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05. ただの愚策
しおりを挟むあれだけ危惧していた食事の時間は呆気なく終わり、デザートの林檎が乗っていた皿を下げながら、わたしは小さく安堵の息を吐いた。
キッチンにある小窓から外を覗くと、商店の明かりが陽の落ちた街を照らしている。
このまま家を出て、助けを求めたら――
なんて淡い期待を、頭を振ってすぐに打ち消す。
無理だ。リスクが多すぎる。
「――どうかした?」
「ひぇっ!? あ、ああ……カイルさん」
突然後ろからかけられた声にわたしは飛び上がった。
考え事に集中しすぎていて全然気が付かなかった。
何を見ていたのか気になるのか、わたしの隣まで来るとカイルさんはさっきのわたしと同じように窓の外を覗き見た。
「……綺麗だね」
「そう、ですね。……えと、あの――」
窓の外を見るためとはいえ、近すぎる。
カイルさんにとってちょうどいい高さなのか、いつの間にかわたしの肩にも手が置かれていて身動きが取れない。彼の黒髪が頬をくすぐる。
困惑してカイルさんを見ると、苦笑を浮かべた後放してくれた。
「カティ、君さ……俺の――」
「ねーえ、お風呂沸いたよー」
「えっ!? シリルくんが沸かしてくれたの?」
「うん。カティ入ってきなよ」
「じゃ、ありがたく。ということなので、カイルさん」
シリルくんがお風呂を沸かしてくれてたことに感激しながらカイルさんを振り返ると、何故か一瞬シリルくんを睨んでいたように見えた。
次の瞬間には藍色の瞳を細めて柔らかい笑みを浮かべていたから、多分見間違いだと思うけど。
そろそろ帰ってほしいってことを察してくれて、カイルさんは自分の家に戻って行ってくれた。
シリルくんが沸かしてくれたお湯に浸かりながら体の力を抜く。
元々仕事続きで疲れていたのに加えての今回の騒動。
思ったより無理をしていたみたいだ。
張り詰めた糸が緩む瞬間を待っていたかのように襲ってきた眠気に身を任せたいけれど、今目を閉じたら二度と開けなくなる。確実に。
早めに上がろうと腰を浮かせたわたしに――天啓が降りた。
「お風呂に聖水を張ればいいんだっ!」
そうだ、そうしよう。
明日にでも実行に移そうと、うきうきした気持ちで体を拭いていた手がはたと止まる。
お風呂に張るだけの聖水を用意するには、かなりの金額がかかる。
ケチって普通の水と混ぜたとしても、効果はあるのだろうか。
そもそも、シリルくんが聖水だと気付かずに入浴してくれるのかどうかさえ分からない。
「……無理、かぁ」
冷静になればなるほど無謀さが浮き彫りになっていく。
さっきは天啓だと思ったけど、やっぱり寝ぼけた頭で考えただけの愚策だったみたいだ。
「上がったよー」
「大丈夫? 何か変だった?」
「えっ、いやいや完璧だったよ。シリルくんも入っておいで」
落ち込んで戻って来たわたしを、シリルくんが気遣うように見る。
ごめんよ。わたしはさっきまで君を聖水漬けにしようと考えていたんだよ。
罪悪感から目を合わせられないわたしをしばらく不審そうに見ていたけど、何も話す気がないと分かって大人しく浴室へと入って行った。
「……さて!」
この家にはベッドが一つしかない。
わたし一人で住んでいるのだから当然だ。
ちなみに、誰かが泊まりに来ることもないため、予備の布団なんてものもない。と、友達はそれなりにいるんだからね! 泊まりに来ることがないだけで……
今日はシリルくんにソファで寝てもらって――いやむしろわたしがソファで寝るとして、そしたらベッド周りを整えないと――……
ふらふらとした足取りでベッドまで移動したのを最後に、わたしの意識はそこで途切れた。
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