永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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17.シェーラ③

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 そんなある日、事件が起きました。
 どこかの侯爵家の夫人が、同じくらいの年齢のジェシカ様なら遊び相手に良いのではないかと言って息子を連れてきたのです。奥様はその侯爵夫人とは面識がなかったらしく、お屋敷が少しざわついていました。
 普通はそういうことはないそうですので、侯爵夫人にも何か事情があったのかもしれません。

 このようにして連れてこられる子はいわゆる問題児に違いないと頭が痛くなりましたが、予想に反して可愛らしい顔をしていて、物腰が柔らかく礼儀正しい子のようでした。これならジェシカ様と遊ばせても問題なさそうです。

 実際、ジェシカ様と二人で過ごしている様子はとても穏やかで、仲睦まじいというよりもまるで本当の兄妹のような雰囲気がありました。物陰に隠れてじっくり観察したところ、どうも男の子のほうがジェシカ様にご執心な様子も見てとれます。
 その後彼は頻繁にお屋敷を訪れるようになりました。

 そうなるとやはりというか何というか、奥様がその男の子はエイミィと遊ばせるべきだと言い出しました。エイミィがジェシカ様から友人を奪おうとしているのだと私は思いました。

 何といっても彼は侯爵家のご令息です。私にはよくわかりませんが、その家はかなり由緒正しい……いわゆる「良い家」らしいのです。エイミィが彼を欲しがったとしても不思議ではありません。

「お断りするわ。この子は身体が弱いから、おとなしい子と遊ばせたいの」

 侯爵夫人は奥様に大きな声でそう答えました。

 はっきりした拒絶の言葉に、私の心の中では良く言ったと拍手喝采が鳴り止みませんでした。
 それに対して奥様が小さな声で「でも……」と何かを言いかけていましたが、

「まあーあなた、あたくしの息子に子守りをしろとおっしゃるの?」

 信じられない、あきれた、そんな感じの侯爵夫人の声が響くと、奥様は顔を青くしていました。

 あの奥様がエイミィに関する要求を抑えることもあるのだと、私はこの時初めて知りました。
 貴族にとって序列は絶対だとは聞いていましたが、こうして目の当たりにするまでそれがどういう意味なのか私はわかっていませんでした。

 残念ながらその男の子は三年足らずで王都を去ることになります。けれど格上の貴族が絡めばジェシカ様を守ることができる、という確信を得られたのは私にとって収穫でした。



 〇▲◇



 ジェシカ様は十五歳になり、花が咲き誇るように美しくなられました。未だに甘ったれたお子様をやっているエイミィとは気品が比べものになりません。お世話をしている私も鼻が高くなるというものです。

 使用人や下級貴族の令息の視線を私の凍てつくオーラで弾き飛ばしながら、ジェシカ様にふさわしい男はいないのかと目を血走らせる日々でした。そしてついにジェシカ様宛てに求婚の手紙が送られてきたのです。

 エイミィによって破られたその手紙を貼り合わせてみると『レイモンド・ラスタヒュース』と署名があり、四年前に引っ越して行った男の子の家だとすぐにわかりました。
 あの侯爵家の令息がお年頃になってジェシカ様に求婚しようとしているのだと思って、私は嬉しさのあまり小躍りしたほどです。

 おそらくエイミィはジェシカ様が先に結婚するのが気に入らないのでしょう。でなければ人の手紙を破る必要があるとは思えません。



 ……ところがその後、すぐにフォークナー公爵家からも手紙が来てしまいました。
 ジェシカ様はモテるに違いないとは思っていましたが、お付き合いの時期が被るのは淑女として好ましくありません。悩ましいことです。

 それなのに旦那様は勘違いをしてジェシカ様に出て行けと言うではありませんか。親とは愚かなもの……とはいえ、こういう方向に愚かな親はちょっといないと思います。

 もしもの時は叔父さんの家でジェシカ様を匿うつもりだったので、私はあまり気にしていませんでした。叔父さんは自分の家にあまり帰っていませんし、空き部屋もたくさんありますから。
 ジェシカ様はあの親と距離を置くことが必要なのかもしれません。侍女の私に青い顔をして謝るジェシカ様は、初めてお会いした時とそれほど変わっていないように見えました。



 〇▲◇



 ジェシカ様の邪魔をすることが難しくなってきたエイミィは、ついに本性を隠そうともしなくなったようです。

 その日は午前中に仕立屋の訪問があり、お疲れになったジェシカ様にお茶を淹れようとしたところ、茶葉が残り少なくなっていました。
 そもそも消耗品は毎朝確認しているのでいきなり減ることはありません。おかしいとは思いましたが、ないと困るのは確かなので私は茶葉を取りに行きました。

 おそらく私は油断していたのです。これについては深く反省しています。

 茶葉のある保管庫に入って数秒後、後ろでガチャッと音がしました。保管庫は外側から鍵をかける構造になっているため、基本的にドアを開けたまま入らなければならないのですが――そのドアが閉まっていたのです。
 やられた、と思いました。

 鍵がかけられていてドアノブは回らず、押しても引いてもドアは動きません。力いっぱいドアを叩き続けても、昼食作りに忙しいのか厨房の者が近付いて来る気配はありませんでした。

 無駄に頑丈なドアは蹴ったくらいでは壊れなさそうです。保管庫に窓はなく、何度か叫んでみても外まで聞こえていないようでした。



 小一時間程度たった頃でしょうか。
 ミシミシと床板がしなる音がして、保管庫のドアが突然開きました。

「あれ? シェーラさんか。どうしてここに?」

 料理人の大柄な男がぽかんとした顔で私を見ています。

「何者かにドアを閉められたのです」
「そりゃ災難だったなあ」

 料理人の男は私の怒りをサラッと流して周りをキョロキョロと見回しました。

「ところでティムの奴を見なかったか? 水汲み頼んでおいたのに、やってないんだ」
「見るわけがないでしょう! 私はここに閉じ込められていたんですよ」

 私は目を見開いて思い切り睨みつけていました。閉じ込められたのは私が油断していたせいでもあるので、これは八つ当たりです。料理人の男はヒエッと叫んで厨房へ逃げて行きました。助けてもらったのに申し訳ないことをしたと思っています。





 急いでジェシカ様の部屋へ戻るとジェシカ様がいません。嫌な予感がしてクローゼットを開けると、しまってあったはずのドレスが消えています。なぜか今の季節には使わない火かき棒が床に転がっていて、先端にはうっすら血が付いていました。

 あまりのことに何も考えられず座り込んでいたら、叔父さんが音をたてないようにドアを開けて入ってきました。私と目が合った叔父さんは声を抑えて驚いているようでした。

「シェーラ! どこへ行ってたんだ」
「叔父さん……ジェシカ様は……」
「ここじゃ危ない、俺の部屋に移動しよう」

 私の腕をつかんで立ち上がらせた後、廊下に誰もいないことを確認してそっと部屋を出て行く叔父さんの様子を見て、これは絶対に何かあったのだと確信した私はただついて行くしかありませんでした。






「先手を取られたな……」

 叔父さんの目には悔しさが滲んでいます。

「お前をクビにすると旦那様から言われた。おそらくエイミィが頼んだんだ」
「……ジェシカ様はどこへ?」

 私の質問に叔父さんは辛そうな表情で首を横に振りました。

「行方不明だと聞いている。旦那様は、それをお前のせいだと……」
「どういうことでしょう?」

 今とても許しがたい言葉を聞いたような気がします。

「旦那様は『シェーラがジェシカをさらっていくのをエイミィが見た』の一点張りだ。ジェシカ様を連れ出せそうなのがお前くらいだというのがあるんだろうが……」
「……」

 確かに、ジェシカ様に信頼されていてお屋敷から連れ出すことができるのは私を置いて他にいません。そこだけは認めてもいいです。

「いったい、誰がジェシカ様をさらったんだ……」

 打ちひしがれている叔父さんを見て私はますますイライラしました。ショックなのはわかりますが、悠長にしている時間はないのです。
 私がジェシカ様の部屋を出てからだいぶ時間がたっています。ジェシカ様がまだこのお屋敷に留まっている可能性がどれほどあるのか……。

 すでにクビになっているので、私はいったんお屋敷の外へ出たら戻ってくることができなくなります。それにもしジェシカ様がお屋敷の外に連れ出されていた場合、捜索範囲が広すぎて私の手には負えません。

 エイミィが単独でジェシカ様を言葉巧みに連れ出すことは難しいでしょう。これまでのエイミィの態度が悪すぎて、ジェシカ様がエイミィを信用するとは思えませんから。

 ただ……例えば、あの火かき棒でジェシカ様を殴ってどこかへ運んだとしたら。
 もちろんエイミィには殴ることも運ぶこともできないので、腕力のある協力者が必要ですが――

『ティムの奴を見なかったか? 水汲み頼んでおいたのに、やってないんだ』

 大柄な料理人の男の声が脳裏に浮かびました。
 ……水汲みをせずに、ティムは何をしていたんでしょうね。

「ティムは……」
「え?」
「叔父さん、ティムの部屋はどこですか」

 私は廊下に飛び出しそうになる自分を抑えるのに精一杯でした。





 身を隠しながら人のいない廊下を選んで移動し、ようやくティムに割り当てられている使用人部屋に駆け込むと、すでに彼の荷物はごっそりとなくなっていました。

「叔父さん! 馬車まで全速力です!」

 このタイミングで荷物がないということは、ティムが協力者に違いありません。
 乗合馬車に乗るには大通りまで出なくてはならないので、故郷へ帰る使用人は非番の御者にお金を渡して荷馬車を頼むことがよくあったのです。

 逃げられてしまうかもしれない――私の額には青筋が浮いていたことでしょう。

「お、お前、大丈夫なのか?」

 全力でダッシュしている私の隣で、叔父さんが息を切らして言います。

「何がです?」
「足、悪いんじゃないのか?」

 ああ、と納得しました。私がこの足のせいで走ることができないという話を叔父さんは覚えていたのです。

「おかげさまで治りました」

 治療のかいあって足はまっすぐになり、お医者様の見立て通り十八歳で補助具もいらなくなりました。今は無理をしなければ多少走っても問題ありません。

「で、でも、まだ補助具を、着けているじゃないか」

 広がったスカートのすそから足が見えていたようです。もう叔父さんは『はしたない』と言わないのかと残念な気持ちになりました。

「これは魔除まよけですよ」

 ……エイミィの侍女になれと再び命令される可能性もありましたので、保険のつもりで付けていたのです。

 私たちは建物の外へ飛び出して、そのまま馬車停めまで一気に走りました。





 大荷物を持って御者と話をしているティムを確保できたのは、運が良かったとしか思えません。まさに間一髪でした。

 逃げられないように私が荷物を押さえた瞬間、叔父さんはティムの横っ面を殴りました。

 彼は体を宙に浮かせたあと地面に叩きつけられ、砂埃すなぼこりの舞う中、文句を言いたそうな顔をしてこちらを見上げました。

「ク、クロード様!」

 旦那様付きの執事がいきなり現れたのが恐ろしかったのか、御者は完全にビビって逃げ出しました。
 自分を殴ったのが執事のクロードだと気付いたティムは青ざめています。

 以前話をした時には芯のある若者という印象だったのですが、彼には状況に流されやすいところがあるのかもしれません。思っていたよりもあっさりとジェシカ様の居場所を吐いてくれました。

「う、馬の飼い葉を保管している倉庫に、地下牢があるんです。百年くらい前からあるんだって、言ってました。入口の扉に鍵はないんですけど、地下牢の鍵は、エイミィ様しか持っていない、と思います……」

 ティムの実家は王都の近くにある寒村で、貧しい親が悪い金貸しからお金を借りて返せなくなり、妹が金貸しに売られることになったそうです。売るのをやめさせるにはお金が必要で……というよくあるお話でした。
 そんな時、エイミィに従えば借金分相当のお金を支払うと持ち掛けられ、どうしようもなかったのだと涙ながらにティムは訴えていました。

 理由がどうであれ勤務先の貴族の娘を拉致しその罪を私に着せたことは許せません。ジェシカ様を救出してからどんな罰をくれてやろうか――と頭から湯気を出していると、馬のひづめの音が近付いてくるのが聞こえてきました。

「レイモンドと申します! ジェシカ殿にお取次ぎ願いたい!」

 よく通る声と共に、見覚えのある白い髪と青い瞳の若者が、ひどく汚れた格好でお屋敷の門の前に現れたのです。
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