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第一章
第5話
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空気が淀んでいく。
死臭が濃くなり、心なしか吸う息が浅くなる。
まるで目の前の黒い不死鳥が、周辺の空気を吸い上げているようだった。
ブラックフェニックス。
かつて私と敵対した魔王の幹部の1人。
厄介なのは、その特性――奴は魔王の部下でありながら、不死なのだ。
剣で斬っても、魔法を打ち込んでも死なない化け物。
結局私は当時の勇者たちと協力して、強力な結界を張って封印することしかできなかった。
それがまさか1000年後の世界で再会するなんて、封印した当時思いも寄らなかったわ。
けれど、今は当時を懐かしんでいる場合じゃない。
どうやって切り抜けるかだ。
もう私は1000年前の聖女じゃない。
ちょっと魔術が使える程度のただの5歳児だ。
対して、相手は元魔王の部下――――。
どっちが強いかなんて誰でもわかる。
(もしかして、これが世界の危機なのかしら)
私はブラックフェニックスを見ながら、ふと思った。
魔王の部下の復活。しかも、不死の化け物だ。
世界に危機をもたらすキャラクターとしては、背景も特徴も十分新魔王を名乗る資格があると思うのだけど。
(まさかいきなりボスキャラに合うなんて……)
危機が訪れたら戦うとはいったけど、最初からラスボスなんて聞いてないわよ!
私の心の叫びをよそに、ブラックフェニックスは赤く爛れた目をこちらに向ける。
嘴を大きく開き、甲高く嘶いた。
明らかに私たちに向かって、殺意と敵意を向けている。
それともお腹が空いて、機嫌が悪いのかも知れない。
1000年間、ずっと封印されていたのだ。さぞお腹を空かせていることだろう。
今にも竜の鳴き声みたいな腹音が聞こえてきそうだ。
「ごめんなさい」
唐突にライザ姉様が立ち上がった。
ブラックフェニックスと私の前に出て、手を広げる。
どう見たって、それは私を守っているようにしか見えなかった。
「あなたを起こしたことは謝るわ。お腹が空いているなら、私を食べて。だから、だからお願い。妹だけは見逃して!」
ライザ姉さんは叫ぶ。
一瞬、私には何を言っているのかわからなかった。
3歳しか違わない私の姉が、必死にかつての魔王の部下に許しを請うている。
怖くないわけがない。子どもとはいえ、その力量も知らずに訴えているわけではないことは、姉さんの手が震えていることからもわかった。
私はずっとライザ姉さんには疎まれていると思っていた。
いつも魔術書を読んでいて、自分より人気のある鼻持ちならない妹だと。
加えて小心者だから、こういう時パニックを起こして妹を捨てて逃げるのかと思っていた。
「この子は私なんかより才のうがあるの。むずかしいまじゅつしょを読むことができて、足も速くて、人気ものだから、ミレニアが死んだらいっぱい悲しむと思う」
「へっ?」
「それに私、お姉ちゃんだから! 妹を守ってあげないとダメなの!!」
ライザ姉さんは絶叫した。
すでに半べそを掻いて、足をガタガタと震わせている。
それでも、圧倒的な強者の前で、思いの丈をぶちまけた。
パニックを起こして、何か無茶苦茶なことを言っているのかと思ったが、そうでもない。
むしろ極限の危機の中で、姉は私に対する素直な気持ちを吐露しているように見えた。
「ライザ姉さん……」
「ミレニア! あなた、何をしているの?? あなただけでも逃げなさい!! 早く!!」
振り返った時に見えたライザ姉さんの形相は、見たこともないほど険しかった。
知らなかった。
ライザ姉さんが、私のことをそんな風に思っていたなんて。
いや、多分私は姉を知った気でいたんだ。
その人の表面だけのことを知って、中身のことを知らなかった。
違う。知ろうともしなかったのだ。
私はなんて馬鹿者なんだ。
「姉さん、ありがとう」
「そうよ。それでいい! あなたは――――」
「夢魔の風よ。激しく踊れ。黒天に誘い、彷徨い、深き宙の底へ」
【睡魔】
「なに……。ミレ……に…………あ……」
倒れかかったライザ姉さんを、私は受け止める。
思った以上に軽い。こんな身体なのに、姉さんは私を守ろうとしていたのね。
目の前の化け物から。
「姉さん、ちょっと待っててね」
慎重に地面に下ろすと、私はブラックフェニックスを睨んだ。
なかなか紳士的な魔物だ。それとも余裕からくるものなのだろうか。
姉妹の寸劇が終わると、ついにブラックフェニックスは翼を広げた。
戦闘態勢に入ったのだ。
「さて、どうする?」
思わせぶりな感じで、元魔王の幹部に立ちはだかってみたけど、今のところ目の前の化け物から逃げる算段はついていない。戦うなんて以ての外だ。
ブラックフェニックスと戦えたのは、私が以前聖女で、周りに猛者がいたからである。
仮に私1人だけなら、倒せたかどうかわからない。
それほどブラックフェニックスを初め、魔王の幹部たちは強かった。
今の私にあの頃の力はない。
そして、あの時にいた仲間たちもいない。
あるのは、多少囓った程度の魔術の力と、隠し技が1つだけ。
勝機があるとすれば、その隠し技の方だけど相手に通じるかはわからない。
それもダメなら、姉妹揃って大人しくブラックフェニックスの食卓に並ぶことになるだろう。
ブラックフェニックスは嘴を閉じたり、開いたりしながら威嚇してくる。
空からではなく、獰猛な爪が生えた足で、徐々に私に近づいてきた。
「ぎゃあああああ! ぎゃああああああああ!!」
いよいよ襲ってくるかという時、ブラックフェニックスは暴れ出す。
翼を激しく動かしながら、何かに耐えているように見えた。
「――――ッ!」
「え?」
聞こえた。今、何かブラックフェニックスの言葉が聞こえたような気がした。
はたと私は思い出す。
今から1000年前。私たちは魔族と対峙していた。
魔族の中には、人語を解するものもいて、種族によっては共存共栄の道を議論したことがある。
だが、ブラックフェニックスだけは違った。
ひたすら凶暴な魔物は、問答無用に襲いかかってきたのだ。
(でも、今の私は違う……)
鳥の言葉だってわかるのだ。
なら、ブラックフェニックスの言葉だって聞こえるかもしれない。
仮に説得することができれば、あるいは――――。
「ねぇ! 聞いて、ブラックフェニックス! いや、聞かせてほしい。あなたの言葉を……。あなたが私に言いたいことを聞かせて!!」
ブラックフェニックスは千鳥足で、フラフラと今にも倒れそうだ。
木々に激突したりしながら、なんとか体勢を維持している。
最中、ブラックフェニックスの身体がピクリと止まった。
そして、私ははっきりとその声を捉えることに成功する。
助けて……。
死臭が濃くなり、心なしか吸う息が浅くなる。
まるで目の前の黒い不死鳥が、周辺の空気を吸い上げているようだった。
ブラックフェニックス。
かつて私と敵対した魔王の幹部の1人。
厄介なのは、その特性――奴は魔王の部下でありながら、不死なのだ。
剣で斬っても、魔法を打ち込んでも死なない化け物。
結局私は当時の勇者たちと協力して、強力な結界を張って封印することしかできなかった。
それがまさか1000年後の世界で再会するなんて、封印した当時思いも寄らなかったわ。
けれど、今は当時を懐かしんでいる場合じゃない。
どうやって切り抜けるかだ。
もう私は1000年前の聖女じゃない。
ちょっと魔術が使える程度のただの5歳児だ。
対して、相手は元魔王の部下――――。
どっちが強いかなんて誰でもわかる。
(もしかして、これが世界の危機なのかしら)
私はブラックフェニックスを見ながら、ふと思った。
魔王の部下の復活。しかも、不死の化け物だ。
世界に危機をもたらすキャラクターとしては、背景も特徴も十分新魔王を名乗る資格があると思うのだけど。
(まさかいきなりボスキャラに合うなんて……)
危機が訪れたら戦うとはいったけど、最初からラスボスなんて聞いてないわよ!
私の心の叫びをよそに、ブラックフェニックスは赤く爛れた目をこちらに向ける。
嘴を大きく開き、甲高く嘶いた。
明らかに私たちに向かって、殺意と敵意を向けている。
それともお腹が空いて、機嫌が悪いのかも知れない。
1000年間、ずっと封印されていたのだ。さぞお腹を空かせていることだろう。
今にも竜の鳴き声みたいな腹音が聞こえてきそうだ。
「ごめんなさい」
唐突にライザ姉様が立ち上がった。
ブラックフェニックスと私の前に出て、手を広げる。
どう見たって、それは私を守っているようにしか見えなかった。
「あなたを起こしたことは謝るわ。お腹が空いているなら、私を食べて。だから、だからお願い。妹だけは見逃して!」
ライザ姉さんは叫ぶ。
一瞬、私には何を言っているのかわからなかった。
3歳しか違わない私の姉が、必死にかつての魔王の部下に許しを請うている。
怖くないわけがない。子どもとはいえ、その力量も知らずに訴えているわけではないことは、姉さんの手が震えていることからもわかった。
私はずっとライザ姉さんには疎まれていると思っていた。
いつも魔術書を読んでいて、自分より人気のある鼻持ちならない妹だと。
加えて小心者だから、こういう時パニックを起こして妹を捨てて逃げるのかと思っていた。
「この子は私なんかより才のうがあるの。むずかしいまじゅつしょを読むことができて、足も速くて、人気ものだから、ミレニアが死んだらいっぱい悲しむと思う」
「へっ?」
「それに私、お姉ちゃんだから! 妹を守ってあげないとダメなの!!」
ライザ姉さんは絶叫した。
すでに半べそを掻いて、足をガタガタと震わせている。
それでも、圧倒的な強者の前で、思いの丈をぶちまけた。
パニックを起こして、何か無茶苦茶なことを言っているのかと思ったが、そうでもない。
むしろ極限の危機の中で、姉は私に対する素直な気持ちを吐露しているように見えた。
「ライザ姉さん……」
「ミレニア! あなた、何をしているの?? あなただけでも逃げなさい!! 早く!!」
振り返った時に見えたライザ姉さんの形相は、見たこともないほど険しかった。
知らなかった。
ライザ姉さんが、私のことをそんな風に思っていたなんて。
いや、多分私は姉を知った気でいたんだ。
その人の表面だけのことを知って、中身のことを知らなかった。
違う。知ろうともしなかったのだ。
私はなんて馬鹿者なんだ。
「姉さん、ありがとう」
「そうよ。それでいい! あなたは――――」
「夢魔の風よ。激しく踊れ。黒天に誘い、彷徨い、深き宙の底へ」
【睡魔】
「なに……。ミレ……に…………あ……」
倒れかかったライザ姉さんを、私は受け止める。
思った以上に軽い。こんな身体なのに、姉さんは私を守ろうとしていたのね。
目の前の化け物から。
「姉さん、ちょっと待っててね」
慎重に地面に下ろすと、私はブラックフェニックスを睨んだ。
なかなか紳士的な魔物だ。それとも余裕からくるものなのだろうか。
姉妹の寸劇が終わると、ついにブラックフェニックスは翼を広げた。
戦闘態勢に入ったのだ。
「さて、どうする?」
思わせぶりな感じで、元魔王の幹部に立ちはだかってみたけど、今のところ目の前の化け物から逃げる算段はついていない。戦うなんて以ての外だ。
ブラックフェニックスと戦えたのは、私が以前聖女で、周りに猛者がいたからである。
仮に私1人だけなら、倒せたかどうかわからない。
それほどブラックフェニックスを初め、魔王の幹部たちは強かった。
今の私にあの頃の力はない。
そして、あの時にいた仲間たちもいない。
あるのは、多少囓った程度の魔術の力と、隠し技が1つだけ。
勝機があるとすれば、その隠し技の方だけど相手に通じるかはわからない。
それもダメなら、姉妹揃って大人しくブラックフェニックスの食卓に並ぶことになるだろう。
ブラックフェニックスは嘴を閉じたり、開いたりしながら威嚇してくる。
空からではなく、獰猛な爪が生えた足で、徐々に私に近づいてきた。
「ぎゃあああああ! ぎゃああああああああ!!」
いよいよ襲ってくるかという時、ブラックフェニックスは暴れ出す。
翼を激しく動かしながら、何かに耐えているように見えた。
「――――ッ!」
「え?」
聞こえた。今、何かブラックフェニックスの言葉が聞こえたような気がした。
はたと私は思い出す。
今から1000年前。私たちは魔族と対峙していた。
魔族の中には、人語を解するものもいて、種族によっては共存共栄の道を議論したことがある。
だが、ブラックフェニックスだけは違った。
ひたすら凶暴な魔物は、問答無用に襲いかかってきたのだ。
(でも、今の私は違う……)
鳥の言葉だってわかるのだ。
なら、ブラックフェニックスの言葉だって聞こえるかもしれない。
仮に説得することができれば、あるいは――――。
「ねぇ! 聞いて、ブラックフェニックス! いや、聞かせてほしい。あなたの言葉を……。あなたが私に言いたいことを聞かせて!!」
ブラックフェニックスは千鳥足で、フラフラと今にも倒れそうだ。
木々に激突したりしながら、なんとか体勢を維持している。
最中、ブラックフェニックスの身体がピクリと止まった。
そして、私ははっきりとその声を捉えることに成功する。
助けて……。
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