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勇者と魔王、二人旅

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 勇者は侍女にストラスの身支度を命じた。曰く、これから国へストラスを連れていくので旅の準備を整える必要があるらしい。まるでこの城の主人にでもなったかのような振る舞いに立腹するが、それを口にしてもキリがない。
 侍女はもちろん不服顔だったが、それでもあの圧倒的な力に逆らう手段など持っているはずもない。命が惜しいと思うならば当然だ。

 粛々と勇者に従うしかない魔王を見て、魔族たちは声を低くして囁いた。
 
 ――やはりストラス様が即位なされたのは間違いであった。
 ――所詮甘やかさて育った何のとりえもない末娘だ、まさか人間にこのような煮え湯を呑まされようとは。

 守ろうとした者たちの心ない言葉に背を向けて、ストラスは自室へ向かう。
 馴染みの侍女の瞳にすら、軽蔑の色が浮かんでいるのをストラスは見た。背についているドレスのボタンが外され、旅に適した服装へと着替える。常に身に着けている見栄えがして威厳のあるそれではない。動きやすく、粗末なものだ。贅沢な服飾品に執着はないが、ごわごわとした手触りに自らの境遇を自覚されられる。

 旅支度が完了すると、もうこの部屋には戻ってこられないかもしれないという実感がじわじわと湧いてきた。

「下がれ」
「ストラス様、しかし」
「すまない、少しだけでいいから一人にしてくれ」

 戸惑う侍女に食い下がり、豪華な調度に囲まれた部屋にストラスは一人残された。まるで今際の際のように、これまでの思い出が去来する。

 魔族たちのいう通り、ストラスは魔王になる器ではなかった。望んでもいなかった。降って湧いた幸運で玉座が巡って来ただけだ。母の奸計が実を結んだのだと、貴族たちの間で噂になった。おそらくそれは事実なのだろうと、ストラスは思う。

 母はその美貌と才覚で下級貴族ながら魔王の側室となった女性だった。魔王の側室の中でも末席だったが、その不遇は間違いだと強く信じていた。そしてどんな手を使ってでも自らが権力を握りたいと考えていたし、どんな手を使うことも厭わなかった。
 
しかしそんな母も一年ほど前に亡くなった。あの少年の亡くした日から、ストラスにあるのは空虚ばかりだった。どうやってその日を生き延びようかという思案ばかりで、志も夢も野望も、すべてストラスが抱くには過ぎたものだった。

「……私はいったいどうすればいいのですか、母上」

ストラスは壁に掲げられた肖像画に向かって問いかける。そう呟いても返ってくるのは静寂だけだった。
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