永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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11.噂

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「久しぶりだね、ジェシカ!」

 ウィル様に連れられてエントランスに着いた途端、笑顔で現れたオーウェン様に驚かされた。
 久しぶりも何も、二週間前にお会いしたばかりなのに。

「お、お久しぶり……です」
「母上から聞いているかな、今日は私が送ることになったんだ」
「オーウェン様、がっつき過ぎ……」

 オーウェン様の早口と側に控えているウィル様のうんざりしたような顔がおかしくて、わたしはつい笑ってしまった。

「あ」

 オーウェン様とウィル様の表情が固まる。

 わたしはきっと変な顔をしていたのだろう。胸がぎゅっと苦しくなって、フワフワした気持ちが急速にしぼんでいく。

 自分でもいつから上手に笑えなくなったのか覚えていないけれど、この感じには覚えがあるような気がした。嬉しい、楽しいと思った後にそれを打ち消す何かが起こる、あの嫌な感覚……。

「ウィルが『あ』とか言うからだ」
「いえ、あれは、そろそろ馬車の用意ができた頃だと思っただけです」

 ウィル様はなぜか言い訳をしていた。





 公爵家の馬車は大きくて二頭立て。狭くはなくても長身の男性が二人座るとなかなかの圧迫感があった。
 というより、どうしてウィル様とオーウェン様が一緒に馬車に乗っているのだろう。送ってくださるならどちらかだけでいいような……。
 それとも何か他に用事があって乗り合わせているのかしら。

「ジェシカ、その……少し話をしてもいいかい」
「はい」

 カラカラと車輪の音が響く中、オーウェン様が口を開く。

「私の母上は、隣国アラムスの王女だったんだ。小さな国だけど商業が盛んで資産家も多い。もしかしたら母上は父上よりお金持ちかもしれないな……。そのせいなのか、母上は女王様みたいに振舞うことがあってね」

 窓にはカーテンがかけてあるのにオーウェン様は遠い目をしていた。

「母上のお茶会に出席した人は社交界で軽んじられることがない、と聞いていたから提案したんだけど、却って大変な思いをさせてしまったんじゃないかと……」
「あ、その、いいえ」

 わたしは首を横に振って否定した。
 あの人の息子に向かって「とても怖い思いをしました」などと言えるはずがない。

 アラムスは豊かな国で、建築物がすごく豪華だとかとても人が多くて街に活気があると聞いたことがある。そんな国の王女様をしていたのなら強い権力があって当たり前なのだろう。

「美味しいお菓子とお茶をいただいて、とても嬉しかったです」
「それなら良かった」

 ホッと息をついたオーウェン様を見て、ウィル様が咳払いをする。

「……次です、次」
「あっ、そうだった。一ヶ月後になるんだけど、母上の……アラムス国王の親戚が国王陛下の姪に当たる方と婚約することになって、王宮で婚約式をするんだ」

 オーウェン様の美しいみどりの瞳がチラッとこちらを向いた。

「それでその……私と一緒に、婚約式に……」
「声が小さいですよ」

 ほとんど聞き取れないオーウェン様の声にウィル様のつぶやきが被る。

「ジェシカ、私と一緒に婚約式に出てはくれないだろうか!」

 カッと目を見開いたオーウェン様が身を乗り出すようにしたので、見つめ合う形になってしまった。

 王族の婚約式……? そんなの、とても無理だわ……。

「あ、あの……」

 はっきり言わないと伝わらない。わたしは意を決してお腹に力を入れた。

「お誘いいただいて、とても嬉しいのですけれど……着ていく服がないので出られません」

 今着ているドレスは地味すぎて華やかな王宮での式にはふさわしくないだろうし、お披露目パーティの時のドレスは落ちない染みが付いている。
 去年仕立てたこのドレスでもサイズと丈がギリギリの状態だったので、それより前のドレスなどもう着ることはできない。

 新しく仕立てる時はエイミィとお揃いでなければならないのだから、彼女が部屋にこもっている今はいくら頼んでも両親は許さないに決まっている。そんなみじめな思いをするくらいなら出席を断った方がはるかに気が楽だった。

「……は?」

 ウィル様が気の抜けた声を出した。

「シェリーズ伯爵家の財政がそんなに悪いとは聞いていませんが」
「いえ、お金が無いわけではなくて……」

 口に出すと余計に情けなくなる。あの家にわたしのものなんてひとつもないのだと思い知らされて。

 ウィル様の眉毛がピクッと動いた。

「……オーウェン様、男の甲斐性については知ってますよね」
「そうだな、私の都合で出席してもらうのだから、私が負担するのがすじというものだ。ウィル、仕立て屋の場所はわかるか?」
「存じておりますとも。行き先を変更いたしましょう」

 オーウェン様が急に言い出し、ウィル様は御者に合図を送る。

「あの、そこまでしていただくのは、申し訳ありませんから」

 先ほどの自分の言葉が服をねだっているように聞こえたのかもしれないと思うと、どうしようもなく恥ずかしくなった。

「お願いしているのは私の方だ。ジェシカが気にする必要はない」

 オーウェン様はふわりと微笑んだ。彫刻のように整った顔が目の前で笑みを浮かべるのだから、意識していなくても心臓の鼓動が激しくなっていく。

 何か事情があってオーウェン様はわたしと一緒に出席することにしたのだろう。わたしでも協力できることなら、させていただきたいとは思う。

 不安なのは、新しいドレスを見たエイミィがどういう行動に出てくるのかわからないことだった。
 もしまた『ちょうだい』をされたり切り刻まれたりしたら、オーウェン様になんと言って謝ったらいいのか……。



 〇▲◇



 立派な店構えの仕立て屋さんで採寸を終えて家へ戻ると、馬車停めに叔母様の家の馬車があった。
 ネイトが来ているのかもしれない。

 ウィル様が前を歩き、その後ろでオーウェン様がわたしの手を引いて玄関へ向かう。

 馬車を降りる前に今日のお礼を言おうとしたら「家に入るところまで送るのがマナーだよ」とオーウェン様が仰ってこんなことになったのだけれど、なんだか心苦しい。

 送ってもらったらまずドレスのお礼を言わなければ。
 エイミィは客間にいるはず……彼女はネイトが大好きだからきっと今は機嫌を良くしているだろう。鉢合わせることはない。

 ウィル様がドアノブに手を伸ばしたところでガチャリとドアが開き、ドアノブを持ったクロードが驚いた顔をしていた。
 その後ろにはノーラ叔母様が見える。

「まあ、ジェシカ。それに美男子が二人も。すごいわねえ」

 叔母様は眉を上げて目を見開き、ウィル様とオーウェン様を凝視している。
 クロードはウィル様を確認すると一歩下がって礼をした。エントランスに彼がいるということは、ちょうど叔母様たちが帰るところだったのだろう。

 ウィル様は叔母様に構うことなくスルリと中へ入っていき、その後にオーウェン様とわたしが続いた。

「失礼、私はフォークナー公爵家にお仕えしてるウィルと申します。こちらは公爵家ご令息のオーウェン・フォークナー様でございます」
「まあ、公爵家の……」

 叔母様とその後ろにいたネイトが息を呑む。
 隣には両親が並んでいて、やはり目を見開いていた。彼らもいたのかと思った途端、体中に冷たいものが走った。

「……そちらの方が、公爵家のご令息なの?」

 頬を染めたエイミィがネイトの後ろから素早く出てきて、オーウェン様に向かって優雅に礼をする。その目はオーウェン様しか見ていなかった。

「わたくし、エイミィと申しますの。お姉様を送ってくださりありがとうございます」

 少し首を傾げて微笑んだエイミィは誰もが振り返るほどの美少女だ。きっとオーウェン様もこんな美少女がこの世にいたのかと驚いているだろう。

「ああ、ジェシカの妹か。確かによく似ている」

 オーウェン様の声がエントランスに響いた。


 時間が止まった。

 ――としか思えないほどエイミィの顔は凍り付いていた。
 何ひとつ似ていないのにそんなことを言われたのだから、驚くのも無理はない。わたしもオーウェン様は目が悪いのかと心配になってしまった。

「な、何を言っているのよ!」

 次の瞬間、エイミィは肩をいからせて叫んでいた。
 彼女がこの勢いで公爵令息に失礼なことを口にしたらどうしよう、とわたしは胃がひっくり返りそうになった。

「エイミィ! お部屋に戻りましょう、今日は具合が悪かったのよねえ」
「オーウェン様、申し訳ない。こちらの娘はどうも熱があるようでして……」

 お母様は風のように素早くエイミィを抱えて引きずっていき、お父様はしきりに汗を拭いながらオーウェン様に謝罪した。さすがにオーウェン様に向かってエイミィがかわいそうだとは言えなかったらしい。

「病気なのに挨拶に来たのか。変わった子だな」

 困惑した様子のオーウェン様がつぶやくと、ウィル様は「子どもというのは落ち着きのないものですよ」と苦笑いした。

「シェリーズ伯爵、本日はジェシカ様のご出席をお許しくださいまして、感謝いたします」
「……あ、ああ」

 ウィル様の丁寧なお礼に対し、お父様の返事は気が抜けていて、心ここにあらずといった感じだった。

「つきましては、ジェシカ様には一ヶ月後の婚約式にもご出席いただくことになりましたので……」
「まあっ、婚約ですって?」
「なっ……」

 お父様よりも叔母様の方が反応が早かった。

「ずいぶん大人っぽくなったと思ったら、もう婚約だなんて! 素敵だわジェシカ!」
「あの、叔母様、違うんです」
「それにしてもこんな美男子を捕まえるとはねぇ、うちのネイトにもいいいないかしら~」

 婚約するのは王族の女性と他国の男性なのに、叔母様は勘違いで興奮してしまった。彼女はこうなると聞く耳を持たなくなる。

 助けを求めてウィル様に目を向けると、面白そうにニヤニヤしているではないか。
 あれはお茶会の前にアドバイスをくれた時の顔だ。この人が何を面白がっているのかわたしにはまったくわからない。

 助けてくれそうにないウィル様から隣のオーウェン様へ視線を移すと、なぜか優しく微笑みかけられた。

「ドレスは間に合うように手配してあるから、心配しなくていい」
「いえ、その……」
「んまー! ドレスまで! 至れり尽くせりね!」
「……あ、ありがとう、ございます」

 これ以上叔母様の興奮に燃料を注ぐわけにはいかない。わたしは口を閉じて、オーウェン様から目を逸らした。



 この日以降、わたしとオーウェン様が婚約するという根も葉もない噂が広まったのは、たぶんノーラ叔母様のせいだと思う。
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