聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第三章

第28話

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「おいしい!!」

 私は思わず悲鳴を上げてしまった。
 精霊厩舎から所は変わり、今は勇者アーベルさんが軟禁されている部屋に来ている。
 軟禁といっても、人近づかないような尖塔の上だったり、地下の牢屋だったりするわけがない。

 今いるのは、アーベルさんの私室だ。

 勇者の私室と言えば、豪勢なイメージを思い浮かべるだろうが、アーベルさんの部屋は割と質素だった。気になったのはあまりものがないことだろう。
 基本的に無趣味で、身体を動かすことと、読書ぐらいしかすることがないらしい。
 おかげで部屋にはたくさんの本があった。実はもっと魔術書はあったらしいのだけど、全部捨ててしまったらしい。それはミゼルを生き返らせるために買い集めたものらしく、中には真っ赤な偽物も存在したという。

 それだけ勇者は我を失っていたということだ。

 そのミゼルはというと、壁に竜の絵が描かれていた。
 側にいるのは、勿論アーベルさんだ。
 小竜と戯れる仲睦まじい様子が描かれていた。

 他にもベッドがあって、ちょっと私室らしい生々しい姿がある。
 それにしても殺風景だ。でも、女性向けの香水の匂いがバンバン鼻に衝くよりはマシかもね。思い出す前世の記憶、勇者、夜明けの珈……うっ! 頭が!

 前世でそれなりに男の人の部屋は体験しているけど、やっぱり他人の部屋というのは緊張する。
 しかし、おいしいものを食べたら話は別だ。

 私の前にはアーベルさんが座っているのだけど、テーブルの上には紅茶とデザートが置かれていた。

 定番のケーキではなく、アーベルさんの故郷の家庭料理らしい。
 ワルキラという耳慣れない名前で、ブルーベリーを、水切りヨーグルトをベースにした生地で包み、茹でるという料理だ。

 素朴な見た目をしていて、ザ・家庭料理という姿をしている。
 ただやっぱり王宮で食べるものとしては、些か地味な印象を受ける。

 でも、味は絶品だ。

 水切りヨーグルトを合わせた生地はモチモチで、食べた感触はマシュマロのように柔らかい。加えてヨーグルトの酸味とブルーベリーの甘さがちょうど合わさり、口の中に爽やかな風味を広がっていくのが、たまらなくおいしかった。

 そのまま食べてもおいしいのだけが、サワークリームを付けるとなお良し!
 口当たりがなめらかになり食べやすい。ヨーグルトの酸味が少し苦手なら、砂糖を足すのもいいわね。モチモチの生地のおかげで、塩も悪くないし、どんな調味料とも合わせるところができるのがいい。

 何より1番気に入っているのは、可愛くて白い見た目だ。
 ちょうど口に入るサイズのおかげで、ポンポンと口に入れてしまう。
 酸味でいっぱいになった口に、やや濃い目に出した紅茶を含むと、より紅茶の甘みを鮮明に感じることができて、組み合わせも悪くなかった。

 アーベルさんを励まそうと時々訪れているというか、なんだかんだと毎日来ているのだが、慌ただしい毎日の中でこうやって勇者とお茶してる時間が一番くつろげているかもしれない。

 何せ相手は、私が聖女だって知ってる勇者だからね。

「気に入ってくれて良かったよ」

「ご馳走様でした、勇者様。いつもいつもご相伴にあずかっちゃって。なんだか、おやつを食べにここに来てるみたいで」

「半分はそうなのでは、聖女様」

 アーベルさんは和やかに笑う。
 その笑みには反論できない魔力が秘められていた。
 うん。まさしくその通りです。ごめんなさい。

 私は言葉にこそ出さなかったが、項垂れるのだった。

「ところで、今日は精霊厩舎に行ったのだろう? どんな使い魔を選んだのかな?」

「それが――――」

 実は結局、私は使い魔を選ばなかった。
 精霊たちが怖がって、選べなかったと言う方が正しいわけだけど、私から積極的にアプローチすることはなかったという点では、選ばなかったという表現も正しい。

「君が幼い時に出会った神鳥のことを思ってかな。でも、使い魔は何匹いても別に構わないと思うけどね。僕が言うのもなんだけど……」

 アーベルさんは壁にかかった絵を見る。
 私も視線を絵に移しながら考えた。

 結果的に見れば、ムルンの操を立てたってことになるのかな。
 それにしても、あの子どこにいるのかしら。

「まあ、時間はまだあるよ。じっくりと考えるといい」

「ありがとうございます」

 感謝の言葉を告げると、部屋の置き時計がポーンとなった。

「そう言えば、これから親睦会なんじゃないかい?」

「はい。同期の人ときちんと顔を合わせてお話できるので、楽しみです」

「それは素晴らしいことだと思うのだけど、ミレニア様。もしかして、その服で行かれるおつもりですか?」

「ええ……。そのつもりですが」

 私が今着ているのは、子爵領から持ってきた私服だ。
 姉さんのお下がりで、それをうまく補強部分を隠しながら、小綺麗にしてある。
 ただやっぱり田舎感が否めなかった。

「親睦会にドレスコードというものはないと思うけど、たいていの新兵たちは両親にドレスやタキシードを設えてもらって、参加していることが多いよ」

 ガーン!

 う、ウソ! マジ!?
 新兵同士だし、社交界とは違ってもっとフランクだと思っていたのに。
 やばい! 私、これ以上に綺麗な服持っていない。
 そもそもドレスなんて、今世になってから着たことなーい!!

 私は心の中で絶叫する。

「ふふ……。ちょうど良かった」

 アーベルさんは不敵に笑う。
 ベルを鳴らすと、アーベルさんの世話係の人がやってきた。
 サビドラさんと言って、メイドなんてやってるのが勿体ないぐらい美しい人だ。
 異国の人らしく、この辺りでは見ない灰色の髪に、褐色の肌をしている。
 プロポーションは本当に裸婦画のモデルみたいに芸術的で繊細な曲線を描いていた。

 しかも、大抵のことはできてしまうらしい。
 先ほどのワルキラと紅茶を入れたのも彼女だ。

 そのサビトラさんは平たい桐箱を持って部屋に入ってくる。
 アーベルさんはその桐箱の蓋を開けると、心地よい衣擦れの音ともに部屋に一色の色が足された。

 ドレスだ。

 明け方の空を想起させるような瑠璃色のドレスが、アーベルさんの手によって広げられた。

「綺麗……」

 思わずうっとりと眺めてしまう。
 デザインもそうだが、ハッとするほど美しい瑠璃色に言葉を失った。

「気に入ってくれたようだね。このドレスは君に進呈しよう」

「え? そんな悪いですよ」

「遠慮することはない。君には恩もあるし。これぐらいはさせてほしい」

 いや、テストの点をいじってもらっただけで十分……といっても、おかげで予想外のことが起こってるんだけど。

「それにね、ミレニア様」

「は、はい。なんでしょうか?」

 いきなりアーベルさんは暗い顔をする。
 もしかして、そのドレス……生き別れた妹の形見とか言わないよね。
 無理無理無理。重い重い重い! 重すぎるからその設定!

「これを着た君を見たいんだけどね」

「へ?」

 アーベルさんは花が咲いたみたいに笑顔を浮かべた。
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