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番外編
苦手を好きで補っていく9
しおりを挟む(あれはなんていうか……ショックだったなぁ)
絵梨の来訪を回想し終えた朝香は深い溜め息をつく。
あの後夕紀も言っていたが、絵梨は同い年の割に精神が幼い女性だと朝香も思った。
恐らく絵梨は最後に朝香だけに会いに行って捨て台詞を吐き、朝香の心を惑わせるつもりだったんだろう。
(あんな風に言えば、私がしばらくトラウマを抱えてしまうって思ったのかなぁ……私、そこまで繊細ハートでもなんでもないのに)
そして、絵梨が望んでも手に入れられなかった亮輔の心も体も……「一緒に居るだけでどうせお前も手に入れられていないんだろう」と貶めたかったのだ。背が低くく都会慣れしていない朝香を今も尚みくびっているのだ実に腹立たしい。
(だけど……絵梨さんだって優しい部分は持ってるんだよね)
悪女は物語上のキャラ設定なだけであって、現実の人間はそれのみでは括れない。
(りょーくん、駅に一番近いお店にまだ居た筈なのにスルーしてたみたいだし)
敢えてか偶然か、絵梨は店を出た後商店街の中を歩き進んでいった。という事は、商店街を抜けた地点にある『フラワーショップ田上』の店内がまだ明るく、チラッとでも中を覗けば高身長かつ金髪の彼が居る事に気付いた筈なのだ。けれど夕紀が健人に確認のメッセージを送っても「そんな女性来なかった」と返事が来たし、亮輔からも絵梨に会った話を聞いていない……となると、絵梨は縋らなかったのだ。現彼女から奪えそうな亮輔を誘惑していないし、「お腹の子の父親になってほしい」などと厚かましい頼みもしていない。
(あのホットミルクやペーパークラフトのおかげもあるのかな……)
というよりも、花屋に亮輔が居る事にも気付かず誘惑のチャンスを得なかったのは、絵梨が飲んだカルシウム入りのミルクと亮輔が作ったペーパークラフトが悪女の心を癒した可能性が高いのだ。
(絵梨さんがりょーくんにしてきた事はどれも良いとは言えないし、今日の出来事でそれらが帳消しになるとは思えない……でも、絵梨さんは可愛いものを素直に褒めたり美味しい飲みものを素直に美味しいと言えるごく普通の女性なんだって知れたのはラッキーかもしれないなぁ)
朝香にとっての絵梨は「大嫌い」であったが、今日の出来事によって「苦手」くらいの感情にはなれた。それだけでも良しとすべきであろう。
「苦手」が「好き」になれないのは人間だから仕方がない。けれど苦手な絵梨にも別の側面があると知れたのは大きな収穫だったように思えるし、店を後にし旅行カバンをカラカラと引きながら去る絵梨の背中を見つめながら朝香は「元気な赤ちゃんが生まれますように」「母子共に健康で幸せに暮らせますように」という願いを素直に呟く事が出来た。それはひとえに、コーヒーブレンドの良さを思い出した後で絵梨と対峙出来たからとも言えるのだ。でなけれは悪女の言動に堂々としていられなかっただろう。
(お母さんが私に伝えた教えがこんなところで生きるとは思わなかったなぁ)
湯船に顔をバシャッと漬けながら、朝香はそんな事を思う。
朝香は生まれた時からずっとコーヒーの香りに包まれて生活しており今も珈琲豆と密接な関係にある。
だからこそ珈琲に関する学びは朝香の人生と密接に繋がっているしこれからもそうなっていくのだろう。
(珈琲の事もりょーくんとの事も……良い選択をして大人になっていきたいなぁ)
モヤモヤしていた気持ちはようやく解決に至り、スーッと晴れていく。
亮輔は朝香がベッドルームへ来るのをソワソワしながら待っているのだろうが
(お風呂上がりに一杯だけ、牛乳飲もうかなぁ)
ちょっとだけの時間待ってもらい、体内にカルシウムを入れたい気持ちに駆られた。
その方がきっと、心地よく彼と愛し合えるだろうから……。
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