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可愛い彼女と俺の恋
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しおりを挟む昨夜は久しぶりに1人で過ごした。
夏実が居ない事に寂しくなるのではないかと中年の恋心を自問しようとしてみたのだが全然そんな気持ちにならなかった。
「おっはよー! おっさーん!!」
朝8時にマンションのエントランスで高校生カップルを出迎えるミッションに備えてあれこれ準備していたら、そりゃあもう夏実居なくて寂しいとかほざいてる場合でもなかったからだ。
「おはよう滉、茉莉」
夏実を薗田家に送った後で2人が何時に来るのかを確認し忘れていたら、今頃寝癖頭に汚い髭面して寝てたと思う。絶対。
(なんなんだ朝8時って! 普通訪問って昼前とか早くても10時じゃないか? アホか!!)
滉は相変わらず俺に苦虫顔を見せているが、今朝ばかりは俺もそんな表情を簡単にやってみたいものだと羨ましく思う。
30だしホスト側だから出来ないけど。
「朝っぱらから暑いよねー! 早く入ろうよー!」
「そうだな。あ、夏実がお前らの好きな飲み物とお菓子を用意してるよ。後で食うか?」
「やったー! 今すぐ食べたーい!」
無言&苦虫顔の滉とは別に、茉莉は朝からテンションが高い。今まで夏実含めた3人で接してきた所為か、この2人の落差が物凄く目につく。
茉莉は典型的な女子高生風情といった感じだから慣れるしかないのだろうが、かといって滉みたいに無言で居られるのは一番困る。ここに夏実が居てくれればコイツだって「なつこー♪おはよー!」と明るい声を出すんだろうけど。
エレベーターの中でもワーキャー喋りまくる茉莉と静かに睨む滉の姿は、例えるならオフィスビルの狭い空間にジュン先輩と野崎さんと俺が3人閉じ込められたシチュエーションだろうか。そのくらい異様だし何より気まずい。
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぐ際、滉はボソッと丁寧にそう言ってくれたのに対し
「おっ邪魔しまーす! リビング~♪ 完成したリビング~♪」
と、茉莉は靴をサッと脱ぐなり廊下とトトトッと駆け出してリビングのドアを即座に開ける。
「お、おう……」
前回この家に招き入れた時は茉莉に小物整理の手伝いをさせてしまったし、エレベーターの中でも「家具や家電が揃った状態の部屋を早く見てみたい!」とワクワクしているようだったからそうなるのも当然だろう。
「はしゃぎ過ぎなんだよ茉莉は……大したことない2LDKなのに」
滉はクールに溜め息を吐くなり、茉莉の履いてたスニーカーをこれまた丁寧に揃えてゆっくり立ち上がると、リビングへ繋がるドアを開けて滉を迎え入れる俺をジッと見つめてきた。
「……入らないのか? 滉」
チビガキとはいえ、無言で見つめられるとこっちとしても戸惑う。
特に昨日、茉莉や夏実からコイツのイケメンエピソードとやらを聞かされたばかりだから余計にその若い目付きが情けない俺を見透かしてきそうな気までして来る。
「いや……何でもない、っす」
滉はいかにも「何かある」と意味合いを含ませたような表情をしながらリビングの中に入っていった。
「お、おう……どうぞ」
(コイツの姉、野崎さんも俺に無言で見つめてくる時あるんだよな)
姉弟の共通点を感じつつ、滉がテレビ前のスペースに茉莉と一緒に座ったのを目視した俺はキッチンで飲み物と菓子の用意を始めた。
「ねーねーおっさん。テレビの前、なんでソファ置かなかったの? 普通なら置くでしょ?」
テレビ前のスペースから茉莉の大声がカウンターキッチンに居る俺に呼び掛ける。
「ああ、多分そこはお前らの3人がそうやって菓子食いながら雑談したり学校の課題とかしやすいかなと思って敢えて買わなかったんだよ」
大抵そのスペースには二人掛けか三人掛けのソファを置き、テレビとの間にセンターテーブルなどを置くんだろう。しかし俺と夏実で作ったその空間は少し違っていた。
床にはモスグリーンの夏用ラグを敷き、4~5人用の家具調こたつテーブルをその上に置いてある。その他はテレビや可愛らしい形のクッション、小物や本を少し入れた棚、それから夏実の部屋から移動させた観葉植物をそれぞれ配置している。
「俺らの為って事?」
「平たく言うとそういう事だ。普段の食事はテーブルあるからそこで済ませちまうし、更にソファ置いたら圧迫感あるだろう?」
「じゃあでかいテーブルじゃなくてセンターテーブルにすりゃいいじゃん」
「でも夏実、『寒くなったらここをこたつにしてみんなでぬくぬくするんだ』って楽しみにしてるぞ、今から」
「……おっさんは私達がしょっちゅうここに遊びに来る事については何も思わないんだ?」
「まぁ、俺も家具選びの段階でそのイメージしか湧かなかったんだよなぁ……」
茉莉や滉の、驚きを含めた質問に淡々と回答した俺ではあったが……。
実は俺自身、これに関しては夏実にしてやられたような感じがする。家具選びの日にこの2人との仲良しエピソードをずっと聞いていたら自ずとこういうリビングスペースになってしまったし、入居してそんなに間もない段階でそれが現実に起こってしまっている。
3人が一緒に居られるのはあと半年ばかりなのだろうが、来年春以降も時々会って話す機会はあるだろうしもしこの2人が来なくなったとしたらその時またリビングコーディネートを練り直せばいい……だからソファなんて最初から用意する必要もないだろうというのが俺と夏実で決めた結論だった。
「やるね、おっさん」
飲み物や菓子を乗せた皿を2人の前に置く俺に茉莉は笑顔でそう言う。
「俺褒められてんの?それ」
12歳差の夏実と普段喋ってはいても、茉莉は彼女ほど言葉遣いに気を付けない。だから「やるね」の意味に引っかかってしまった。
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