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朝に香る
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しおりを挟む予定時間通りに新幹線は広島駅に到着し、在来線に乗り換えて実家最寄りの駅へと降り立つ。
「もう15時かぁ……なんかあっという間だったなぁ」
構内の長い階段を降り、眼前に広がるロータリーを眺めながらりょーくんはボソッとそう呟いた。
「でも長かったでしょ?」
「思ったよりは長く感じなかったよ。あーちゃんと一緒に居るだけで退屈しないし」
私が彼を見上げると、彼は優しく微笑み返してくれたんだけど
(右の目尻がピクピクしてる……)
体に疲れが出ていそうな筋肉の反応が見えて心配になった。
「えっと……あーちゃんのご実家へは、ここからバスに乗ればいいんだっけ?」
りょーくんは疲れ目を見せながらも、すぐそこのバス停を指差しながら私に質問する。
「まぁそうなんだけど、もうすぐお母さんが運転する車が到着する予定なの」
私はバス停ではなく、その奥に位置するロータリーを指差した。
「えっ? わざわざ迎えに来てくれるの? バス停には人がたくさん並んでて、今にもバスが来そうだよ?」
「今バスを待ってる人はね、私の実家とは別方面行きのバスや実家手前が終点のバスを待ってるんだ。
私の実家までここから直通で運行するバスは1時間に一本しかないから」
「えっ……」
私の説明にりょーくんはギョッとした顔付きになる。
「しかもね、1時間に一本のバスをバス停で待って乗ったとしてもね、更にそこから1時間バスに揺られなきゃいけないの」
「…………1時間に一本のバスに乗ったとしても、そこから1時間乗車かぁ」
「実家手前が終点のバスに乗ったとしても、そこから家まで歩くにはかなりの距離があるし、何たって山道だし」
「しかもまたさらに徒歩か…………だから、車でお迎えなのか」
りょーくんはきっと今、私が1年以上前に言った「実家は広島の山奥」というワードを思い出しているんだと思う。
正直、私の実家は「広島の山奥」という表現をするには少々大袈裟。でもやっぱり公共交通機関で向かうとなるとバス待ちや移動時間などそれなりに時間を要するから、りょーくんみたいな都会で生まれ育った人にとっては私の実家も喫茶店も充分山奥レベルになるんだ。
「そーゆーこと。車移動ならバスほど距離の長さを感じないんだけどねー……あっ! お母さん来たみたい!」
私は苦笑いになりながらりょーくんに説明し、その途中でロータリーに見慣れた車が入ってきたので会話を一旦止めて彼の腕に自分の腕を巻き付ける。
「えっ?……そうなの?」
「うん! あっち! 行こ!!」
久しぶりに会える親へのワクワクと、疲れを見せてるりょーくんの気持ちを少しでもアゲてあげようとする思いから、私は声のトーンを上げて彼をロータリーへと誘導する。
私達が駆け出したのとほぼ同時に、お母さんが運転席から降りて私達に向かってが手を振ってくれている。
「あの人が私のお母さん」
私は、一度はテレビ画面を通して見せた事のある自分の母親の姿を指差しながらりょーくんに紹介した。
「あっ……」
りょーくんは私のお母さんをその目で捉えるなり小さな声を出し……それから
「かわい」
と、至近距離の私が聞き取れるかどうかのギリギリ声量で呟いた。
(「かわい」?……えっ?りょーくん、今、「かわいい」ってお母さんに向かって言った?)
想像の斜め上をいく彼のリアクションに両目をこれでもかと見開かせてしまった私は裏腹に……
「ひゃー♡♡♡ イッケメーン♡♡♡」
お母さんはというと、まるで男性アイドルを間近で見ているかのような甲高い声を出してりょーくんの姿に照れ笑いし喜んでいる。
(お母さんったら「ひゃー」って、ちょっと恥ずかしいよぉ)
多分、私がお母さんの立場なら似たようなリアクションを取るんだと思う。りょーくんはイケメンさんだから。
とはいえ、バス停でバス待ちしてる人達やロータリー周辺を通行している人達の居る場で甲高い「ひゃー」を言おうものならその人達から注目されてしまうだろうし、「50代の大人ともあればその辺をグッと堪えて欲しいなぁ」と娘としては思ってしまう。
「あの……初めまして。朝香さんとお付き合いさせていただいてます笠原と申します。
以前、お母様がテレビ出演された番組を拝見させていただきました。この度はこちらからもっと早くにご挨拶に伺うべきだったところ、不作法のままそのタイミングを失ってしまいその上朝香さんのご家族からお声を掛けていただくという状況に甘えてしまい大変申し訳ありませんでした」
「「えっ……」」
それまで私の頭は「お母さんの態度が恥ずかしい」でいっぱいだったのに、突然私の隣からかしこまったセリフがやってきて、彼の方を振り向いたらりょーくんが真面目に深々と頭を下げていたのだから、一緒にして私もお母さんも固まる。
(りょーくん……??!)
それは、さっきまでお母さんを一目見て「かわいい」なんて呟いた人と同一人物とは思えないほどの真面目で誠実さがあふれている。
正直ビックリしたけれど、それも彼の人間性そのものと言っていいくらいの発言や行動だった。
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