縛り勇者の異世界無双 ~腕一本縛りからはじまる異世界攻略~

延野 正行

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第1章

第6.5話 ルーナの服と勇者ライス(後編)

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 すると、良い匂いが漂ってくる。
 店主はまずルーナの前に皿を置いた。

 皿に載っていたのは、黄金色の薄い卵焼き。
 その下にはケチャップが絡んだライスと、細かく刻んだ野菜や肉が入っていた。

「はは……。勇者ライスだね」

「ゆ、勇者ライス!?」

 勇者と名前が付く食べ物に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「その昔、勇者が考案して、広く世界に広まったっていう料理さ。その勇者は『オムライス』って呼んでたそうだけどね」

 そうか。
 俺は得心した。
 この世界の食べ物が、俺の口に合う理由。
 それはこの世界の料理のほとんどが、俺がいた異世界のものだからだろう。

 テーブルの方を覗くと、いくつか既視感のある料理がある。
 記憶を失っているから、名前までは思い出せない。
 けれど身体が反応して、勝手に涎が溢れてきた。

「これ、なーに?」

 ルーナが掲げたのは、小さな旗だった。

 店主は肩を竦める。

「大昔に、勇者様が言ったそうだよ。『オムライスには必ず“旗”をつけるように』ってね」

 なんだ、その謎ルール。
 何か美味しくなるためのおまじないか何かだろうか。

「勇者って他にもやっぱいるんですね」

「5年に1回の間隔で召喚されると聞いてる。儀式場は大きな国に1つはあるはずだよ。だが、生存率は極端に低い。1度遠目で勇者が戦ってるところを見たことあるけど、明らかに戦い慣れしていなかったよ。あんたは違うようだけどね」

「今、世界にどれぐらいいるんですか?」

「50人いればいい方じゃないか?」

 そんなに少ないのか。
 だが、魔王を倒しにいく役目を負っているんだ。
 魔王自身の強さ。
 その道程で命を落とすこともあるだろう。

「怖いかい?」

「怖いです」

「はっきり言うね」

「でも――」

「でも?」

「魔王が怖いんじゃない。俺がいなくなって、ルーナが1人になるのが怖い」

「わかってるじゃないか?」

 またウォルナーさんはバンと背中を叩いた。
 その凄まじい衝撃で、カウンターに載っていたウォルナーさんのトニックウォーターが、グラスからこぼれるほどだ。

「異世界から召喚されてきた勇者は、たいてい根無し草だ。そういう人間はね。戦場に出ると、必ず死ぬ。けど、あんたは違う。この子がいる」

 ウォルナーさんはルーナを撫でる。

「この子はあんたのになりかけている。大切に育てるんだよ。それはあんた自身の強みにもなるはずだから」

「肝に銘じておきます」

 俺はジュースを呷った。

 すると、突然俺とウォルナーさんの前に、巨大な鉄板が置かれた。

「うぉっ!!」

 それはとんでもなく肉厚のステーキだった。
 蜂蜜みたいな肉汁が滴っている。
 すでにたっぷりとかけられているソースとともに、熱々の鉄板の上でバチバチと踊っていた。

「ごくり……」

 反射的に喉を鳴らす。

 指3本分はあるんじゃなかろうか。
 圧巻のステーキを前にして、俺はおののいていた。

「どうした? 食べないのかい?」

 ウォルナーさんは何食わぬ顔で、ステーキにナイフを入れた。
 ゆっくりと引くと、薄皮が剥がれるように簡単に切れる。
 フォークに差し、ソースと肉汁が滴る肉を、口に運んだ。

 仏頂面のウォルナーさんの顔がほころぶ。
 満足そうに微笑み、尻尾をくるりと動かした。
 その反応を見ているだけで涎が溢れそうになる。

「リックお兄ちゃん、食べないの?」

 フォークを握ったルーナが、俺を見上げる。
 すでに口の周りは、赤いケチャップだらけになっていた。
 まるで赤い髭が生えたみたいだ。

「ゆっくりよく噛んで食べるんだよ」

 ウォルナーさんは布で、ルーナの口元を拭う。

「うん」

 ルーナも満足してるらしい。
 はふ、はふ、と勇者ライスを頬張った。
 最初出会った時は違う。
 目も髪も輝いていた。

 さて、俺も食べるか。
 肉にナイフを入れる。
 全然力を入れてないのに切れてしまった。

 どんだけ柔らかいんだ!

 肉汁とドリップ、そしてソースが、バチバチと熱い鉄板の上から拍手を送る。
 食べろと煽られてるみたいだった。

 いよいよ口に運ぶ。
 舌の上に、肉を載せた。

「むぅぅほほぉおぉおぉぉぉお!!」

 うっま!

 俺の舌をまず征服したのは、肉汁である。
 じわっとした甘味が、舌の中に広がっていく。
 そこに酸みと独特の苦みが利いたソースが加わり、口内を爽やかにしてくれる。

 食感も最高だ。
 程よい弾力を楽しむと、パッと口の中に消えていく。
 風味が口の中に広がり、俺の涙腺を刺激した。

 ウォルナーさんは、泣き始めた俺を見て、微笑んだ。

「ふふ……。泣くほど美味いのかい」

「美味しいッす! 最高ッす!」

「嬉しいね、兄ちゃん。気に入ったなら、常連になってよ。サービスするからさ」

 店主は卵スープを脇に置いた。
 コンソメ味のスープは、口の中の脂を流してくれる。
 同時に戦いで冷えた胃袋を、温めてくれた。

 これなら毎日でも食べたいぐらいだ。

 まさか異世界で、こんな美味しいものを食べられるなんて……。

 横に亜人の少女。
 目の前には美味い飯。
 程よい疲れ……。

 今、俺は初めて異世界に来て良かったな、と思っていた。
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