俺の可愛い弟が【勇者】だった

鈴花

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第5話 影の努力

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 大臣が王子を連れて行ったことで、やっと解放された俺はリュカと部屋に戻って来ていた。
 せっかく早速特訓しようと意気込んでいたのに、出発式に着るための服がどうとかで仕立て屋がやって来るらしい。
 どうせ上から黒竜の鱗で作った軽鎧を着るのだから、わざわざ新しく仕立てる必要なんてないと思うのだが、みすぼらしい格好をしていたら国の威厳がどうとかで頑として譲られなかった。
 例え外から見えない服がみすぼらしかったとしても、装備が国家予算なんだからむしろ”そういうデザインの服”で通りそうな気がする。ていうか俺の服捨てられてないよな?
 まあ、せっかくだから色々注文つけて、レースや刺繍のないシンプルな動きやすい服を作ってもらおう。

「……あ。そういえばゲオルグは侯爵なんだったら領地経営とかどうすんのかな?」

 結局あの後タイミングを逃して聞けなかったが、領を治める貴族が旅に出て大丈夫なのだろうか。
 そもそも騎士団の副団長と兼業してたとか大変そうだな、なんて一人で唸っていると、リュカが袖を引いて言い難そうに口を開いた。

「兄ちゃん、兄ちゃん。ゲオルグさんは侯爵様じゃないよ。侯爵様はゲオルグさんの父さんで、ゲオルグさんは三男」
「そうなのか!?」
「うん。ちなみにヨハンさんは伯爵家の次男だよ」
「ええっ? 貴族ばっかかよ! つーか侯爵家と伯爵家ってどっちが偉いんだっけ……?」
「侯爵家だよ。でもゲオルグさんは副団長でヨハンさんは魔導師長だから――」
「あー? んー……分かんね。まあ、本人が身分関係なくって言ってたし、別に気にしなくていっか」

 アンジュも男爵家に引き取られたとか言ってたし、俺とリュカ以外全員貴族だという事実に驚く。
 リュカがなんで彼らのことを詳しく知っているのかという疑問が沸くが、きっと騎士団長に聞いたかどうかしたのだろうと追及しないようにした。
 あまり干渉し過ぎて嫌われたら辛い。辛すぎる。

「みんな癖が強かったけど大丈夫か? 仲良く出来そうか?」
「うんっ! それに僕は兄ちゃんがいてくれたらそれで充分だから」
「ははっ、リュカは可愛いなあ。でも何かあったら言えよ? 兄ちゃんが助けてやるからな!」
「はぁい」

 リュカの頭をガシガシ撫でているとデニスがやって来て、俺たちは仕立て屋のいる部屋に移動することにした。

「リュカはどんな服作ってもらうんだ?」
「……本当は兄ちゃんがくれた服で出席したいんだけど、何か作らないとダメなら藍色で、似たようなのがいいなぁ」
「気に入ってくれてるのは嬉しいが、どうせだったらいろんな服を着たリュカも見たいなあ」

 どんな服がいいか小声で話していると、前を歩くデニスがくるりと振り返り、「可能ですよ」と。

「本当っ? 嬉し――」
「もちろん、あなた様の着られていたボロ布もきちんと保管しておりますので、そちらで参加されても結構です」
「なっ!?」

 喜びの声を上げるリュカを遮って、デニスが冷たく言い放つ。

(ボロ布って……俺の服のことだよな)

 ここで着せられるようになった服と比べるまでもなく自分でもボロだと思うが、それを他人に言われるのは別だ。
 しかもデニスの瞳には、こちらを蔑むような悪意が灯っている。
 これは言い返してもいいよな、と判断した俺は、今にも噛み付かんばかりのリュカを止めて俺が口を開いたと同時に、第三者の声が割り入ってきた。

「へえ? ボロ布でいいなら、僕も出発式には楽な格好で参加しようかな」
「バラック様!? 執事長まで! こ、これは、私は……」
「デニス。お前には失望したよ。私の跡を継いでくれると思っていたのに」

 デニスの後ろにある角から出て来たのは、魔導師長のヨハンと、彼らとの顔合わせに案内してくれた使いのおじいちゃんだった。
 執事長と呼ばれたおじいちゃんは、俺たちに向けていた柔らかな眼差しが嘘のように、鋭い目でデニスを睨んでいる。
 彼らの登場で膝から崩れ落ちたデニスの様子に、出鼻をくじかれた俺は開いたままだった口を閉じた。
 
「ねえ、コンラート。こいつ捕まえておくから、他の人呼んで来てよ」
「はい。すぐに」

 ヨハンが小声で何か唱えると、デニスの下に魔法陣が現れた。
 それを見た執事長――コンラートは、老体とは思えない程の速さで他の人を呼びに行った。

「……ありがとう。助かった」
「ヨハンさん、ありがとう」

 動きだけでなく話すことまで制限されているのか、魔法陣の中でぱくぱくと口を動かすデニスを冷めた目で見下ろすヨハンに、俺は頭を下げた。
 俺的には言い返せなくて不完全燃焼感はあるが、ここは王城。
 結果として、貴族について何も知らない俺が騒ぎを起こすより、一番いい解決になったんじゃないかと思う。
 俺を追うようにしてリュカも隣で頭を下げる。
 ヨハンはそれを一瞬ぽかんと見つめたあと、不貞腐れるようにして顔を横に逸らした。

「べ、別にっ、君のためにしたことじゃないよ! 君たちが変な格好してたら、一緒にいる僕たちまで同じ目で見られるんだからね!? これは僕のためにやったことで、君たちに礼を言われるようなことじゃない」

 随分と早口で言われた言葉に呆気にとられるが、要約すると「気にするな」というところだろうか。
 張り詰めていた糸が緩んで、噴き出した俺にヨハンが「わ、笑うな!」と怒った顔で睨んでくるが、照れているのかその顔は真っ赤だ。

(アンジュの件も引き受けてくれたし、結構いいやつなのかもな)

 また俺たちから顔を逸らして小さくぶつぶつ言い始めたヨハンを、数人の従者と騎士を連れて戻って来たコンラートが不思議そうに首を傾げている。

「カイ様、リュカ様。失礼致しました。これからはデニスに代わり、私コンラートが案内致します」
「もういいでしょ!? 僕は忙しいんだから、もう行くね!」
「ああ。助かっ――」

 デニスを騎士に引き渡し、ヨハンがコンラートとは別の従者を連れて歩き出す。
 思わずもう一度礼を言いそうになったが、赤い顔でキッと睨まれて最後まで言えなかった。
 大股で足早に去っていくヨハンを見送って、ゆっくり歩いてくれるコンラートのあとに続く。
 さっきの俊敏な動きを見るに、コンラートはやっぱり俺の筋肉痛を考慮してゆっくり移動してくれているようだ。

「旅の途中、なかなか服を買える場所もないでしょう。陛下から最低でも五着は作るよう仰せつかっております」
「そ、その……装備もたくさん買ってもらっちゃったんですが、持ち運びは具体的にどうするんですか?」

 装備を選ぶときにゲオルグに聞いてみたんだが、その場では言い難かったのか「ちゃんと考えてある」とか「大丈夫だ」とか言って誤魔化されていたんだよな。
 今回も、作るのは出発式用の服だけだと思っていたから考えもしなかったが、仮に道中着る服まで作るのなら持ち運ぶ物が多すぎる。
 執事長である彼なら何か知っているだろうと問いかけた俺に、コンラートは「おや」と目を丸くした。

「失礼致しました。デニスが説明していなかったのですね。出発前日、旅に参加される方々全員に、魔道具――『時の箱庭』をお渡しします」
「時の……箱庭?」
「ええ。具体的に申し上げますと、《空間拡張魔法》の掛けられた袋です。中に小部屋程のスペースがございまして、そこに物を入れて運ぶことが出来ます。それに、その空間の中にある間は劣化せず、入れた状態のままを保つことが可能です」
「っ!? す、」

 スゲーッ!! と叫びそうになって、慌てて口を噤む。
 そんな物があれば、移動の際のごちゃごちゃした荷物を限りなく少なく持ち運ぶことが出来る。
 冒険者時代に知っていたら、かなり効率化出来ただろうに。
 もっと早く知りたかったと肩を落とすが、きっと知ったところで手に入れることは出来なかっただろう。
 そんな便利な物が広まっていないということは、貴重な物か……かなり高価な物だからだ。

「……もしかして、ヨハンさんの手作りですか?」

 リュカがハッとした顔でコンラートを見上げた。
 コンラートはそれに穏やかな笑顔を向けるとゆっくり頷く。

「はい。ヨハン様たち、魔導師の方々の功績です。《空間拡張魔法》については長年の課題だったのですが……数年前、【魔王】が復活してからというもの休む間もなく研究を重ねられ、数ヶ月前ついに成功したのです。今はギリギリまで空間を広げられるよう努力なさってる最中で――」
「ヨハン……あいつ……」

 彼の病的に白い肌と目の下に薄らと残る隈の理由を聞き、なんだか込み上げてくるものがあった。

「今のはあの方には内緒にしてください。きっと恥ずかしがってしまわれますので」

 コンラートは片目を瞑ると、茶目っ気たっぷりにそう言った。
 この様子だと、さっきのやり取りも分かっているような気がする。
 そんな話をしているうちに仕立て屋のいる部屋に到着した俺たちは、このあと仕立て屋の本気を垣間見ることになる。

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