聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第一章

第4話

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 5歳になった。

 3歳の時に起こした騒動以来、私は魔術書から離れる――ことはしていない。
 むしろどっぷり浸かり、魔術の勉強を続けている。
 父の「天才」発言の後、私はすぐに言い訳した。あれはたまたま口にした言葉が、魔術として発動しただけだと……。

『本当は全然読めないし、さっぱり魔術にも興味はない』

 3歳児のまだ舌っ足らずの口調で、とにかく「天才」発言を払拭しようとした。
 甲斐あって「天才」発言は撤回された。そもそも日常的に使われる文字ですら勉強もしていない子どもが、上級魔術の文字を読めるなど、あまりに非現実的だ。

 けれど、私が魔術を発動させたことは事実……。
 結局、父は今でも私のことを「天才」だと思ってるらしい。魔術を使ってもいい10歳頃には家庭教師を雇おうとしてるようで、伝手を辿って方々に手紙を送っているそうだ。

 そんな私が未だに何故魔術を勉強しているのかというと、これもまた護身のためである。
 これまでの前世を考えると、神様が私に能力を与えて、世界に派遣したということは何かあると見ていい。
 いつものパターンなら、この世界もまた何か未曾有みぞうの危機を迎えるはずだ。
 実際、前世ではとんでもない目にあった。

 だけど、仮にそれが自分の使命なら、さすがに見過ごすわけにはいかない。
 神様に文句の1つでも言いたいところだが、私は戦うつもりだ。

 でも、今回の世界救済に関して、私は制限を設けることにした。

 まず目立つのは絶対に、絶対ダメ!
 【勇者】とか、【聖女】とか持ち上げられるのは、絶対に禁止。
 やるならこっそりがいい。
 できれば、裏方に回って、この世界の【勇者】や【聖女】を動かし、救済する。
 それがベストと考えた。

 前世での失敗を繰り返してはいけない。
 今、こうして魔術書を開いているのも、普通の生活を勝ち取るために必要なのだ。

「また魔術書を読んでる。ずっと本ばかり読んでると、木の根になっちゃうわよ」

 意地悪な声が背後から聞こえてきた。
 振り返ると、薄い金髪の少女が立っている。
 身なりはよく、お古だけど着こなしは悪くない。むしろ洗練されていた。
 ブラウンのクリッとした猫目が印象的で、頭には薄い桃色のリボンが結んでいる。

 お人形さんのように可愛いこの少女は、私の3個上の姉ライザだ。

 見た目は可愛いけど、我が侭で意地っ張り。私に対してお小言が多く、何かしら怒られることが多い。我が家が誇る小さな小姑だった。

「木の根?」

「本の紙は、木が材料になってるのよ」

 へぇ~。まさかライザに物を教えてもらえるとは。
 ライザは今8歳。あと、2年すれば貴族の学校に通う。そこで礼節や教養、ダンスなどを身に着ける。
 ただ貴族の学校に通うのにも試験があって、最近家庭教師を雇って勉強を始めていた。

「たまには外の空気を吸ったらどう? 気分転換になるわよ」

「いかない」

「あたしが折角誘ってあげてるのに! その態度は何よ」

「行くなら、ライザお姉様だけ行けばいいじゃない」

 あ、しまった。こういう言い方はライザにしてはいけないのだ。
 気付いた時には遅い。ライザの顔はすでに赤くなっていた。

 実はお姉様には、友達と呼べる人間がいない。だからよく私が遊びに付き合わされる。
 姉にとって私は姉妹でもなければ、友人というわけでもない。
 子分という立ち位置がしっくりくる。

 素直じゃなくて、態度も高飛車。領内にいる子どもたちの間でもすこぶる評判が悪い。
 こうして魔術書を読んでる私の方が、友達が多いぐらいなのだ。

「行くったら行くの!!」

 強引に連れ出された私が、ライザ姉さんと向かったのは近くの森だ。
 背の高い木が建ち並び、加えて鬱蒼とした茂みが行く手を阻んでいる。

「ねぇ、ミレニア。あなた、この森に大昔のいせきヽヽヽがあるって知ってる?」

「いせき?」

 私が首を傾げると、ライザ姉さんは高い鼻を振って得意げに話を始めた。
 なんでも、この森の奥には約1000年前の遺跡があるそうだ。
 何か強力な魔物を封じ込めたらしく、この辺りでは禁足地になっているらしい。

「それって、子どもが入っちゃダメなんじゃ」

「入っちゃダメだけど、遠くから見ちゃダメとは言われていないわ。それにあんた、こういうの好きでしょ?」

 好きかどうかは別にして、気になるといえば気になる。
 神様はこの世界が、私が初めて救った世界の1000年後だと言っていた。1000年前となると、私がいた時ということになる。
 遺跡として残したものに心当たりはないが、関係者としては1度確認しておきたかった。

 藪を切り払い、子どもの足で進むこと1時間。
 私は明らかに人工物と思われるものの前に、到着した。

 行く手に現れたのは、石碑だ。

 石碑は5つあって、大きな石碑を小さな石碑が四方を取り囲んでいる。
 小さな石碑と石碑の間には古い縄が張られているが、すでに3本が切れていた。

「本当にあるなんて……。しかも結構屋敷から近いし」

 それに間違いなく1000年前の遺跡だ。
 石碑には魔術的というより、魔法的な力を感じる。それもかなり強力な封印が施されていた。
 ここに封印されている魔物は、かなりの化け物だ。

「なーんだ。遺跡っていうから、もっと宝石とかあると思っていたのに。お墓じゃない」

 どうやら、ライザにとって遺跡=お宝だったようだ。

「ライザ姉さん、近づくのは危険ですよ」

 私が遠巻きに観察していると、ライザはスタスタと遺跡に近づいていく。

「こんなの単なるお墓じゃない。何にも怖くないわ」

 ベタベタと遺跡を触り始める。
 はっきり言って、元聖女の私ですら何が起こるかわからない。
 一刻も早く連れ出さないと、まずい事が起こるような気がする。

 私はライザの手を取った。

「姉さん! 帰ろう」

「もう? いやよ。あなたもその辺を調べてよ。何かお宝があるかもしれないわ」

 強引に私の手を振り払う。
 その時、急に力を抜けたからか。ライザは体勢を崩した。
 そのまま唯一繋がれたまま残っている縄へと倒れ込む。

「イタタタ……。あっ――――」

 ライザ姉さんは頭を抱えながら起き上がる。
 振り返って、縄が切れていることに気付いた。

 瞬間、私は強力な魔力を感じる。

「まずい!」

 私はライザ姉さんの手を問答無用で引っ張る。
 とにかく石碑から離れようと必死に走った。
 直後、石碑が吹き飛ぶ。その爆発に押されるように、私たち姉妹は地面に投げ出された。
 振り返ると、そこにいたのは大きな鴉だった。

「いや、違う……」

 それは私がよく知る生物だった。
 大きな鳥は翼を広げると、次の瞬間炎のように燃え上がる。
 それは黒い不死鳥のようだった。

 思い出した。

 この封印は私が1000年前に施したものだ。
 そして、今目の前にいるのはブラックフェニックス……。


 魔王の幹部の1人だ。
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