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第10話 屍食鬼
しおりを挟む旅に出て一月が経った。
王都から離れたことで、襲ってくる魔物の強さは上がってきたが、剣のおかげで相変わらず苦戦せずに倒せている。
一緒に旅する彼らとも、毎日行動を共にしていく中である程度性格を把握したため、王都を立った頃より打ち解けて話すことが出来るようになっていた。
最近は王都からの帰宅民たちと鉢合わせることもなくなり、村から村へは馬車を貸し切って移動し、村に着いたら村一番の宿に一人一部屋ずつ泊まるということが恒例化している。
【魔王】を倒す目的の旅なのに、まるで観光旅行のような、のんびりと穏やかな日々に俺の――いや、俺たちの気持ちは緩み切っていた。
五つ目の村へと着いた俺たちは、いつもの通り宿に荷物を置くと、各自自由行動に移っていた。
別に皆仲が悪いわけじゃないが、流石に四六時中一緒だと疲れる。
野営中は離れるわけにはいかないため、こうして村へ滞在中は誰が言うでもなく羽を伸ばす時間として活用するようになっていた。
といっても、リュカやアンジュはまだ幼く、一人にするわけにはいかずに俺たち『大人組』と一緒に行動する必要があるため、二人には我慢させてしまうことになるが。
「あっ! 見て、見て! パン屋さんがあるよっ」
三日ぶりの村にはしゃぐリュカを微笑ましく思いながら、離れないように着いて行く。
大きな瞳を輝かせ、喜びを表現するリュカに俺の頬が緩む。
「よーし、欲しいの選んでいいぞ。俺が買ってやる」
「えっ、でも大丈夫なの? さっきご飯食べたときも出してもらったけど」
「あー……んなことお前は心配しなくていいんだよ! ほら、これとか良さそうじゃないか?」
遠慮して顔を曇らせるリュカにクリームの挟まれた菓子パンを勧めてやると、あっという間に笑顔の花が咲いた。
正直、懐は温かいとは言えないが、可愛いリュカのためなら惜しくない。
ゲオルグがやらかして以降ヨハンにきっちり管理されていた旅費も、旅を進めるに連れ溜まっていく不満に見直され、今では自分で倒した魔物の売却金の四割は各自自由に使ってもいいようになった。
残り六割はヨハンに回収されるのだが、お小遣い欲しさにみんな率先して魔物退治に明け暮れるようになったため、【勇者】御一行としての働きは重畳ではないだろうか。
それに、王都から離れるに連れて村から村への間隔も広くなってきたから、欲しいものは買えるときに買っておかないと次の村までずっと我慢しなければならなくなる。
「わあ……! どれも美味しそうで迷っちゃうね。兄ちゃんは? どれにするかもう決めた?」
「俺か? そうだなぁ……このバターのなんか美味そうだな」
あれこれと話しながら目当てのものを購入した俺たちが店を出ると、宿の方向から慌ただしくアンジュが走って来るのが見えた。
アンジュも俺たちに気付いたらしく、大声で俺たちの名前を呼びながら駆け寄って来た。
「カイさん、リュカくん!! やっと見つけた! 大変なんですよぉーっ!!!」
「おわっ!? どうしたんだ、いったい。他のヤツは?」
最初の頃の令嬢らしさなどとうになくなってしまったアンジュ。勢いを付け過ぎて止まれなかったのか、タックルを食らわせてきた彼女を受け止めて、なにがあったのかを尋ねた。
今日は一緒にいるはずのゲオルグも見当たらず、彼女の焦りようからしてなにか異常なことが起こったことは確かだろう。
「ああっ、パン! 美味しそう! ――じゃなくてっ! とにかく大変なんですよぅ!!」
焼きたてのパンの甘い香りに意識を一瞬持っていかれたアンジュだったが、すぐに本題を思い出し、焦りながらも事の顛末を説明しだした。
彼女の話を掻い摘むと、こうだ。
俺たちが宿を出たあとすぐ、この村の村長がやって来て近くの墓場に屍食鬼が出るから退治して欲しいと頼みに来た。
みんなの中で一番懐の寒いゲオルグが、待ってましたとばかりにアンジュを放ったらかして単身討伐へと向かう。
用事を終えて戻って来たヨハンが彼女を見ていたのだが、ゲオルグの帰りが遅いことを案じ、助太刀に向かう。
一人取り残されたアンジュは俺たちが戻って来たら後を追おうと宿で待っていたのだが、俺たちが一向に戻って来ないことに業を煮やし、村を駆け回った末俺たちを見つけた―― ←今ここ。
……なんというか、ゲオルグ……
「ヨハンが出てからどれくらい時間経ったんだ?」
「た、たしか三十分間程です! ゲオルグさんが出てからは二時間……いえ、もっと経ってます」
ゲオルグが出てから二時間……たしかに遅すぎるような気がする。
この規模の村の墓地に湧く屍食鬼ならば、一時間もあれば充分なはず。
(屍食鬼の数が多すぎるか、……強すぎるか)
どちらにせよ、これだけ時間が経っているのだから手こずっているのは確かだろう。
「分かった。墓地には俺が行く。お前たちは宿に――いや、送って行く」
「待ってください! 私も行きます! ただ待っているだけだなんて……絶対にイヤですっ」
「そうだよ! 兄ちゃんだけを行かせるわけないじゃん!」
嫌だ嫌だと駄々をこね始めた二人に、何事かとの通行人からの視線が痛い。
時間がないこともあり、このままじゃ埒が明かないと感じた俺は早々に白旗を上げることにした。
「分ぁかった分かった。連れてくから絶対に俺から離れるなよ。ただ一度宿には戻るぞ。もしかしたら二人とももう戻って来てるかもしれないしな」
「うん!」
着いて来れると分かり意気揚々とした二人を連れて宿屋に戻るが二人はまだ戻っておらず、もし入れ違いになったときのために「墓地に向かう」と受付に伝えておくことにした。
村民から墓地の場所を聞き、村を出て数分走り見えてきたのは二十人程の墓地だ。
あちこち屍食鬼が這い出て来たであろう穴が開いており、地表に二人がいないことを見ると、二人とも穴の中に入っているのだろう。
中が繋がっているとは限らないため、近くの穴から一つずつ確認していくが、沈みかけた日の光が奥まで射し込まず、奈落のような暗闇がどこまでも続いているかのように思えた。
「くっ……見えねぇ。一か八か、どれかに飛び込んでみるか?」
「カイさん! こっちに大きな穴が――きゃあっ!!?」
「アンジュ!?」
「ひぃぃいい――――!?」
アンジュの叫び声に振り返ると、彼女が言おうとしていたらしい穴から腐りかけた腕が伸び、彼女を引きずり込んでいるところだった。
急いで腕を伸ばすが一歩及ばず。アンジュの悲鳴が穴の底へと消えていった。
「くっそ! リュカ、アンジュを助けるぞ!」
「うんっ」
『時の箱庭』から取り出した縄を近くの墓石に括りつけ、それを辿って降りていく。
長さが足りずに途中から飛び降りることになったが、上がるときはジャンプしたらなんとか届きそうだ。
降りた先は高さも幅も人一人ゆうに通れる大きさの道が続いていたが、アンジュの姿は見えない。
魔法で足下を照らしながら、リュカと暗闇のトンネルの中を進んでいく。
こういうとき、アンジュがいたら【結界】を張ってもらえたのだろうが、いない分気を張り詰めて周囲を警戒しないといけない。
(うん? さっきアンジュは【結界】張ってなかったか?)
弱い敵との戦闘に最近気が緩んでいたとはいえ、今回ばかりは流石に気を引き締めてかかっていたはず。
もし、アンジュの【結界】をかいくぐって彼女を攫ったのだとしたら――
「…………兄ちゃん?」
気が付いた矛盾が歩幅に出ていたのか、後続のリュカが心配そうに小声で話しかけてきた。
「……いや、何でもない。早くアンジュを助けなきゃな」
リュカに心配をかけないように努めて明るい声で返すと、再び先を急いだ。
足下を見て進んでいるといくつかのことが分かってきた。
まず、暫く引きずられる形で運ばれていたアンジュだが、途中からその跡がなくなったことから担がれでもして運ばれたのだろうことが分かる。
アンジュを攫った敵以外にもいくつも敵の足跡が残っているが未だ俺たちと出くわさないことを思うに、これから向かう先で大勢待ち構えているのか――先にここを通ったらしいゲオルグとヨハンが一掃したのか――
足跡から見るにゲオルグとヨハンは一緒に行動はしていないようだが、向かう先が同じなのは偶然なのだろうか。
(……嫌な予感がする……)
「リュカ、俺から離れるな。あと…………もし勝ち目がないと見たら、一人でも逃げろ」
「――っ!? そんなこと出来るわけ――」
「しっ! 何か来る」
息を殺し、二股に別れた先から近付いて来る音に耳を澄ます。
足音は一人分だが、油断は出来ない。
何が来ても対応出来るよう、腰を落とし剣を構えたままそのときを待った。
「…………は?」
「……ヨハン、か」
俺たちの姿を認め、間の抜けた表情を浮かべるヨハン。
彼の他に足音が聞こえないのを確認して俺は剣を下ろした。
数時間ぶりに会う彼は、全身泥だらけの上疲労感が溢れ出ており随分やつれた気がする。
ヨハンと合流出来てほっと肩を下ろす俺たちとは逆に、「は?」とか「これも幻覚か?」とかブツブツ呟いているヨハンを落ち着かせ、やたらと早口で紡がれるこれまでの苦労話に耳を傾けた。
「それじゃあ、ゲオルグとは合流出来てないんだな?」
「そう。ほんっと、考えなしに突っ走るよね。あの筋肉」
ゲオルグかと思えば幻覚で、屍食鬼を追っているかと思えば同じ場所をぐるぐると回らせられていたりと随分苦労したらしいヨハン。
魔導師長であるヨハンをこうもあっさり惑わせることが出来る敵となると、魔術の類いはからきしのゲオルグにとってはキツいはずだ。
連れ去られたアンジュも気になるが、一番滞在時間の長いゲオルグは…………無事でいてくれ。
「足跡はこっちに向かっている。急ごう!」
強敵との闘いの予感に頷き合い、俺たちはヨハンの現れた方とは逆の道へと足を踏み出した。
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