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【最終章】愛を包む
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「初めてここまで丁寧に詰めたから正直恥ずかしいんだけど……」
オムライスや家庭料理はよく作るけど、こういう作業は慣れていなくて、器用なりょーくんにお披露目するのは少しだけ恥ずかしい。
ましてりょーくんはお節料理そのものにあまり良い印象を持っていないから、ダイニングテーブルの電球色の照明の下で重ねられていた三段の重箱を……一段ずつゆっくり開けていくのはとても緊張した。
「っ」
りょーくんは何かを言おうとして、直後に口を手で押さえている。
「……時間かけた割に大したことなかったでしょ?」
私がそう言うと、りょーくんは口を押さえたまま首をブンブンと横に振った。
「しかもりょーくんが中学生くらいまで食べてたような豪華なものじゃなくてごめんね」
自信が無さすぎて尚もマイナス表現を口に出してしまう私に、りょーくんは無言でギュッと強くバックハグをしてきた。
「どうしたの? りょーくん」
りょーくんの反応はいつもと違いすぎるから、私は彼の顔を覗き込むように振り返り……
「っ……」
「なんで泣きそうな顔になってるの?」
私はなるべく優しい声掛けをしながら、彼の頭を撫でてあげた。
「ごめ……俺、こういう料理に対してあまり有り難みとか感じた事なくて……」
りょーくんはポロポロと涙を流しながら、少しずつ彼なりの事情を教えてくれた。
「こういうのって、会長、社長、次の代へと期待されている兄貴とかと……その他大勢が無理矢理にでも集まって、息苦しい空間で口にするものって感覚しかなくて……正直『メシ』以下の存在だったんだ」
「……そうだったんだ」
お節料理は本来ご馳走だ。
けれど、そのご馳走をりょーくんは幼い頃からギスギスした空気の中で口にしなければならなかった。
作り手の事を考えると「メシ以下」なんて酷い言い方ではあるけれど、りょーくんの過去を想像するとそう言いたくなってしまう気持ちも理解出来た。
「本来なら親戚関係の店長もそういう場に少しの間でも居合わせなければならなかったんだけど、6年前から俺の為に自ら欠席を申し出てその場から遠ざけるようにしてくれた。
それでも一応コンビニの店長だったからノルマの為にお節の重箱を毎年一つ注文していたんだけど、やはり口に入れる気にはならなくて……」
「うん……」
「料理っていうか、本当に……正月の御飾り程度の存在っていうか……『食べる』よりも『存在だけしていればいい』くらいにしか、感じてなくて」
「……うん」
りょーくんの両方の目から涙が流れ続け、私はハンカチを取り出して頬を伝う涙を拭ってあげる。
「それがあーちゃんやお姉さんの手によって一品ずつ丁寧に調理されて……工夫をして重箱に詰めるという事がどれだけ愛にあふれているかなんて想像すらしていなかったんだ。
本当にごめん、あーちゃん……お節料理を食べる気になれないなんて酷いことを言って本当にごめん」
私はふるふると首を左右に振って、涙を拭ったり頭を優しく撫で続ける。
「夕紀さんとね、『お店のみたいに豪華な食材を入れるんじゃなくて、家庭的なものの最上級を目指そう』って話してたの。
夕紀さんは大好きなジュンさんに喜んでもらう為に、そして私も大好きなりょーくんに喜んでもらう為に」
私のその言葉に、りょーくんは「うん」と頷き私がここまでお節料理にこだわった意図を汲んでくれた。
「飾り切りもね、実はちょっと前から練習したんだ。りょーくんの食べてきたのよりは全然違うだろうから、せめて可愛らしくしようかなって」
「うん」
「それにかかりっきりになっちゃって時間かかっちゃった……私って手際悪いよね?」
「ううん」
「どうかな? ……やっぱり、変かな?」
彼の頭を撫でていたその手を離して……涙が止まった頬にそっとあてる。
「変じゃないよ、すごく嬉しい……。
大好きなあーちゃんが俺を少しでも喜んでもらおうとしてくれた事一つ一つが眩しいくらいにキラキラしていて……あーちゃんの気持ちの深さが感じられて」
りょーくんは、泣き顔を無理矢理笑顔にニッと変えながら
「俺の誕生日に作ってくれた料理も嬉しかったけど、今日もすっごくすっごく嬉しいよ」
そう……心からの褒め言葉を言ってくれて、私の心はホッコリと温まっていった。
「ねぇ……食べるのは年が明けてからっていうのは分かってるんだけど、一段ずつじっくりと見てもいい?」
りょーくんに一旦見せたら蓋をすぐ閉めるつもりだったんだけど、そうお願いされたら嫌とは言えない。
「食材に触りさえしなければ大丈夫だよ。一緒に見ようね」
私は笑顔で返事をし、一品一品説明をし始めた。
「へぇ~……これにはそういう意味があるのかぁ」
「そんなに手間暇かかるのか……すごいなぁ」
私の説明にりょーくんは飽きる事なく、ふむふむと感心してくれる。
それがとても嬉しかったし、夕紀さんと一緒に調理して本当に良かったと感じた。
「鞠の形の飾り切り、すごく細かいよね? これどうやるの?」
お節料理の品目を説明し終えたところで、すかさずりょーくんはラディッシュの飾り切りを指差す。
「それは長沢金物さんで、飾り切り専用の彫刻刀みたいなの夕紀さんと買ったの……実は結構失敗しちゃったから2個しか飾れなかったの」
器用なりょーくんに説明するのはやはり恥ずかしい。
「へぇ~なんか面白そうだな。やってみたいかも♪」
予想通りりょーくんはそれに食い付いてきた。
「りょーくん器用だから私よりも上手に出来ちゃいそうだよね」
「あはは♪ あーちゃん不器用じゃないんだけど確かにちょっとねー」
「あー! 言い方酷いよりょーくんっ」
「ごめんごめん。他の椿みたいなやつとか、人参のやつとかも上手だよ」
「それは昨日夕紀さんが下拵えしてくれたの。私は単に人参飾ったり椿の形に置いただけ」
「あーそっか……じゃあこっちのは?」
「それは私が頑張ったやつ!」
「だと思った! これはすごい好き♡」
互いに顔を合わせ笑いながら、そんな会話をしていく。
……と、その時私のスマホがブルブルと震え、夕紀さんからメッセージが届いた事に気付く。
「ほら見てよりょーくん。やっぱり夕紀さんの方が上手だったぁ~!」
そこには同じ食材を詰められた重箱の画像が添付されてたんだけど、私のとは詰め方のクオリティが何段階も上で、まるでカタログに掲載されてもおかしくないような出来だった。
「確かに綺麗だけど俺はあーちゃんの方が良いよ♡」
りょーくんは優しいからフォローを入れてくれる。
「お世辞なんていらないよぅ」
……出来の違いは私が一番良く理解しいていたからこそ、彼のフォローを素直に受け取れなかった。
「お世辞じゃないよ。俺にとってはお姉さんがジュンさんに向けた愛情よりも、あーちゃんからの愛情の方が直接的に伝わってるし、重要だからね♡
あーちゃんも決して下手ではないけど、良い意味で家庭的な雰囲気がして大好きだよ♡」
りょーくんは一層甘い言葉を囁いて、首にチュッとしてくる。
「やぁん♡」
「あーちゃん、本当にありがとう♡愛してるよ♡」
「私も♡」
私もチュッを彼にお返しして、軽いイチャイチャが始まっちゃって……
「愛を包む」葉牡丹の花言葉そのものの状況になっちゃったなぁって、私は思った。
オムライスや家庭料理はよく作るけど、こういう作業は慣れていなくて、器用なりょーくんにお披露目するのは少しだけ恥ずかしい。
ましてりょーくんはお節料理そのものにあまり良い印象を持っていないから、ダイニングテーブルの電球色の照明の下で重ねられていた三段の重箱を……一段ずつゆっくり開けていくのはとても緊張した。
「っ」
りょーくんは何かを言おうとして、直後に口を手で押さえている。
「……時間かけた割に大したことなかったでしょ?」
私がそう言うと、りょーくんは口を押さえたまま首をブンブンと横に振った。
「しかもりょーくんが中学生くらいまで食べてたような豪華なものじゃなくてごめんね」
自信が無さすぎて尚もマイナス表現を口に出してしまう私に、りょーくんは無言でギュッと強くバックハグをしてきた。
「どうしたの? りょーくん」
りょーくんの反応はいつもと違いすぎるから、私は彼の顔を覗き込むように振り返り……
「っ……」
「なんで泣きそうな顔になってるの?」
私はなるべく優しい声掛けをしながら、彼の頭を撫でてあげた。
「ごめ……俺、こういう料理に対してあまり有り難みとか感じた事なくて……」
りょーくんはポロポロと涙を流しながら、少しずつ彼なりの事情を教えてくれた。
「こういうのって、会長、社長、次の代へと期待されている兄貴とかと……その他大勢が無理矢理にでも集まって、息苦しい空間で口にするものって感覚しかなくて……正直『メシ』以下の存在だったんだ」
「……そうだったんだ」
お節料理は本来ご馳走だ。
けれど、そのご馳走をりょーくんは幼い頃からギスギスした空気の中で口にしなければならなかった。
作り手の事を考えると「メシ以下」なんて酷い言い方ではあるけれど、りょーくんの過去を想像するとそう言いたくなってしまう気持ちも理解出来た。
「本来なら親戚関係の店長もそういう場に少しの間でも居合わせなければならなかったんだけど、6年前から俺の為に自ら欠席を申し出てその場から遠ざけるようにしてくれた。
それでも一応コンビニの店長だったからノルマの為にお節の重箱を毎年一つ注文していたんだけど、やはり口に入れる気にはならなくて……」
「うん……」
「料理っていうか、本当に……正月の御飾り程度の存在っていうか……『食べる』よりも『存在だけしていればいい』くらいにしか、感じてなくて」
「……うん」
りょーくんの両方の目から涙が流れ続け、私はハンカチを取り出して頬を伝う涙を拭ってあげる。
「それがあーちゃんやお姉さんの手によって一品ずつ丁寧に調理されて……工夫をして重箱に詰めるという事がどれだけ愛にあふれているかなんて想像すらしていなかったんだ。
本当にごめん、あーちゃん……お節料理を食べる気になれないなんて酷いことを言って本当にごめん」
私はふるふると首を左右に振って、涙を拭ったり頭を優しく撫で続ける。
「夕紀さんとね、『お店のみたいに豪華な食材を入れるんじゃなくて、家庭的なものの最上級を目指そう』って話してたの。
夕紀さんは大好きなジュンさんに喜んでもらう為に、そして私も大好きなりょーくんに喜んでもらう為に」
私のその言葉に、りょーくんは「うん」と頷き私がここまでお節料理にこだわった意図を汲んでくれた。
「飾り切りもね、実はちょっと前から練習したんだ。りょーくんの食べてきたのよりは全然違うだろうから、せめて可愛らしくしようかなって」
「うん」
「それにかかりっきりになっちゃって時間かかっちゃった……私って手際悪いよね?」
「ううん」
「どうかな? ……やっぱり、変かな?」
彼の頭を撫でていたその手を離して……涙が止まった頬にそっとあてる。
「変じゃないよ、すごく嬉しい……。
大好きなあーちゃんが俺を少しでも喜んでもらおうとしてくれた事一つ一つが眩しいくらいにキラキラしていて……あーちゃんの気持ちの深さが感じられて」
りょーくんは、泣き顔を無理矢理笑顔にニッと変えながら
「俺の誕生日に作ってくれた料理も嬉しかったけど、今日もすっごくすっごく嬉しいよ」
そう……心からの褒め言葉を言ってくれて、私の心はホッコリと温まっていった。
「ねぇ……食べるのは年が明けてからっていうのは分かってるんだけど、一段ずつじっくりと見てもいい?」
りょーくんに一旦見せたら蓋をすぐ閉めるつもりだったんだけど、そうお願いされたら嫌とは言えない。
「食材に触りさえしなければ大丈夫だよ。一緒に見ようね」
私は笑顔で返事をし、一品一品説明をし始めた。
「へぇ~……これにはそういう意味があるのかぁ」
「そんなに手間暇かかるのか……すごいなぁ」
私の説明にりょーくんは飽きる事なく、ふむふむと感心してくれる。
それがとても嬉しかったし、夕紀さんと一緒に調理して本当に良かったと感じた。
「鞠の形の飾り切り、すごく細かいよね? これどうやるの?」
お節料理の品目を説明し終えたところで、すかさずりょーくんはラディッシュの飾り切りを指差す。
「それは長沢金物さんで、飾り切り専用の彫刻刀みたいなの夕紀さんと買ったの……実は結構失敗しちゃったから2個しか飾れなかったの」
器用なりょーくんに説明するのはやはり恥ずかしい。
「へぇ~なんか面白そうだな。やってみたいかも♪」
予想通りりょーくんはそれに食い付いてきた。
「りょーくん器用だから私よりも上手に出来ちゃいそうだよね」
「あはは♪ あーちゃん不器用じゃないんだけど確かにちょっとねー」
「あー! 言い方酷いよりょーくんっ」
「ごめんごめん。他の椿みたいなやつとか、人参のやつとかも上手だよ」
「それは昨日夕紀さんが下拵えしてくれたの。私は単に人参飾ったり椿の形に置いただけ」
「あーそっか……じゃあこっちのは?」
「それは私が頑張ったやつ!」
「だと思った! これはすごい好き♡」
互いに顔を合わせ笑いながら、そんな会話をしていく。
……と、その時私のスマホがブルブルと震え、夕紀さんからメッセージが届いた事に気付く。
「ほら見てよりょーくん。やっぱり夕紀さんの方が上手だったぁ~!」
そこには同じ食材を詰められた重箱の画像が添付されてたんだけど、私のとは詰め方のクオリティが何段階も上で、まるでカタログに掲載されてもおかしくないような出来だった。
「確かに綺麗だけど俺はあーちゃんの方が良いよ♡」
りょーくんは優しいからフォローを入れてくれる。
「お世辞なんていらないよぅ」
……出来の違いは私が一番良く理解しいていたからこそ、彼のフォローを素直に受け取れなかった。
「お世辞じゃないよ。俺にとってはお姉さんがジュンさんに向けた愛情よりも、あーちゃんからの愛情の方が直接的に伝わってるし、重要だからね♡
あーちゃんも決して下手ではないけど、良い意味で家庭的な雰囲気がして大好きだよ♡」
りょーくんは一層甘い言葉を囁いて、首にチュッとしてくる。
「やぁん♡」
「あーちゃん、本当にありがとう♡愛してるよ♡」
「私も♡」
私もチュッを彼にお返しして、軽いイチャイチャが始まっちゃって……
「愛を包む」葉牡丹の花言葉そのものの状況になっちゃったなぁって、私は思った。
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