らした。
「仲良くできるかは私をはじめ、あの子が妖怪と付き合う意思があるかどうか」
「そこはうまく皆の面白さをプレゼンして——」
と、真緒が話し出した時のことだ。
急に強い風が吹きつけて、年季の入った木造建築はガタガタと震える。
表からはぴゅおお、ぴゅおおと突風が叫ぶように過ぎっていた。
真緒も茜も、わずかに緊張を張りながら外の方を見やる。
「…こんな風は久しぶりだ。俺の家、更地になってないといいけど」
よっ、と一声出して真緒は立ち上がった。学帽を触って角度をきゅっと整える。
「俺は仕掛けの準備をしてくる。戻るまで茜は待ってて」
「飛ばされないように」
「もちろんだよ」
ひらひらと手を振って、真緒は強風が吹く外へと出て行った。
茜は正座して静かに目を瞑る。
彼女の金の髪は行燈の明かりを吸い込んで、薄く火の色に染まっていた。
あまり広くはない古めかしい和室で、ぼんやりと明かりのついた行燈が真緒の手元を照らす。
彼は何枚かのお札を扇状に広げて、不備がないかを確かめていた。
「これと、これと…ふふっ、贅沢使いしてこれも使おう」
遠足前の準備のようにうきうきと独り言を言って、彼は重ねたお札を袂にしまう。
現世の高等学校に通っているが、今はブレザーではなく黒い学帽に、緑がかった朽葉色の羽織と、淡い藤色の袴を合わせていた。
学生は学生でも、一昔前の書生に似ている。
そこに隣の部屋から、人形のように無感情な顔をした茜がやって来た。彼を見下ろした時、右の瞳だけが動く。
「真緒。今夜はあの少女の住居付近で待機?」
「そのつもり。家の場所、割り出せそう?」
問われた茜は、一瞬だけ間を置いた。
「何も感じない。現世はまだ夕方」
「そうか…逢魔が時から動く早起きさんだったら困るな」
「不安なら、常にあの子の傍らに貼りついていればいい」
「いや、さすがにそれは男として抵抗があるというか…。俺は逢坂さんと今日初めて喋ったんだ、家に入れてほしいって頼んだら気持ち悪がられるだろうし、彼女のご家族にも説明ができない」
常識と検非違使部の任務の狭間で揺れる真緒に、茜は「そう」とだけ返した。
妖怪の彼女に高校生の男女の距離感はわからないんだろうなと思いつつ、真緒は「でも」と付け足す。
「彼女と話せてすっごく楽しかった。秘密を打ち明けるのは、こんなにもすっきりすることなんだな。茜を友人として人に紹介できたのも嬉しい」
語る真緒の瞳の中で、行燈の火が輝かしく煌く。
「俺は逢坂さんと仲良くなってみたい。そのためにも、必ず彼女に妖力を与えた妖怪を捕まえる」
意気込む彼の眩い目線から、茜はそっと瞳を逸らした。
「仲良くできるかは私をはじめ、あの子が妖怪と付き合う意思があるかどうか」
「そこはうまく皆の面白さをプレゼンして——」
と、真緒が話し出した時のことだ。
急に強い風が吹きつけて、年季の入った木造建築はガタガタと震える。
表からはぴゅおお、ぴゅおおと突風が叫ぶように過ぎっていた。
真緒も茜も、わずかに緊張を張りながら外の方を見やる。
「…こんな風は久しぶりだ。俺の家、更地になってないといいけど」
よっ、と一声出して真緒は立ち上がった。学帽を触って角度をきゅっと整える。
「俺は仕掛けの準備をしてくる。戻るまで茜は待ってて」
「飛ばされないように」
「もちろんだよ」
ひらひらと手を振って、真緒は強風が吹く外へと出て行った。
茜は正座して静かに目を瞑る。
彼女の金の髪は行燈の明かりを吸い込んで、薄く火の色に染まっていた。
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