永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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3.パーティ

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 エイミィに手紙を破られて一週間ほどたったある日、侍女のシェーラが張り合わせた手紙をわたしの前に差し出してきた。

「ジェシカ様、お返事をお書きください」

 彼女はいつも通りの無表情だったけれど、その目には強い光があった。

 シェーラはお父様の執事であるクロードの姪で、わたしが八歳の時に専属の侍女として家に入った。普段はわたしにああしろこうしろと言うことはないのに、なぜか今は怖いくらいの迫力だ。

「ど、どこでこれを……? エイミィが捨てたはずだわ」
「掃除の者に回収させました」
「でも……たとえ返事を書いたとしても、相手に送ることはできないわよね……?」
「クロード様が手配します」

 よどみないシェーラの声を聞いた時、ふっと心が軽くなるのを感じた。

「……わかったわ」

 とりあえずそう答えたものの、四苦八苦してようやく書けたのは決まりきった定型文のつまらない手紙だった。それでも少し楽しいと思ったのはどうしてなのか、自分でもよくわからなかった。



 〇▲◇



 十五歳になった貴族の子女は社交界へのお披露目パーティに出席する。
 それがこんなに気を重くするのは、準備が大変ということだけが原因ではなかった。

「このデザインはまだエイミィには早いわ」
「この色ではエイミィの金髪が映えないでしょう」

 お母様の注文にデザイナーの女性の顔が引きつっている。

「エイミィ嬢は十二歳ですよね? お披露目パーティにはまだ……」
「あら、兄や姉と一緒に出席する子もいるのよ。それにエイミィはとても大人びているから問題ないわ」

 お母様がどうあってもわたしのお披露目パーティにエイミィを同行させるつもりであることを知って、わたしの胸は鉛が沈んでいるかのように重くなった。

 あの妹とお揃いのドレス、お揃いの装飾品。どちらが主役になるのかは分かり切っている。
 決してお披露目パーティを楽しみにしていたわけではない。でもかかなくていい恥をわざわざかきにいく必要もないと思っているのに……。





 憂鬱な気持ちで迎えたパーティ当日、従兄いとこのネイトが家に来た。お父様がエスコートを頼んでくれていたらしい。
 ネイトはわたしの二歳年上で、お父様の妹であるノーラ叔母様の息子だ。貴族街の同じ区画に住んでいる。

「どうした? 浮かない顔だな、ジェシカ」
「そんなことは……」

 軽い口調でネイトが声をかけてきたけれど、気持ちが沈んでいるのは事実なので否定できなかった。

 きちんと正装したネイトはいつもより格好良く見える。エイミィと一緒なのがイヤ、と未だにウジウジ悩んでいる自分がひどく子供っぽく思えた。

「その髪、いつもと違ってて……可愛いな」

 ネイトが頬を少し赤くして、わたしの結い上げた髪を褒めたので驚いてしまった。
 世話好きなノーラ叔母様が気を使って無理やり言わせたのだろう。真に受けてはいけない。

「……ありがとう」

 お世辞でも嬉しい、と心の中でつぶやいた瞬間、ヒヤリとした冷たい空気がすぐそばを駆け抜けて行った。

「ネイト兄様!」

 艶のある金髪が光を振りまいて、極上の微笑みを浮かべるエイミィに心を奪われない男性はいない。

「ああ……エイミィか。大きくなったな」

 ネイトは吸い寄せられるようにエイミィの手を取り、わたしはその後ろをついて歩く形になった。

 物語の主役はいつだってエイミィなのだから、わたしが誰の目にも映らなくなるのは仕方のないこと。

 わたしはそっと胸を押さえて二人の背中をただ見つめていた。





 ネイトはパーティ会場に着いてもエイミィにくっ付いたままだった。
 ひとりでダンスが踊れるはずもないので、結局わたしは会場の壁に張り付くことになった。地味な容姿のおかげで誰もわたしに気が付かないようだ。悲しいのかちょうどいいのかよくわからない。

 早くこの時間が過ぎたらいいのに。
 もっと帰る時間を早めにするよう、御者に頼んでおけばよかった。

 そんなことを考えて長いため息をついていたら、同じタイミングで隣の人がため息をつくのが聞こえた。

 ため息の聞こえた方をちらりと見てみると、淡い金髪にみどりの瞳の青年が近くの壁にもたれて物憂げな表情をしていた。
 その横顔は彫刻のように整っている。

 あんなに美しい人にも悩みがあるのかしら……。

 不意に青年がこちらに顔を向けたので、わたしは慌てて目を逸らした。

「……誰か……人を……人を呼んでくれ」

 微かに声が聞こえる。よく見ると青年はかすれた声で助けを呼んでいた。顔が真っ青で今にも倒れそうだ。どこか具合が悪いのかもしれない。

 会場内は制服を着た騎士の方たちが警備していると聞いていた。その騎士に助けてもらえるのでは、と辺りを見回した瞬間――

 ふわりと熱い風が頬をかすめた。

 青年の近くの壁が白くなり、目も眩むほどの強い光が辺りを包むように広がっていく。

「……えっ?」

 真っ白で何も見えなくなった視界の中で、パンッと何かが弾ける音がした。

「ジェシカ!」

 ネイトの大きな声が耳元で聞こえて、振り返るとすぐ近くにネイトの怒った顔があった。

「……何が、起きたの?」
「壁のランプが割れたんだ! ケガはしていないか⁉」
「だ、大丈夫……だと思う……」

 心臓が痛いくらいドクドクと音を立て、歯もガチガチ震えてまともに喋ることができない。
 ランプが割れたって、どうして……破片が飛んで来なくて、良かった……。

 周囲では男女取り混ぜた叫び声が次々に上がり、騒然となっている。
 演奏されていた音楽が聞こえてこないと思ったら、楽器を持った人たちも一目散に逃げ出していた。

 誰かの名前を呼ぶ声や制止する騎士の叫び声、逃げ惑う人が当たってひっくり返したテーブルの残骸。会場はもうメチャクチャだった。

「オーウェン‼」

 大混乱の中、大広間のシャンデリアを揺らすような女性の金切り声が響き渡る。

「あれは……」
「フォークナー公爵夫人よ……」
「息子さんは病弱って……」

 小さなささやきが聞こえてきた。
 公爵というのは王族の親戚のことだから、まさしく雲の上の家格だ。国王陛下の主催するパーティとはいえそんなすごい家の方と同じ会場にいる事実に驚いてしまう。
 叫んでいたということは、その方の息子さんに何かあったのだろうか。

 先ほど助けを求めていた金髪の青年は腕にケガをしたらしく、流れ落ちる血をもう片方の手で押さえているのが見えた。大柄な騎士が青年に声をかけて肩を支えようとしている。
 そこへ背の高い女性がつかつかと歩み寄り、早口で騎士に向かって何かを指示し始めた。

 声が聞こえたのに何もできなかった。こんな自分が情けない。タイミングを逃して謝ることもできないなんて……。

「……帰ろう、ジェシカ。これはもうパーティどころじゃない」

 気が付くとネイトはわたしの肩を抱いていた。
 何となく落ち着かない気持ちを抑えてうなずくと、出入口の扉のそばに両親が迎えに来ているのが見えた。

「お父様ッ! お母様ぁ!」

 ひときわ大きな声を出して両親に駆け寄っていったエイミィは、お母様にひしと抱きついてしゃくりあげる。

「ひどいの、……わたくし、ひとりにされて……とっても怖かったの……!」
「まあ、泣かないでちょうだい、わたくしのかわいいエイミィ」

 慈悲深い聖母の表情でエイミィを抱きしめて頭を撫でるお母様。その横でお父様はハンカチでエイミィの涙を拭っている。

 つい先ほどまでエイミィにはネイトがぴったりくっついていたはずだから、ひとりになったのは少しの間だったのではないの……?

 ネイトに支えられて歩いているわたしをお母様は睨みつけた。

「あなたたち、ダンスに夢中になってエイミィをひとりにしたんでしょう! 何かあってからでは困るのよ⁉」
「待ってください、エイミィには俺がついて……」
「ネイト、じゃあなぜエイミィはこんなに泣いているんだ? おかしいじゃないか」

 事実を話しているネイトに対し、お父様は厳しい目を向ける。こうなった両親には何を言っても通じない。
 だってエイミィが泣いているのだから。

「そんな……」

 ネイトが怪訝そうにわたしを見た。
 わたしは「何も言わない方がいい」と小さく首を横に振って、ネイトに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



 泣きじゃくるエイミィはお父様たちの馬車に乗って帰ることになり、二人きりの馬車の中、わたしは気まずくてネイトと目を合わせることができなかった。

「ジェシカ、伯父様たちは、その……いつも、ああなのか?」

 温厚なネイトが顔をしかめていた。
 わたしの両親の態度に腹を立てているのだと思った。自分に全く非のない状態で、あんな風にお父様に言われるのは我慢ならなかったのだろう。

「お父様もお母様も、エイミィのことが最優先だから……。ごめんなさい」
「それは知っていたけど、あれはちょっと違うんじゃないか?」
「ご、ごめんなさい……」

 何か言いたそうなネイトに対して、わたしは「ごめんなさい」を繰り返すことしかできなかった。



 〇▲◇



「お怪我はありませんか、ジェシカ様」

 パーティ会場で事故があったという情報はすでに家まで伝わっていたらしく、馬車停めまでシェーラが迎えに来ていた。

「ありがとう、ケガはないの」

 わたしを支えようとするシェーラを手で制して、「ひとりで歩けるから」と小声で言うと片手を持ってそっと寄り添ってくれた。

「ジェシカ、その……元気出してな」
「ありがとう。ネイトも元気で」

 眉を寄せてうんざりしたように笑うネイトを見て、もうわたしに関わりたくないと思っているのを何となく察した。
 小さな頃から仲良くしてくれた従兄いとこだったから、少し寂しい。

 ため息をついて肩を落とすわたしの隣で、シェーラは無表情のまま首を傾げていた。
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