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第2話 初めての経験
しおりを挟むあのあと王城からの使者だという人たちがやって来て、村から乗って来たのとは別の……もの凄く立派な馬車に俺たちは詰め込まれた。
城に着いてからは武器なんかを取り上げられたあと、リュカと別の部屋に通され、待機していた使用人たちに着ていた服をひん剥かれたかと思えば、あれよあれよという間に香り付きの湯で全身ガシガシと洗われ、着たこともないような豪華な服を着せられた。
人生で1番清潔になったとは思うが、それと同時に人間としての尊厳をなくした気がする。
それにこの服、生地が良すぎてカッチリしてて動き辛い。
袖に付いてるフリフリの余分な布を脇とかに持っていって、もう少し動きやすくして欲しいものだ。
髪もよく分からない油で撫で付けられ、ようやく彼らに合格をもらえたらしい俺は控え室のような部屋に案内された。
「カイ兄ちゃん、かっこいい!」
先に到着していたらしいリュカがソファから駆け寄って来た。
可愛い弟に褒められて満更でもない俺は、腰に手を当ててよく分からないポージングをとってみる。
俺を案内して来た人に横から白けた視線を向けられてすぐ止めたが。
リュカは着て来たままの服だから、俺のあげた服は貴族のお眼鏡にもかなったのだろう。
2人でソファに座るよう促されて、やっとひと心地つく。
これまで何の説明もなくあれこれされて訳が分からなかったのだ。
芳醇な香りのする紅茶を勧められるままに飲み、傍に立ったままの男に説明を求める視線を向けた。
「お二人にはこれから陛下と顔合わせして頂きます」
「は……え、……陛下……?」
「はい。ダンクレスト国国王、ブルクハルト陛下です。リュカ様のスキルの件でお話したいことがあると」
ひゅっと喉から空気が漏れた。
リュカを見ても、呆気に取られているのか男を見上げているだけで何も言葉を発さない。
男は呆然とする俺たちなど気にした様子もなく、ポケットから懐中時計を取り出すと「時間です」とのたまった。
「謁見の間へと移動します。くれぐれも、変な気は起こしませんよう」
廊下に一定間隔に配置された騎士たちに見張られながら、男の後ろを歩く。
不安がるリュカの手をぎゅっと握り締めて、震えそうになる足を必死に動かした。
実際は一分程なのだろうが、体感時間は一時間ともとれる長い道のりを移動すると開けたホールに出た。
膝をつき、教えられた礼をすると、豪華な服を着込んだ男たちの中央、一際絢爛な椅子に腰掛ける壮年の男に顔を上げるように言われた。
「カイ・クラウゼン、リュカ・クラウゼン。よくぞ参った。そう畏まらずともよい。楽にせよ」
「は、はあ」
一挙手一投足を見張られているこの針のむしろのような状況で畏まるなというのは何かのジョークなのだろうか。
曖昧な返事しか出来なかった俺に何故か満足げに頷くと、王様はリュカを真っ直ぐ見つめた。
「リュカ・クラウゼンよ、そなたに【勇者】のスキルが出た。三年前、魔王が復活してから我が国――いや全世界が探し求めた存在だ。……この意味分かるな?」
「お、お待ち下さい! 恐れながら、弟はこの方剣も持ったこともありませんっ。おそらく【男者】か何かの間違いではないかと……!」
「ぶ、無礼者っ! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
王様の横に控えていた大臣らしき男が声を上げた。
咄嗟とはいえ、自分でも何を言ってるんだと思うが、リュカが世界を救う【勇者】だなんて突然言われても信じられなかったのだ。
激昴する男を王様は視線で黙らせると、鋭い視線を緩めて俺を見た。
「カイ・クラウゼン。報告によるとそなた【鑑定】が使えるのであろう? ならば自身の目で確認してみてはどうだ?」
「か、【鑑定】を人に……? そんなことが出来るんですか?」
「なんだ、知らんのか。物だけでなく人や魔物にだって使える。スキルや得意な魔法属性くらいなら分かるぞ」
生き物に使うってことを考えたことがなかったから分からなかったが、こう聞くと【鑑定】って結構凄いスキルなんじゃないのか……?
王様の指摘を受け、半信半疑で隣にいるリュカに【鑑定】をかけてみる。
「…………【勇者】」
その鑑定結果に紛うことなき【勇者】の文字を見つけ、俺は呆然と口の中で呟いた。
「その様子だと出来たようだな。【鑑定】持ちは有用だ。よければ我が元で働かぬか?」
「お、俺は……」
「返事はすぐでなくてよい。……リュカ・クラウゼン。そなたには【聖女】らを連れて魔王城を目指してもらう。三日後出発式に出席したのち、出発だ」
「み、三日!? せめてもう少し、手が剣に馴染むまではっ」
突然の採用の申し出に言葉に詰まるが、リュカのことに話が戻るとそうも言ってられない。
旅に出るのは避けられないとしても、それまでの期間があまりにも短か過ぎる。
緊張しているのか、膝をついて俯いたままのリュカを庇うように声を上げると、大臣がまた鋭い視線を向けてきた。
「では七日。それ以上は待てぬ。……突然のことで困惑するのも無理はないが、我らは【勇者】に縋るしかないのだ。リュカよ、やってくれるな?」
「…………はい」
本当に小さく、消え入るように頷いたリュカ。
その体が細かく震えているのに気付いた俺は、全身の血液がカッと頭に上った気がした。
「お、王様! 先程の申し出、せっかくですが辞退させていただきます!」
「ほう……何故だ?」
「俺はリュカの兄です! 俺も旅に同行し、弟を少しでも助けたいと思いますっ」
「でも……兄ちゃんっ…………」
俺の宣誓を聞き、やっと顔を上げたリュカは、信じられないとばかりに目を見開いていた。
「リュカ、お前だけに大変な思いはさせない。一緒に頑張ろうな」
「――うん……うんっ!」
子供特有の大きな瞳から、堰を切ったように涙が零れ落ちる。
小さな体を抱きしめる俺の視界の隅で、王様が大臣に何事かを囁いた。
大臣が頷き、静かに離れて行く。
「ではリュカ、カイよ。わしから騎士団長に話をつけておく。早速明日から闘い方を習うとよい。剣や防具についてもいくつか手配して、使いやすい物を選べるようにしておく。わしらに出来るサポートは惜しまぬつもりだ。遠慮せずに申せよ」
「はい。ありがとうございます!」
「共に旅する者たちも明日には紹介出来ると思うでな。今日は長旅で疲れたであろう。食事の準備が整うまで、部屋でゆるりと休むがよい」
最後に少しだけ目元を和らげた王様がそう告げると、さっき俺たちを案内した使用人の男がやって来て、俺の家よりも広い部屋に通された。
ベッドはひとつしかないけど、二人で寝るには充分な広さ――というか下手したら五人くらい寝れそうだ。
「ご用がございましたらこちらのベルをお鳴らしください。ちなみに、扉の外には常に騎士が待機しておりますので悪しからず」
「…………」
俺たちの返事も聞かず、パタンと扉を閉めて退室していった使用人。
悪しからずとは言っていたが、「見張っているぞ、逃げるなよ」との含みがありありと感じとれて気分が悪い。
(なんだあれ。態度悪ぃなあ)
幼い弟の手前汚い言葉も吐けず、もごもごと口の中で悪態をついていると、当のリュカは閉まった扉に向けて舌を出しているところだった。
「リュカ……お前なあ」
「……へへっ」
俺にバレると思っていなかったのか、恥ずかしそうに視線を逸らして笑うリュカが可愛い。
くさくさしてたことなんて一瞬で忘れるくらい可愛い。
(俺が、しっかり守らないと)
小さい体をぎゅっと抱きしめて、そう覚悟を決める。
去年病気で母が死んだときにも思ったことが、俺は冒険者として村を守った父の代わりにこいつを守っていく。
村にいるときより随分ハードルが上がったが、その決意をこの先違うことはない。
泣いて真っ赤になったリュカの目を濡らしたタオルで冷やしたりしていると、あっという間に時間が経っていたようで例の男が迎えに来た。
十人は座れそうなテーブルに置かれていた夕食はとても豪勢で美味かったが、周りに見張られながらの食事は気が休まらなかった。
無駄に疲れる湯浴みも済ませ、広いベッドにリュカと一緒に横になる。
長旅でただでさえ疲れていたのに、色々なことが起こって体力的にも精神的にも限界だ。
このいかにも高級な、ふわふわとした布団が眠気に拍車をかけてくる。
このまま溶けてしまいそうだなんて考えていたら、横から小さく俺を呼ぶ声が聞こえた。
「兄ちゃん」
「んー?」
「料理、美味しかったね」
「おー」
確かに美味かった。
どれも食べたことないような料理ばかりで、もう一度食べたいと思っても名前が分からずリクエスト出来ないのが残念だが。
「けど兄ちゃんのオススメのお店、行きたかったなあ」
そういえばそんな会話してたなあ、なんてたった数時間前のことなのに、随分昔のことのように思える。
「全部終わったら行こうな。魔王倒して……世界救って食う飯は格別だろうな」
「うん、楽しみ」
「おー。楽しみは最後までとっとくもんだぜー」
ふあ、とあくびを噛み締める。
やばい。目がくっつきそうだ。
「兄ちゃん」
「…………ん、あー?」
「…………ありがとう」
なに言ってんだ。
子供は大人しく大人に守られとくもんなんだぜ。
そう言って励ましたいのに、とっくに限界を迎えた眠気で一言も話せない。
重力に従い全身が沈んでいく感覚を感じながら、ついに俺は意識を手放した。
「カイ兄ちゃん…………――大好き」
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