6 / 27
06. 意外といい子
しおりを挟むアリアナ先輩が優しく微笑んでくれている。
二人の間には、質の良い皿に盛られた美味しそうなフルコース料理。
――ああ、今日はお祝いか。
ぼんやりとそんなことを考えていたわたしに、アリアナ先輩が笑顔で温かいスープを勧めてきた。
スプーンを手に取りその黄金色の液体を掬う。
……掬う。
……あれ?
何度試してもスプーンから零れ落ちてしまうそれにやきもきする。
前を見ると、アリアナ先輩が美味しそうにスープを味わっていて、それが更にわたしを急かした。
「なんでなの……ああっ」
勢い余って振るった腕が当たり、グラスが倒れた。
テーブルから滴り落ちた炭酸水が絨毯に染み、淡いグレーから濃い色へと色を変えた。
床に向けていた視線を上げると、今までにこにこしていたアリアナ先輩が何の表情も乗せずにこちらを見つめていた。
「カティ、何故貴方は****なのかしら」
「せ、先輩……?」
何を言われたかは分からないけれど、何か良くないことだってことは分かる。
わたしが戸惑っている間も、アリアナ先輩は何かを呟き続けていて、不意にその瞳から涙が溢れた。
無表情のまま涙を流すその姿はいつものアリアナ先輩とはかけ離れていて、恐怖すら感じる。
「――どうして……どうしてなのかしら…………可哀想なカティ」
その言葉がはっきりと聞き取れた瞬間、わたしは悲鳴を上げて飛び起きていた。
キッチンの方からカチャカチャ物音が聞こえる。
泥棒? なんてまだはっきりしない頭に思い浮かんだけど、寝惚けた目を擦ってよく見るとシリルくんの後ろ姿が見えて警戒を解いた。
昨日の記憶が途中までしか思い出せないけど、どうやらベッド周りを片付けようとしてそのまま眠ってしまったみたいだ。
掛け布団が掛かってたから、もしかしたらシリルくんが掛けてくれたのかもしれない。
「――あ、おはよう、カティ」
「おはよう」
「紅茶でいい? パンとスープにしたんだけど」
「え、あ……うん」
顔を洗いに行こうと立ち上がると、気配に気付いたシリルくんが振り向いた。
テーブルの上には二人分の朝食が用意されていて、思わず感心する。
いい子だ。昨日のお風呂といい、これといい……めっちゃいい子。
「シリルくんって本当に悪魔なの?」
「そうだけど?」
ですよねー。
向かい合って朝食を食べながら聞くとあっさり返事が返って来て、何かの間違いなんじゃないか、なんて淡い期待は敢え無く崩れ去った。
いい子すぎて本当に悪魔なのか不安になったんだもん。いや、いい子に越したことないんだけどさ。
「悪魔って皆シリルくんみたいに落ち着いてるの? わたし、祓われる瞬間しか知らないから暴れてる印象が強くて」
「うーん、個体差があるからね。僕はクラムの中にいたときに人間についていろいろ学んだけど、下級のになると言葉も通じなかったりするしね」
「そうなの?」
「うん。……もしかして他の悪魔とも話し合いで解決、とか考えてるならダメだよ。油断したら殺されるからね」
「え、うん。分かった」
わたしの返事に満足気に頷いたシリルくん。
もしかして今、心配してくれた、んだよね……?
本来祓うべき悪魔に諭されるエクソシストなんて前代未聞だろうけど、大人しく従っておく。命は大事だ。
「そういえば、シリルくん昨日どこで寝たの?」
「ベッドだけど?」
「え……一緒に?」
「うん。一緒に」
……なんということでしょう。
あれだけ警戒していて一緒のベッドでぐっすりって、何してんだわたし。
言葉に詰まったわたしに少し不機嫌になったシリルくんが「何もしてないから」と呟いた。
「……シリルくんさ、本っ当に何もする気ないんだよね?」
「うん」
「…………分かった。信用する」
念を押した言葉にも真剣な顔で頷いたシリルくんに、わたしも腹を決めることにした。
シリルくんは悪魔だけど、優しくて家事ができて敵の心配までしてくれる――変わった悪魔なんだ。
「そんじゃ、この後買い物行こっか。服とかいろいろ必要でしょ?」
「え?」
「シリルくんの着替えとかないし。ベッドだって買わないと」
「いや、僕はカティと一緒でも」
「だめだめ。わたしのベッドは一人用なの!」
「はぁい」
一緒に寝るのを拒否したら少しむくれていたけど、心なしか嬉しそうだ。やっぱり毎日同じ服は嫌だったんだね。
それにしても結構大きな出費だよね、これ。
最近忙しくてお金使ってなかったし、それだけは不幸中の幸いかな。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる