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俺と彼女の誕生日
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しおりを挟むオフィスの壁掛け時計が昼休憩の時刻を報せるよりも早く
「こんちはー!」
と、馬鹿みたいに明るいミドルボイスの男がこちらのオフィスに入ってきた。
「…………」
だが、当オフィス内はシーンと静まり返ったままでいる。
俺の挨拶の時とは違い、この男の場合は響めきどころか素面でいる社員が大半で、歳下の社員くらいしか返事を返さない。
これは別にこの男を虐めている訳でもなんでもなく「仕事理由以外で顔を出す時はシカトした方が良い」というお約束によるものだ。「営業マンとしての穂高は有能なのに、ジュンの顔になった途端ウザい」が社内でのこの男の評価の一つであり共通認識だ。
「広瀬ぇー、亮輔くーん♡ 一緒に昼メシ食いに行こー♪」
そして村川くんが入社して以来、この男のターゲットはほぼ俺ら2人に向けられている。
「じゃ、行こうか村川くん」
「そうですね」
俺は村川くんと顔を見合わせて席を立ち、「休憩入ります」と部長に一言声を掛けてから扉の前でニコニコしているジュンの顔の男を連れてエレベーターに乗り込んだ。
「ジュン先輩、昼休憩は12時じゃなくて12時10分からだと何年経てば理解してくれるんですか?」
俺は鞄から不織布マスクを取り出して顔に装着させながらジュンの顔をしたテンアゲ男——穂高純仁次期営業所長様を睨み付ける。
「え~……だって事務の女の子達は12時から休憩だよ? 従業員によって休憩時間が違うの絶対おかしいでしょ!」
「事務はそもそも勤務時間が違うんですから仕方ないじゃないですか。経営陣がオフィスに居なかったから良かったですが」
「社長や取締役が先にビル出てったのを確認済みだから来たんだよー!俺そこまでお馬鹿じゃないって!」
「そもそもジュンさん、今日は外勤じゃないんですね珍しいなぁ」
「だって今日は年に数回しかない土曜日出勤だよ? 得意先にいちいち『今日は仕事でーす』なんて言う訳ないじゃん!」
エレベーター内だというのにジュンの顔の男は各台詞にエクスクラメーションマークが付いていそうなくらい声を張り上げていて、俺も村川くんも手で彼が立っている側の耳を押さえている。
来月から階下の関東第一営業所所長に昇格する「穂高次期所長」としてなら尊敬出来るのに、何故プライベート顔の「ジュン先輩」はこうもテンションが高くなるのだろう?声の大きさもトーンも全然違うという彼の性質は社会人8年目となった俺でも順応出来ない。
実はチャーミング村川くんはそんなジュン先輩と「妻同士が姉妹(?)」という関係性で、2年前からの仲らしい。
2年前から密にジュン先輩と接している村川くんは気苦労が絶えないんじゃないかと俺は心配しているのだが、村川くんの様子を見ているとそれすらも楽しんでいるように感じられた。
「今日はあの店に決まりねー!」
ビルを出てすぐ、ジュン先輩は路地に入って気に入りの店へ一直線に突き進む。
俺らより背が低く癖っ毛でふわふわとした茶髪頭のジュン先輩を見つめながら後をついていく最中、横から村川くんが
「広瀬さん居るから勿論禁煙の店に行くんですよね?」
と俺に耳打ちしてきた。
村川くんは普段愛妻弁当で昼食を取り、こうして外食するのが初だから疑問に思うのは当然だろう。当の俺もコンビニ弁当やテイクアウトで済ますパターンが多い。
そして村川くんの指摘通り、俺は紫煙が体質に合わず、多量に吸い込めばその場でぶっ倒れてしまう。加えて人混みも少々苦手で、外出時特に公共交通機関を利用する際は今みたいに不織布マスクを装着して症状を軽減させる対策をとっている。
医者曰く実際「タバコアレルギー」というものは存在するらしい。……だがアレルギー症状は主に呼吸疾患として現れる事が多く、「俺の場合精神的な理由もあるんじゃないか」との事だ。だから尚更マスクでほんの少し遮断するだけで効果が出るのだそうだ。
「ジュン先輩って普段から馬鹿なチャラ男みたいな態度取ってるけど、そこはしっかりしてるから心配してないよ」
今日のランチはジュン先輩自身楽しみにしているようで、1週間前から「土曜出勤の日は絶対3人でメシ食おうね!」と仲良し女子高生なノリでこの俺と約束してきたのだから、それなりにちゃんとした完全禁煙の店を選んでいる筈だ。
現に俺は先輩の目の前で気分が悪くなって倒れているのでその辺を間違える訳が無い。
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