この花言葉を君に

silverchaff

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本編

170㎝のチャラ男4

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「えっ、ピンク色のピアスが無いって……皐月さんからのプレゼントの?! このお店が開業オープンしてからずっと身につけていた夕紀さんの大事なピアスだったのに!!」

 健人に大声で指摘されてしまったらその場に居た朝香の耳に入るのは当然であろうが……。

(あ~……やだなぁ、朝香ちゃんにバレるだなんて)

 夕紀は一層機嫌が悪くなり、健人を睨み付けながら

「とうとう『おはよう』の挨拶までしなくなったとはいい度胸してるわね、田上健人はっ」

 先ほど仕上がったばかりのポテトサラダを健人の前にドンッと置き、奥歯をギリッと噛み締めながらコーヒーを淹れていく。

「ちょっとちょっと~、俺らの約束で成り立っているポテサラとコーヒーとはいえ雑に淹れないでよ、遠野! っていうか、遠野だって俺に毎朝の挨拶しなくなってんだろ。中学校の同級生で若手仲間だからとはいえ、礼儀は忘れちゃいかんよ」
「それはこっちのセリフよっ! よりにもよって朝香ちゃんにピアスが壊れた事バラさなくたっていいじゃないっ!!」

 昨日まで身に付けていた耳の飾り。夕紀のヘアスタイルが黒髪ボブである事により、「コーヒー店のマスターがハートマークの小さなガラス製ピアスを身につけている」と気付いている人物は非常に少ない。知っているのは皐月からのプレゼントであることを知っている朝香と、毎朝こうしてミニブーケを持ってきてモーニングコーヒーとを物々交換している健人、あとは隣で青果店を営んでいる初恵くらいだろうか……ちなみに妹に片想いをしていた過去を持つ亮輔には黙っているよう朝香には口止めしているので、ギリギリのタイミングで店を退出した彼にバレなかっただけマシかもしれない。
 
「でも、5年も使っていたんですもん。壊れてしまうのは仕方ないですよ……結構前から『接着剤でくっつけながら騙し騙し使ってる』って夕紀さんから聞いてましたし」

 朝香から慰めの言葉を貰えたが、やっぱり罪悪感が残る。

「せっかく、皐月ちゃんの夢を叶えようと始めた『雨上がり珈琲店』で頑張るからって、ピアス付ける為だけに耳たぶに穴開けたのにね、寂しい気持ちは分かるよ、うんうん」

 一応健人も慰めてくれているのだろうが、何故か鼻につく。

「せっかくのプレゼントを壊してしまったのは私の失態よ。ピアスはこの先付けるつもりはないし穴もこのまま塞がってもいいかなって思うのよね」

 雑に抽出したコーヒーをそのまま健人に差し出す事にし、すぐにクルリと背を向いて営業準備に取り掛かっていると

「そっかぁ~……似合っていたんだけどなぁ遠野の耳飾り。アクセサリーに興味ない遠野が唯一身に付ける宝物って感じがして」

 健人は残念そうな溜め息をつき、苦そうにコーヒーを啜る音を立てている。

「っ……」

 健人の言葉に、夕紀は唇を噛む。

 確かにあのピアスは、飾りっ気のない夕紀が初めて身に付けたアクセサリーであった。
 6年半前、わざわざ夕紀の修業先へ旅行しにやって来た皐月の為に休みをもらって観光がてら姉妹でドライブをし、帰りがけに立ち寄ったガラス工房で皐月が「お姉ちゃん今までアクセサリー付けてるところ見た事ないから控えめなデザインはどうかな」と言ってプレゼントしてくれた商品であった。

(控えめなデザインって言いながら……ハート形だったし)

 20代後半に差し掛かろうかという夕紀にとってそれは若過ぎるデザインであり、すぐに使おうと思えなかった。当時皐月は交際中の医学生からもらったという有名ブランドのネックレスを身に付けており、スカーフを巻いた首にもそのネックレスが一段と際立って輝いていた。それを視界に入れていたからこそ……いや、貰ったピアスを身に付けようなどと思えなかったのだ。

 …………その9ヶ月後、皐月が陸橋の階段から転落して亡くなるまでは。

(家族が本当に居なくなった私の……唯一の繋がりだった)

 『雨上がり珈琲店』の開業と同時にハート形ピアスを付けるようになったのは「お姉ちゃんと一緒にコーヒー屋さんをやってみたい」と夢見た妹に、現実リアルを見せてやりたかったという気持ちがある。
 21歳でこの世を去った妹に自分の頑張りを見せると共に「一緒に頑張っている」という意識を持ちたかったのだ。

「私が言う義理じゃないのは分かっていますが……壊れてしまったのは仕方ないですよ。逆に5年も使えた状態にあったのが凄いと思います」

 黙ったままでいる夕紀を心配したのか、朝香が駆け寄って励ましの言葉をかけてくれた。

 ガラス工房の安価な土産品であったので、元々耐久性が弱かったのだろう。逆に5年もよく持ってくれた……そう考えるのがである。

「そう……よね」

 夕紀だって、朝起きてから今の時間に至るまで、何度も心の中で言い聞かせようとした。亮輔が『タカパン』のチャラい次男に憤慨していた時間は自責の念に駆られる夕紀を癒すものでもあった。

(そうね……ピアス穴はもう、意味を失ってしまった)

 元々アクセサリーを持たない性質であったのだからだけである。

(いいのよ……

 夕紀はもう一度、キュッと唇を噛み……それから

「朝香ちゃんありがとう。早速だけど、商店街のいつものお店へ豆の配達をお願いしてもいい?」

 営業スマイルに戻し、マスターらしく朝香へ仕事の依頼をする。

「承知しました!」

 既に店のシャッターは開けられていて、健人が持ち寄った花は客席に可愛らしく生けられている。仕事の早い朝香は、夕紀の簡潔な指示のみでササっと配達用の焙煎豆を仕分け、近所の飲食店へと駆け出していった。

「明るく元気で仕事も出来て……朝香ちゃんは本当にいい子だよねぇ」

 健人はポテトサラダに舌鼓を打ちながら快活に動く朝香の背中を目で追っている。

 ……そして、朝香の姿が店内から見えなくなったところで夕紀の方へと向き直り

「亮輔くんと俺、ほぼ入れ替わり状態でここに来たから聞こえちゃったんだよなぁ~遠野の口からジュンくんの悪口がポンポン飛び出たの。遠野にとっては目障りな元同僚だったのかもしれないけどさぁ、俺にとってジュンくんは大切なお兄ちゃん的存在なわけよ、歳上の幼馴染ってヤツ。間違った情報を可愛い朝香ちゃんや亮輔くんに植え付けるのは良くないと思うんですよ」

 と、夕紀に指摘してきた。

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