永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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13.襲撃

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『ジェシカの妹、なんか変だね』

 レイも昔、オーウェン様と同じことを言っていた。
 わたしもエイミィといると、変……というか嫌だなと思うことがよくあった。でも当時はうまく言葉にすることができなかったから、それを聞いて救われたような気がした。

『だって、ジェシカよりワタクシといる方が楽しいはずって言うんだよ。けど、それを決めるのは僕なんじゃないのかなぁ』

 自分がいるだけで笑顔になる両親を見続けていれば、彼女がそう思うようになるのも無理はない。
 わたしはエイミィが羨ましかった。みんなを笑顔にすることができる彼女になりたくてたまらなかった。


 オーウェン様の言葉で顔が赤くなったのは、昔のようにわかってもらって嬉しかったのか、エイミィの行動を恥ずかしく思ったのか、それともその両方だったのか――



 〇▲◇



 その日、午前中に仕立屋の人が来てドレスの試着をした。

「ああ、これなら、直さなくても大丈夫です。ええ、可能な限り遅く、と言われたのですが、直しがあった場合を、考えますと、うん、三日は、欲しいですからねぇ……」

 職人の年配の女性はブツブツ喋る人で、鋭い目をしながら何度もわたしの周りをグルグル回るのが少し怖かった。
 けれどドレスはとても着心地が良く、彼女の腕の良さを感じた。爽やかな薄緑色の布は金糸で細かく刺繡されていて、上流階級の方々はこんな高価そうな生地を使うのかと驚かされた。


 職人の女性が帰るなりシェーラが手早くドレスを片付けて、あと三日ですねとわたしに言ったのを覚えている。

 まだ三日あると油断したわけではない。
 シェーラがお茶の葉を補充すると言って部屋を出て行ったのも、特におかしいことではなかったと思う。

 ――その直後、ノックもなくドアが開いた音がして。

 振り返るのと同時に、後頭部に硬い物がぶつかった痛みがあった。

 床に倒れ込む寸前、従僕のティムの声で「ごめんなさい、ごめんなさい」とつぶやいているのが聞こえた。あまりの痛みに気を失いそうになりながら、わたしは必死に意識をつなぎ止めていた。

 ティムは真面目な少年だと思っていた。薪割りや水汲みなど、冬場に人がやりたがらない仕事をしているところを何度も見かけたから。……きっと何か事情があって……こんなことを……。

「ちゃんと殴ったの?」

 エイミィの鋭い声が飛んできた。
 彼女のこんな声は今まで聞いたことがない。一瞬エイミィではないのかもしれないと疑ったほどだ。

「は、はい」
「この前アンタにつかまれた腕、アザになっているのよ。お父様に見せたらアンタなんかすぐにクビにできるんだからね?」
「……すみません」
「じゃあグズグズしないで、すぐお姉様を縛って。……ああ、その前に」

 わたしの胸元で誰かの手がゴソゴソ動き、青い石の首飾りが取り出される感覚があった。

「何を着けているのか気になっていたのよね。……珍しい宝石だわ。これもオーウェン様からの贈り物かしら」

 わたしの髪を引っ張り、強引に首飾りを外したエイミィの声は嬉しそうだった。

「あ、あの……人から贈られた物を取るのは、やめたほうが……」
「あら、オーウェン様だってわたくしが着けた方が喜ぶに決まっているわ」

 止めようとしたティムに向かって、エイミィは自信たっぷりに答えた。ティムがエイミィを諌めるのはすごく勇気がいったはずだ。やはり彼は悪い人間ではないと思った。

 返して――と声を出そうとしたけれど、身体が少しも動かない。

 知らないうちに歯を食いしばっていたのか唇を強く噛んでいて、切れた口の端から血が流れ落ちていくのを感じた。けれど血が出たことよりも、エイミィが五年前に『汚い』とののしったあの石を覚えていなかったことの方がわたしには衝撃だった。

「縛ったら運ぶのよ、ほら、早く!」

 エイミィの言うままにわたしを担ぎ上げるティムの手は、ブルブルと震えていた。





「――お姉さま、生きてる?」

 声が聞こえて目を覚ますと、錆びた鉄格子の向こうに鈍く光るエイミィの金髪が見えた。ランプの明かりが暗くて表情がよくわからない。

 いつの間にか意識を失ってしまっていた。
 目の前にはひどく汚れた石の床があり、肩がヒヤリと冷たい。わたしは横向きに倒れているようだった。
 立ち上がろうとしても腕が背中に回してあって、思うように動かない。

 ぼうっとした頭でランプの光を見つめる。
 あのランプがないと何も見えないくらいの暗さだけれど、もう夜になったのかしら……。

「目が覚めたみたいね。こんな場所、お姉様はご存知なかったでしょう? ひいお爺様の代まで使われていた地下牢なのよ。昔は、悪いことをした使用人を閉じ込めていたんですって」

 うふふ、と楽しそうな笑い声が響く。

「ここのことは誰も知らないから、お姉様はきっと見つからないわ。だからわたくしが代わりに婚約式に行ってあげる」

 よどんだ空気の中でランプの火がわずかに揺れて、一瞬だけ見えたエイミィの顔は恐ろしいほど歪んでいた。

「シェーラをクビにして追い出せば、お姉様を助けてくれる人はいなくなるわね。……ねえ、悔しい?」

 返事はできなかった。口が布で覆われていて声が出せず、腕が縛られていて布を取ることもできない状態になっていた。

「……泣かないの? つまらないわ。ねえ、これがここの鍵なんだけど、見える?」

 ランプで照らされた手には大きな黒い鍵が握られている。
 伸びた手の影が素早く動いたと思ったら、カチャ、カチャンと金属が石に当たった音が連続して聞こえてきた。
 鍵をどこかに投げ捨てたようだ。

「あははは! 鍵が無くなっちゃった! もう開けられないわ!」

 何が面白いのか、エイミィは大きな声を上げて笑う。

「……後のことは心配しなくていいのよ? お姉様のことなんて、誰も覚えていないのだから」

 靴音と共にランプの明かりが遠ざかっていき、ぼやけた影がユラユラ揺れた。

「さようなら、お姉様」

 石の壁に反響する声は、まるでわたしの頭の中で響いているように感じた。
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