聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第二章

第17話

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 『勇者』の凶行は間違いなく、あの靄――呪いが原因だ。

 黒い靄は多分、普通の人間には見えていないだろう。
 おそらく他の人には、『勇者』アーベルの気が触れたとしか見えていないはずだ。

 何故、自分が見えるかは私は説明できない。
 ただ前世の頃から見えていて、神様は元々私が持っていた肉体の特徴と話していた。

 呪いを払う方法は、1つ。聖女の魔法だ。

 私も前世において何度か呪いを受けた人間を祓ってきた。
 今回もそれを実行すればいい。
 幸いにも魔鉱石には魔素が残っている。
 足りるかどうかわからないけど、もうこれにかけるしかない。

「君、どこかで見たことがあるなあ。……そうだ。思い出した。王都の書店だ。あそこで出会ったんだっけ?」

「覚えていて光栄です、『勇者』様」

「あそこで何をしていたの?」

「道を聞こうと思って入っただけです」

「道を聞こうとして、なんで書店なんかに入ったんだい? 他にも王都には店があるのに。そもそもあの店、君がいた時には店主がいなかったよね」

「さっきから『勇者』様が何を言いたいのかわかりかねるのですが」

「じゃあ、単刀直入に聞くよ。あそこはスパイが情報交換を行うセーフハウスなんじゃないかな?」

 え? スパイ?? セーフハウス??

 わ、私が???
 いや、落ち着け、私。
 たぶん『呪い』の影響で、『勇者』様が変な事を口走ってるだけだ。

「ああそうだ。あそこの書店にも立ち入り調査をしないと」

「止めて下さい。書店は関係ありません?」

「書店を調べられたら何かまずいわけ?」

「そ、そんなんじゃありません」

 否定したが、『勇者』様の疑心は私が喋れば喋るほど深まっていくようだった。
 四の五を言ってる場合じゃない。『勇者』様の呪いを解かなければ……。

(呪いを解く……??)

 ふと頭に閃いた可能性に、私は首を捻った。

(確かコーダ記の魔術書って……。なら、どうして?)

 いや、ここからは考えてもしかたないことだ。
 今はこの状況を収めるしかない。

「今、解放しますから、『勇者』様」

「解放? 何のことだい」

 私は黙って『勇者』様に突っ込んだ。
 手をかざし、魔法の有効範囲に踏み込む。
 虚を突かれた『勇者』様は慌てて構えを取った。私に向かって、風の刃を放つ。
 それを紙一重のところで躱して、さらに加速した。

 そして、私は『勇者』様の視界から消える。

「ほう……。【纏速スプリント】を使えるのか。あの魔術は簡単ではあるけど、扱いに難しいのに。ますます君のことを知らなければならないね。いや、聞く事が多そうだ」

 はいはい。そうですか。
 その前に、あなたの呪いを解かせてもらいますよ。
 私は『勇者』様の後ろに踊り出る。

 完璧だ。完璧な状態で、『勇者』の背後を取った。

「今、楽にしてあげますからね」

 私が手の平を掲げると、光が講堂に閃いた。
 寒気がするような緊張感に包まれていた空間に、温かく煌びやかな光が満ちる。
 その中で黒い点のように残っていたのは、『勇者』アーベルの背後で燃える炎のような靄だった。
 何か苦しむように燃えさかっている。

(よし……)

 心の中でガッツポーズを取った時、不意に魔力が閃いた。
 一瞬、怖気を感じ、私は手を引っ込める。
 直後、見えない風の刃が私の目の前を通り過ぎていった。

「え……?」

 慌てて私は距離を取る。
 顔を上げると、今まさに『勇者』アーベルから離れようとしていた呪いが、まるでその『勇者』様と手を繋ぐように、その肉体の中に戻っていった。

「え? なんで? 『勇者』様、呪いを解きたくないの?」

 そう考えずにいられない。
 今確かに呪いからではなく、『勇者』アーベルの方から呪いを引き戻したように見えた。

「どういうこと?」

「それは僕の台詞だよ、ミレニア。君…………イッタイボクニナニヲシタ?」

 声音が変わる。
 まずい。呪いに心まで支配され始めている。
 かなり危険だ。このまま呪いに飲み込まれれば、聖女の力でも引き離せなくなる。

 でも、なんで? 『勇者』様は元に戻りたくないの??

「考えている暇はない。もう1度――――」

 と思ったが、魔鉱石から光が失われていた。
 ここに来て、魔素切れ……。
 いよいよ万事休すだ。

「コタエナイノカ? ナラ――――」


 死ヌガイイ……。


 『勇者』アーベルは手を振り払うと、黒い靄を纏った風が唸る。
 特大にして、最上級の風属性魔術が私に襲いかかった。
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