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少女時代

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 人間に見立てた的を、三本の火柱が取り囲む。それは回転しながら一つの大きな火柱となり、跡形もなく人形を焼いてしまった。

「また腕を上げられましたなストラス様」
「オアマンド、世辞はやめてくれ」
 
 魔法の訓練場で、拍手の音が響く。カラスを思わせる漆黒の髪を一つに結んだ優男だ。ストラス直属の執事として仕えてくれている。直属の使用人といえばきこえはいいが、彼は元々母が寄越した魔族だった。ストラスの監視役として、また変な気を起こさないように見張っているのだろう。

「このくらい、王族であれば同然のこと」

 ストラスは薄く笑う。幼い少女の体は徐々に丸みを帯び、女性のそれへと変わろうとしている。ストラスが犯したあの失態から五年の時が経っていた。その年月は少女の顔に憂いを帯びさせるには十分な長さだった。口調も王族たる威厳あるべきものに矯正されてしまった。

「特にストラス様は炎の魔術に長けておられる。その適性、うらやましいものです。神君もかくや、と皆が噂しておりますぞ」
「そんな大層なものじゃない」

 炎属性の魔法は、魔族にとって特別な意味を持っている。それは彼らの始祖であるはじまりの魔王が、燃え盛る地獄の炎から生まれたとされているからだ。魔族ははじまりの魔王のことを、神君と呼ぶ。そして彼も火属性魔法の巧者だった。
 少年を焼いた地獄の業火に愛されるとはなんとも皮肉なものだ。

「そういえば、知っておられますか。なんでも帝国の港を侵略しに出撃したアバドン様が、返り討ちになって帰ってこられたとか」
「アドバン兄さまが?」
「ええ、なんでも霧に乗じて奇襲を仕掛けられ、僧侶たちの光の矢の雨を浴びせられたとか」

 わざわざ霧の出る季節に出撃するには訳がある。魔族はその知覚機能が人間の何倍も優れているのだ。しかしそれはもっぱら己の魔力に頼ったものだ。生物は皆微弱な魔力を発するから、それをたどれば五感に頼らずとも自ずと場所が知れる。人間達の奇襲が成功するには、全員が魔力を遮断していなければならない。魔力を遮断する防具を身に着けていれば不可能ではないだろうが、敵に居場所を悟られないようにするのは魔族も同じはず。

「――妙だな」

 まるでどこから奇襲するか、わかっていたようだ。人間側にはよほど優秀な魔術師がいるだろうか。人間には総じて魔族より脆弱だが、ときおり神がかった能力を持って生まれる者がいる。それとも、気づかれないままにスパイがこちらに潜り込んでいるか。それとも同族の中に裏切者がいるか。

「オアマンドはどう思う?」

 臣下の意見を求めると、彼は切れ長の瞳をさらに細める。

「はて、わたくしなどではとても考えが及びませんね」

 彼はそう言ったきり、何も言わなかった。




 
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