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第二章
第12話:甘い夜の自制心
運河の完成報告をガイル様に終えた頃には、王宮はすっかり深い夜の帳に包まれていた。
「今夜は遅い。客室を用意させるから、ゆっくり休むがいい」
ガイル様の配慮で王宮に泊まることになったが、俺は自室へ向かう前に、一つだけお願いをした。
「ガイル様、少しだけキッチンを借りてもよろしいでしょうか。……頑張った子に、ご褒美をあげたくて」
深夜の静かなキッチンで、手早く焼き上げたのは「フォンダンショコラ」だ。
中から濃厚なチョコレートが溶け出すこのお菓子は、エルが昔から大好きだったもの。俺はそれを温かいままバスケットに詰め、エルの部屋の扉を叩いた。
「エル様、入ってもいいですか?」
中から「……ああ、入って」という、少し動揺したような声が返ってくる。
部屋に入ると、エルは寝台の端に腰掛けていた。いつもなら俺を見るなり飛びついてくるはずの彼が、なぜか少し離れた場所で、じっとこちらを窺っている。
「……今日は、随分と他人行儀なんですね」
俺は苦笑しながら、持ってきたバスケットをテーブルに置いた。
「工事の疲れが出ましたか? それとも、俺のこの姿にまだ慣れませんか?」
「……違う。そうじゃないんだ」
エルは視線を彷徨わせ、お茶を淹れる俺の動作を、少し緊張した面持ちで見つめている。
「せっかくお菓子を作ってきたのに。隣で食べないんですか?」
俺が手招きをすると、エルは一歩踏み出しかけて……また止まった。
「……シオンが、今のシオンが僕の部屋にいると思うと……また、我慢できなくて襲ってしまいそうなんだ。そうして、またお前に嫌われるのが……怖いんだよ」
俯いて消え入りそうな声で呟く姿は、かつての傲慢な王子とは思えないほど幼く、そして健気だった。
あんなに強引だった子が、嫌われるのを恐れて必死に距離を置こうとしている。そのいじらしい自制心が、俺の胸をチクリと刺した。
俺は自分から皿を持ってエルの隣へ歩み寄り、シーツの上に腰を下ろした。
「そんなに俺が信じられませんか?」
俺はフォンダンショコラを一口分掬い、赤くなっているエルの口元へ運んだ。
「ほら、あーんしてください。冷めないうちに」
「あーん……。うん、美味しい! やっぱりシオンの作ってくれたお菓子が一番好き!」
エルの黄金の瞳が、驚きと歓喜で潤んでいく。
かつてのような支配ではなく、お互いを思いやる静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
「今夜は遅い。客室を用意させるから、ゆっくり休むがいい」
ガイル様の配慮で王宮に泊まることになったが、俺は自室へ向かう前に、一つだけお願いをした。
「ガイル様、少しだけキッチンを借りてもよろしいでしょうか。……頑張った子に、ご褒美をあげたくて」
深夜の静かなキッチンで、手早く焼き上げたのは「フォンダンショコラ」だ。
中から濃厚なチョコレートが溶け出すこのお菓子は、エルが昔から大好きだったもの。俺はそれを温かいままバスケットに詰め、エルの部屋の扉を叩いた。
「エル様、入ってもいいですか?」
中から「……ああ、入って」という、少し動揺したような声が返ってくる。
部屋に入ると、エルは寝台の端に腰掛けていた。いつもなら俺を見るなり飛びついてくるはずの彼が、なぜか少し離れた場所で、じっとこちらを窺っている。
「……今日は、随分と他人行儀なんですね」
俺は苦笑しながら、持ってきたバスケットをテーブルに置いた。
「工事の疲れが出ましたか? それとも、俺のこの姿にまだ慣れませんか?」
「……違う。そうじゃないんだ」
エルは視線を彷徨わせ、お茶を淹れる俺の動作を、少し緊張した面持ちで見つめている。
「せっかくお菓子を作ってきたのに。隣で食べないんですか?」
俺が手招きをすると、エルは一歩踏み出しかけて……また止まった。
「……シオンが、今のシオンが僕の部屋にいると思うと……また、我慢できなくて襲ってしまいそうなんだ。そうして、またお前に嫌われるのが……怖いんだよ」
俯いて消え入りそうな声で呟く姿は、かつての傲慢な王子とは思えないほど幼く、そして健気だった。
あんなに強引だった子が、嫌われるのを恐れて必死に距離を置こうとしている。そのいじらしい自制心が、俺の胸をチクリと刺した。
俺は自分から皿を持ってエルの隣へ歩み寄り、シーツの上に腰を下ろした。
「そんなに俺が信じられませんか?」
俺はフォンダンショコラを一口分掬い、赤くなっているエルの口元へ運んだ。
「ほら、あーんしてください。冷めないうちに」
「あーん……。うん、美味しい! やっぱりシオンの作ってくれたお菓子が一番好き!」
エルの黄金の瞳が、驚きと歓喜で潤んでいく。
かつてのような支配ではなく、お互いを思いやる静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
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