永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

文字の大きさ
12 / 26

12.訪問

しおりを挟む

 オーウェン様たちが帰ってから、婚約式をするのは別の人たちであってわたしは付き添いを頼まれただけということをお父様に伝えると、お父様はどんよりと濁った目をわたしに向けた。

「そんなことはわかっている。婚約の話は当主宛てに来るものだからな。だが公の場にパートナーとして誘うということは、少なくとも向こうはお前と婚約してもいいと考えているはずだ」

 お父様は頭を抱えて大きなため息をつく。

「くれぐれも公爵夫人の機嫌を損なわないように。我が家もただでは済まなくなるんだぞ」

 その言葉の中にわたしを想う部分はどこにもない。
 わたしを家族だと思っていない人に言われても……と嫌な気分にさせられただけだった。



 〇▲◇



 一週間後、加工に出していたあの青い石が返ってきた。
 繊細な銀の鎖に深い青色が映えて、ただの石とは思えないほど綺麗に見える。

「悪くない出来ですが、できれば服の下に隠して身に着けた方がよろしいかと」

 シェーラの言う通りに首飾りを着けてみると、石の部分がほんのり温かくなった。

「……あら?」

 石のあるところから花びらの形をした青い光が服を通り抜けて出てくると、すうっと空気に溶けていく。

「何でしょうか? 目立つのは困りますね……」

 シェーラが少し眉を寄せた。
 花びらの光が舞う様はとても美しいけれど、エイミィに見つかれば必ずちょうだいと言われることになる。それだけは絶対に避けたかった。

 シェーラと一緒にどうしよう……と悩んでいたらいつの間にか花びらが出て来なくなったので、二人そろって幻でも見ていたのかしらと首を傾げた。





 わたしがお茶会へ出席したあの日、エイミィは自分もお茶会に行くと言って大騒ぎしたらしい。今までわたしが行くところには必ず一緒に行っていたのだから、今回もそうするべきだと。

 少し前にお父様からダメだと言われていたらしいのだけれど、なんだかんだ言って両親はエイミィに甘い。最終的には要求が通ると考えていたのではないか――とシェーラは推測していた。

「そうでなければ癇癪かんしゃくを起こして暴れるなどということはしないでしょう。とても大きな音を立てていて、片付けが大変そうでした」
「そうだったの……」

 普通の子供であれば、生活する中で自分の思い通りにならないことがあると理解させられる瞬間があるだろう。でもエイミィはそんな思いをしたことがない。彼女にとって両親にねだったことは全てかなえられるべきものなのだから。
 今までずっとそう育てられてきて、いきなりダメと言われても理解できるわけがないのに。



 〇▲◇



 婚約式の二週間前になって、フォークナー公爵家から豪華な封筒に入った招待状が届いた。
 お父様の書斎で渡されて招待状を読んだところ、王宮内にある神殿で神に婚約を誓う式典だという。アラムス国側の出席者も百名以上来るとあって、想像していたよりも大規模な婚約式になるようだった。
 こんな式典にわたしが出てもいいのかと気後れしてしまう。

「盛大ですこと……ねえ、あなた、エイミィも……」
「何を言っている、そんな失礼なことができるわけがない」

 横から招待状を見たお母様はハンカチで目頭を押さえ、お父様は顔をしかめていた。

「ジェシカは何とも思わないの? 置いて行かれるエイミィの気持ちがわからないのね」
「……」

 行きたくて行くわけではないのにお母様からそう言われて、わたしは多分腹を立てていたのだと思う。でも言い返すとさらに文句を言われる気がして、ただ黙ってうつむくしかなかった。

「どうしてこんなに思いやりのない子になったのかしら。エイミィは毎日泣いているのよ? 意地悪をして妹を泣かせるなんて……」
「いつまで言っているんだ、もうやめないか!」

 わたしを責め続けるお母様をお父様が止めてくれたのは意外だった。

「だってあなた、上級貴族とのお付き合いはエイミィにもいい勉強になるでしょう? それをこの子は独り占めするつもりなのよ?」

 お母様は納得がいかない様子で、涙を溜めた目でわたしを睨んでいる。

「この招待状は、シェリーズ家あてになっていますから……当主であるお父様がフォークナー公爵家に、エイミィを招待するようお願いしてみてはどうでしょうか」

 かすれた声で提案するのがわたしには精一杯だった。

 両親は何か苦いものを飲み込んだような顔をしていた。





 その日の午後、シェーラはいつもの無表情でわたしを呼んだ。

「ジェシカ様、オーウェン・フォークナー様がいらっしゃいました」
「……え?」

 突然の訪問に戸惑ったわたしは間抜けな顔をしていたと思う。

「どうなさったのかしら」
「ジェシカ様にお会いになりたいのでは?」

 シェーラが冗談を言っているようには見えなかった。でも会いに来ただけとは思えなくて、わたしは小さく首を横に振った。

「たぶん……何かあったのよ」

 まるで人が変わったみたいに冷たい目をして、君よりもっと良い人と出席することになったから遠慮してもらえないか――などと言われるのかもしれない。

 オーウェン様が急にそんな態度をとったとしてもわたしは驚かないだろう。血のつながった家族でさえそうなのだから。

 小さな頃は華やかな世界に憧れていたけれど、いつしか自分はそういう場にふさわしい人間ではないと感じるようになった。誰かと比べられるだけの存在なら――最初からいないほうがいい。

 何とも言いようのない沈んだ気分になっていたら、部屋のドアがノックされた。

「失礼いたします、ジェシカ様」

 ドアを開けたのはクロードだった。その後ろにはオーウェン様の姿が見える。

「ジェシカ、招待状はもう届いたかい?」

 部屋に入るなり屈託のない笑顔で問われ、わたしは「はい」と小声で返事をした。

「……とても盛大な式典のようで、驚いています」
「あれは国王陛下の見栄だよ。アラムスにあなどられたくなくて、どんどん規模が大きくなったらしい。陛下の姪と言ってもかなりの遠縁だし、普通はここまでしないよ」

 オーウェン様は苦笑して椅子に腰かける。

「あ、そうだ、それでちょっと申し訳ないんだけど……」

 気遣うようなオーウェン様の言葉にわたしは身構えた。
 次には『別の人と一緒に行くから――』と言われるのだ。

「当日は、来賓のために早い時間から王宮で待機しなくてはいけないんだ。ウィルも母上と同行することになって、ジェシカを迎えに行けなくなってしまった……。私がお願いしたというのに、すまない。別の者に迎えに来させても構わないか?」

 シュンとした顔をするオーウェン様。
 彼が本当に申し訳ないと思っているのが伝わってきて、わたしは自分を恥じると同時にずっと感じていた疑問を口にした。

「あの……そもそも、わたしが行ってもいいのでしょうか……」
「えっ、もちろんだよ」

 オーウェン様は目をひとまわり大きくして驚いている。

「招待状を王宮の門番に見せれば、すぐに案内されるようになっているんだ。何も心配いらないよ」

 そういう意味で聞いたのではないけれど、来ないでくれと言われなかったことにわたしはどこかホッとしていた。

「それから、近いうちに仕立屋がドレスをこちらへ持ってくるそうだ。直すところがなければそのまま納めさせてほしいと」

 ぞくりと鳥肌が立つのが分かった。
 何だか嫌な予感がする。ドレスを作っていただいたのはとてもありがたいことだというのに。

「ジェシカ?」

 オーウェン様は動揺しているわたしに心配そうな顔を向ける。

「……オーウェン様、できる限り納品は遅めにしてください。婚約式当日でもいいので」
「と、当日は無理じゃないかな……直しがあったら大変らしいよ」

 予想外のお願いだったのか、オーウェン様は困惑した顔になった。

「一応、仕立屋にはそう言っておくけど」
「ありがとうございます」

 これで少しは安心できる……と思ったその時、シェーラがカツカツ歩いて部屋のドアをバッと開けた。

「何かご用でしょうか? エイミィ様」

 ドアのすぐ近くにはエイミィと、少し離れた場所にお母様が立っていた。
 不意を突かれたのか二人とも気の抜けた表情をしていたけれど、一瞬でお客様向けの笑顔になったのは素直にすごいと思った。

 というよりも、なぜそこにいるのかしら……。

「あ、あの……ちょっとご挨拶に、ね」

 お母様が歯切れの悪い言い方をする。

「オーウェン様! わたくしを招待してくださいませ!」

 エイミィの甲高い声を聞いて、オーウェン様は椅子から優雅に立ち上がった。

「……ジェシカの妹だったね。今回は、君は誘えないんだ。もう少し大きくなって、君にふさわしい相手が見つかればいいんだけど」

 子供をあやすようなオーウェン様の言い方が不満だったのか、エイミィは頬を膨らませる。

「どうして? お姉様と婚約されたわけではないのでしょう?」
「それはまあ、そうだが……」

 わたしはまたエイミィがオーウェン様に失礼なことを言うのではないかとハラハラしていた。

「お姉様はとっても意地悪で、いつもわたくしをないがしろにするの。今回のことだって……わたくしには何も教えてくださらなかったのよ!」

 涙をポロポロこぼしてエイミィは叫んだ。悲しみに震える声と潤んだ薄紫ラベンダーの瞳は痛ましく、多くの同情を誘うだろう。

 胸の奥が苦しくなるのを感じた。
 オーウェン様は妹をないがしろにするような人間は信用できない、と言うかもしれない。

 思わずうつむいたわたしの前で、エイミィはオーウェン様に近付いていく。

「だからオーウェン様、お姉様ではなく、わたくしと一緒に――」
「すまないが、この話は終わりだ。君が来る必要はない」

 オーウェン様は低い声でエイミィの言葉を遮るとわたしの方へ歩いてきた。険しい顔をしていたので叱責されるのだと思い、わたしは身を固くした。

 オーウェン様はぐっと顔を寄せて、素早くわたしに耳打ちする。

「ジェシカ、君の妹は少し変わっているね?」

 何を言われたのか理解した瞬間、カーッと顔が赤くなるのがわかった。

「申し訳、ありません……」
「君が謝る必要はない。私も気に留めておくから。……それと」

 目だけをエイミィの方へ動かして、オーウェン様は口角を上げた。

「口が堅いことは美徳のひとつだよ」
「……はい」
「では、また。婚約式で会えるのを楽しみにしている」

 彫刻よりもずっと爽やかな微笑みを残し、オーウェン様は部屋を出て行った。



 お母様とエイミィが慌てて後を追いかけていったけれど、彼が振り返ることはなかった――とお茶の時間になってシェーラが教えてくれた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?

パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。 侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。 「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」 これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

【完結済み】妹の婚約者に、恋をした

鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。 刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。 可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。 無事完結しました。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

【完結】女王と婚約破棄して義妹を選んだ公爵には、痛い目を見てもらいます。女王の私は田舎でのんびりするので、よろしくお願いしますね。

五月ふう
恋愛
「シアラ。お前とは婚約破棄させてもらう。」 オークリィ公爵がシアラ女王に婚約破棄を要求したのは、結婚式の一週間前のことだった。 シアラからオークリィを奪ったのは、妹のボニー。彼女はシアラが苦しんでいる姿を見て、楽しそうに笑う。 ここは南の小国ルカドル国。シアラは御年25歳。 彼女には前世の記憶があった。 (どうなってるのよ?!)   ルカドル国は現在、崩壊の危機にある。女王にも関わらず、彼女に使える使用人は二人だけ。賃金が払えないからと、他のものは皆解雇されていた。 (貧乏女王に転生するなんて、、、。) 婚約破棄された女王シアラは、頭を抱えた。前世で散々な目にあった彼女は、今回こそは幸せになりたいと強く望んでいる。 (ひどすぎるよ、、、神様。金髪碧眼の、誰からも愛されるお姫様に転生させてって言ったじゃないですか、、、。) 幸せになれなかった前世の分を取り返すため、女王シアラは全力でのんびりしようと心に決めた。 最低な元婚約者も、継妹も知ったこっちゃない。 (もう婚約破棄なんてされずに、幸せに過ごすんだーー。)

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

処理中です...