永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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4.呼び出し

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 ――カチッ、カチッ。
 シェーラが歩くと、時々金属の音が鳴る。

 彼女は生まれつき足が悪かったと聞いたことがある。ひざと足首に補助具を着ければ普通に歩けるけれど、走ることはできないのだとか。

 以前、エイミィがシェーラを自分の侍女にするようお母様にねだったことがあるらしい。でも彼女の足のことを知ったエイミィは手のひらを返してシェーラを毛嫌いするようになった。

 それを知ったわたしは、エイミィにシェーラを取られなくて良かったと心から安堵したものだ。
 もしかしたらシェーラはエイミィの元で働きたいと思っているかもしれない。それでもわたしは彼女にそばに居てほしかった。



「ジェシカ様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、嬉しいわ」

 部屋へ戻って一息ついたらシェーラがお茶を淹れてくれた。彼女のお茶はいつも格別のおいしさなので、ついつい口元が緩んでしまう。

 思っていたよりも疲れていたのか、それからわたしはすぐに眠ってしまった。



 〇▲◇



 翌日、目が覚めるともうお昼過ぎになっていた。

「よく眠っておられましたので、お起こししませんでした」

 太陽の高さに驚くわたしとは対照的にシェーラはいつもの無表情だった。

「午前中、ジェシカ様に使者の方が来られましたが、体調がすぐれないという理由で面会をお断りしております」
「どちらからのお使いだったの?」
「ワース子爵家のジルダ様がご訪問されたいと」
「まあ、珍しい。どうしたのかしら」

 わたしは窓の外を見て赤い屋根のお屋敷を探した。ジルダは貴族街の同じ区画に住んでいる同年代の女の子だ。
 貴族街はとても広いので、同じ区画と言ってもすぐ近くにお屋敷があるわけではない。こうして窓から屋根を見ることができるのはごく一部のお屋敷だけだった。

 子供の頃はいつもお友達のお屋敷のある方を眺めて、手紙を書いたり遊びに行ったりしていたのを思い出す。

 ……でも、ジルダとはもう長いこと会っていなかった。
 最後に会った時、彼女は大勢のお友達の前で一方的にわたしの悪口を言って、お友達全員を引き連れて家を出て行ったのだ。悪口の内容はわたしがエイミィをひどく虐めているというものだった。
 そんなことはしていないと何度言っても聞き入れてくれなくて、あの時はとてもつらい思いをした。それなのになぜ今になって訪ねてきたのか……きっとエイミィと間違えたのだろう。

「それからもうおひとり――」

 シェーラが言いかけた時、ドンドンと部屋のドアがノックされ、返事を待たず乱暴に開く音がした。

「ジェシカ! これはどういうことだ!」

 顔を真っ赤にしたお父様が大股でズカズカと部屋に入ってくる。

「旦那様、ジェシカ様はまだ体調が……」
「どういうことかと聞いているんだ!」

 シェーラが止めようとするのを遮って、お父様は大きな声を出した。

「旦那様、奥様に聞こえてしまいますよ」

 お父様の後ろで影のように控えていたクロードが言うと、お父様はハッとしてキョロキョロと周りを見回した。

「そ、そうだったな。クロード、お前から説明しろ」
「かしこまりました」

 クロードは手に持っていた手紙を恭しく広げてわたしへ向ける。

「こちらは今朝、フォークナー公爵夫人の使者の方がお持ちになったお手紙でございます。ジェシカ様にお話を伺いたいとのことで、旦那様や奥様の付き添いは不要、もし付き添われたとしてもお会いするのはジェシカ様おひとりに限る、という内容になっております」
「え?」

 いきなり豪華な装飾の便箋を見せられて、何を言われているのかわからなくなった。
 フォークナー公爵夫人……どこかで聞いた覚えがあるような……。

 クロードは混乱するわたしを気にかけることもなく、淡々と説明を続けた。

「昨日のパーティ会場で、フォークナー公爵家令息のオーウェン様が負傷された件ですが、社交界では暗殺計画があったのではないかとすでに噂になっておりまして、国王陛下直々に捜査を指示されたそうでございます。そういった中でくだんの公爵家からジェシカ様が呼び出されたことを、旦那様は大変心配されているのです」

 クロードがチラリと視線を送ると、お父様は何度か咳払いをした。

「……そういうことだ。フォークナー公爵は陛下の異母兄であり、大公とも呼ばれている。その妻である公爵夫人も引けを取らぬ良家の出、負傷したという令息は末席ながら王位継承権を持っているそうだ。そんな家に睨まれでもしたら、我が家など吹き飛んでしまうぞ」

 お父様は先ほどまでの真っ赤な顔を急に青くして、ハンカチでしきりに額をぬぐう。

「公爵夫人がお前に何を尋ねたいのかはわからないが、万が一、お前がパーティ会場で何か余計なことをしていたのなら……世間に明らかになる前に……」

 お父様のわたしを見る目は血走り、声は低くよどんでいた。

「私はお前を……切り捨てねばならない」
「旦那様」

 クロードの声がさらに低く響く。

「まだ何もわかっていない段階で、それは」
「貴族でないお前に何がわかる」

 お父様はクロードに冷たい目を向けた。エイミィのあの暗い瞳に似ているような気がした。

「お披露目パーティに出たばかりの娘を、親を無視する形で呼びつけるなどと、尋常なことではないのだ。良い結果になるはずがない」
「……さようでございますか」

 クロードは目を伏せて一歩下がり、お父様はフンと鼻を鳴らす。

「ジェシカ、明日必ず公爵家へ行くように。そこでもし自分が悪いとわかった場合、この家に帰って来ることは許さん」
「……はい」

 この家に戻らずにどこへ行けとお父様は言うの。
 わたしは泣きたい気分になった。公爵令息の暗殺計画なんて、十五歳になったばかりの子供が何か知っているわけがないのに。

 ただ、泣いても何も変わらないことだけはわかっていた。エイミィの涙はすべてをひっくり返すことができても、わたしの涙はそうではないということだけは。

「旦那様、僭越せんえつながら、私がジェシカ様に付き添わせていただいてもよろしいでしょうか」

 突然シェーラが声を上げたのでわたしは驚いて振り返ってしまった。

「むっ……?」

 お父様もなぜか動揺している。

「そういえば、手紙には侍女のことは特に書かれておりませんね……」

 クロードは手紙を広げたりひっくり返したりした。

「付き添いぐらいなら問題ないのでは? 断られたらお屋敷の外で待たせてもらえばいいのですから」
「ふむ……ふむ、ま、それもそうだな」

 お父様は何度かうなずいて、ニヤニヤと不気味に顔を歪める。

「ちょうどいい。ジェシカ、この家に戻れない時はその侍女の家で暮らしなさい。手間が省けるというものだ」

 はっはっは、と声を上げて意気揚々とお父様は部屋を出て行った。あれは上機嫌な時の笑い方……だと思う。
 喉の奥が震えて、わたしは返事をすることができなかった。

 わたしがこんなに傷ついているのに、どうしてあの人は笑えるのだろう。お父様がまるで得体の知れない生き物に見える。
 悔しい、悲しいよりも、胸の奥に真っ暗な穴が開いたような虚しさがあった。
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