60 / 74
第四章
第54話
しおりを挟む
それはとてもとても小さな声だった
集中して聞かなければ、単なる風鳴りだけで聞き逃してしまう。
風前に灯る蝋燭のようなか弱く、今にも消え去りそうな声だった。
声というのは、あまりにも弱々しい。
きっと誰の耳にも聞こえていない。
そう。私以外には……。
私には覚えがあった。
カーサとピクシーが最初に見つめあっていた時。
確かにあの時、2人の声が聞こえたのだ。
それはきっと心の声。
2人の本心。
だからというわけじゃないけど、私は2人の恋のキューピッドになることを決めた。
2人の心の声に気づけたのは、神様からもらったチートのおかげだろう。
人の言葉や文字だけじゃない。
どうやらチートは、人の心の声にまで及んでいるらしい。
でも、何でも聞こえるわけじゃない。
多分、私が人の心に触れたいと思った時だけ発動する限定的なチートなのだろう。
思えばムルンの時も、アーベルさんを助けた時もそうだった。
2人のうちなる声が聞こえ、そしてその心に触れることによって彼らを解放することができたのだと思う。
きっと今、ムルンとアーベルさんの時と同様のことが起こっているのだ。
「厄災竜が助けを呼んでいるですって! そんなことがあり得るはずがないでしょ、ミレニア。……いや、聖女様? ああ! もう!! 調子狂うわね! とっとと元の馬鹿ミレニアに戻りなさいよ!」
赤毛を振り乱し、ヴェルが顔を真っ赤にして怒っていた。
怒っているけど、今の私にはわかる。
ヴェルは怒っているんじゃない。
私が何者かに乗っ取られたことを心配してるのだ。
「ありがとう、ヴェル」
私は薄く微笑むと、ヴェルはさらに顔を真っ赤にした。
「ですが、本当のことです。ここにいる厄災竜こそ私が助けるべき相手なのです。そうですね……」
私は目を細めた。
ドンッと轟音が響く。
擬態の巨竜はついそこまで迫っていた。
足を止めると、長い首を持ち上げ、威嚇するように大きな翼を広げる。
『やめろ! 我は厄災竜! 世界に幕を引く邪竜! 助けなど必要としない!!』
「いいえ。私には聞こえています。あなたの本心を……」
私はそっと球根形になった本体に触れる。
「おい、聖女!! 何をする気か知らないが、1つだけ約束しろ」
1000年前の聖女と名乗る私に向かって、ぶっきらぼうに言ったのは、ゼクレア師団長だった。
敬うということを知らないわけじゃない。
ただ彼もまた本心では、どうやら心配らしい。
「なんでしょうか?」
「ミレニアを五体満足に返せ。それは俺の部下だからな」
(し、師団長……)
うっ! 今、迂闊にもクラッと来てしまった。
〝俺の〟とか言われたら、例えゼクレア師団長でもドキッとするわ。
そもそも、この人の心って随分と私を心配してるみたいだし。
やっぱり邪険にされつつ、変に世話好きなのね、ゼクレア師団長。
アーベルさんに会ってほしいとか言ったりとか。
その優しさを普段から発揮できないものかしら。
「ご心配なく。あなたの大事な部下はちゃんとお返しします」
「べ、別に大事なんて……。……ただ、その、まだ1度もしごいていないのに、入団前にいなくなるのが勿体ないだけだ」
な、何よ。
訓練で日頃のうさでも晴らそうとしていたの。
前言撤回――やっぱり鬼だわ、この人。
「わかった。……あんたがその本体を助けている間に、俺たちはあの擬態が入ってこないように全力で防ぐ」
「……はい。お願いします」
ゼクレア師団長は全団に指示を出す。
本当によくわからない人だ。
後ろ姿を見ながら肩を竦めると、横でアーベルさんも笑っていた。
そして勇者も再び防衛戦に入ってきた厄災竜の擬態へと望む。
ヴェルやルース、マレーラたちも加わった。
「さあ、それじゃあ、聞かせてもらうわよ。あなたの心……」
本体に手を添え、私はそっと小さな声に耳を傾けた。
流れ込んできたのは、イメージだった。
それは遠い遠い昔の話だろう。
多分、ムルンが人に知恵を与えていたぐらいの時代の話だ。
厄災竜は、生まれた時から厄災の竜であった。
世界を滅ぼす呼び笛。終末の獣。
確かに厄災竜によって、世界が幾度も終わりを告げて、人類やその文明は滅んでいった。
人類はそんな厄災竜の存在を“悪”だと決めつけた。
邪竜と呼ぶものもいた。
でも、厄災竜にとって自分の存在理由こそが、世界の終わらせることであり、彼は淡々とその任務を遂行していった。
何度も、何度も世界を滅ぼし、何度も、何度も人類や生命の叫びを聞き、何度も、何度も“悪”だと決めつけた。
それが厄災竜が生まれた来た意味であるにも関わらず。
世界を滅ぼすこと以外、彼が知らないことを知らずに、ただ呪詛を吐き捨てるだけで、人類は滅んでいった。
何度も、何度も……。
何度も、何度も……。
そうやって繰り返すうちに、厄災竜もまた徐々に自分のやっていることに疑問をもつようになる。
何故、自分は世界を滅ぼすのか?
世界を滅ぼすことは“悪”なのか?
厄災竜は答えを出せない。
何故なら彼は世界を滅ぼすこと以外、知らないからだ。
疑問があっても、厄災竜は世界を滅ぼす。
葛藤があっても、厄災竜は人類を根絶やしにする。
自分ではどうにもできない。
それは小さな声となって、届けられた。
『助けて……。我を止めてくれ』
と――――。
何度も手を伸ばした。
でも、別の厄災竜は言う。
『それは必要ない。何故なら我らの使命は最初から決まっているからだと』
世界を滅ぼすこと。
そして、それから厄災竜は2つになった。
世界を滅ぼす厄災竜と、助けを求める厄災竜。
擬態は何重にも覆われた殻の中に本体を押し込み、その声を封じ込めた。
「あなたも苦労したのね、厄災竜。大丈夫。任せなさい! このミレニア・ル・アスカルドが助けてあげる」
それが、聖女の使命だからね!
集中して聞かなければ、単なる風鳴りだけで聞き逃してしまう。
風前に灯る蝋燭のようなか弱く、今にも消え去りそうな声だった。
声というのは、あまりにも弱々しい。
きっと誰の耳にも聞こえていない。
そう。私以外には……。
私には覚えがあった。
カーサとピクシーが最初に見つめあっていた時。
確かにあの時、2人の声が聞こえたのだ。
それはきっと心の声。
2人の本心。
だからというわけじゃないけど、私は2人の恋のキューピッドになることを決めた。
2人の心の声に気づけたのは、神様からもらったチートのおかげだろう。
人の言葉や文字だけじゃない。
どうやらチートは、人の心の声にまで及んでいるらしい。
でも、何でも聞こえるわけじゃない。
多分、私が人の心に触れたいと思った時だけ発動する限定的なチートなのだろう。
思えばムルンの時も、アーベルさんを助けた時もそうだった。
2人のうちなる声が聞こえ、そしてその心に触れることによって彼らを解放することができたのだと思う。
きっと今、ムルンとアーベルさんの時と同様のことが起こっているのだ。
「厄災竜が助けを呼んでいるですって! そんなことがあり得るはずがないでしょ、ミレニア。……いや、聖女様? ああ! もう!! 調子狂うわね! とっとと元の馬鹿ミレニアに戻りなさいよ!」
赤毛を振り乱し、ヴェルが顔を真っ赤にして怒っていた。
怒っているけど、今の私にはわかる。
ヴェルは怒っているんじゃない。
私が何者かに乗っ取られたことを心配してるのだ。
「ありがとう、ヴェル」
私は薄く微笑むと、ヴェルはさらに顔を真っ赤にした。
「ですが、本当のことです。ここにいる厄災竜こそ私が助けるべき相手なのです。そうですね……」
私は目を細めた。
ドンッと轟音が響く。
擬態の巨竜はついそこまで迫っていた。
足を止めると、長い首を持ち上げ、威嚇するように大きな翼を広げる。
『やめろ! 我は厄災竜! 世界に幕を引く邪竜! 助けなど必要としない!!』
「いいえ。私には聞こえています。あなたの本心を……」
私はそっと球根形になった本体に触れる。
「おい、聖女!! 何をする気か知らないが、1つだけ約束しろ」
1000年前の聖女と名乗る私に向かって、ぶっきらぼうに言ったのは、ゼクレア師団長だった。
敬うということを知らないわけじゃない。
ただ彼もまた本心では、どうやら心配らしい。
「なんでしょうか?」
「ミレニアを五体満足に返せ。それは俺の部下だからな」
(し、師団長……)
うっ! 今、迂闊にもクラッと来てしまった。
〝俺の〟とか言われたら、例えゼクレア師団長でもドキッとするわ。
そもそも、この人の心って随分と私を心配してるみたいだし。
やっぱり邪険にされつつ、変に世話好きなのね、ゼクレア師団長。
アーベルさんに会ってほしいとか言ったりとか。
その優しさを普段から発揮できないものかしら。
「ご心配なく。あなたの大事な部下はちゃんとお返しします」
「べ、別に大事なんて……。……ただ、その、まだ1度もしごいていないのに、入団前にいなくなるのが勿体ないだけだ」
な、何よ。
訓練で日頃のうさでも晴らそうとしていたの。
前言撤回――やっぱり鬼だわ、この人。
「わかった。……あんたがその本体を助けている間に、俺たちはあの擬態が入ってこないように全力で防ぐ」
「……はい。お願いします」
ゼクレア師団長は全団に指示を出す。
本当によくわからない人だ。
後ろ姿を見ながら肩を竦めると、横でアーベルさんも笑っていた。
そして勇者も再び防衛戦に入ってきた厄災竜の擬態へと望む。
ヴェルやルース、マレーラたちも加わった。
「さあ、それじゃあ、聞かせてもらうわよ。あなたの心……」
本体に手を添え、私はそっと小さな声に耳を傾けた。
流れ込んできたのは、イメージだった。
それは遠い遠い昔の話だろう。
多分、ムルンが人に知恵を与えていたぐらいの時代の話だ。
厄災竜は、生まれた時から厄災の竜であった。
世界を滅ぼす呼び笛。終末の獣。
確かに厄災竜によって、世界が幾度も終わりを告げて、人類やその文明は滅んでいった。
人類はそんな厄災竜の存在を“悪”だと決めつけた。
邪竜と呼ぶものもいた。
でも、厄災竜にとって自分の存在理由こそが、世界の終わらせることであり、彼は淡々とその任務を遂行していった。
何度も、何度も世界を滅ぼし、何度も、何度も人類や生命の叫びを聞き、何度も、何度も“悪”だと決めつけた。
それが厄災竜が生まれた来た意味であるにも関わらず。
世界を滅ぼすこと以外、彼が知らないことを知らずに、ただ呪詛を吐き捨てるだけで、人類は滅んでいった。
何度も、何度も……。
何度も、何度も……。
そうやって繰り返すうちに、厄災竜もまた徐々に自分のやっていることに疑問をもつようになる。
何故、自分は世界を滅ぼすのか?
世界を滅ぼすことは“悪”なのか?
厄災竜は答えを出せない。
何故なら彼は世界を滅ぼすこと以外、知らないからだ。
疑問があっても、厄災竜は世界を滅ぼす。
葛藤があっても、厄災竜は人類を根絶やしにする。
自分ではどうにもできない。
それは小さな声となって、届けられた。
『助けて……。我を止めてくれ』
と――――。
何度も手を伸ばした。
でも、別の厄災竜は言う。
『それは必要ない。何故なら我らの使命は最初から決まっているからだと』
世界を滅ぼすこと。
そして、それから厄災竜は2つになった。
世界を滅ぼす厄災竜と、助けを求める厄災竜。
擬態は何重にも覆われた殻の中に本体を押し込み、その声を封じ込めた。
「あなたも苦労したのね、厄災竜。大丈夫。任せなさい! このミレニア・ル・アスカルドが助けてあげる」
それが、聖女の使命だからね!
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる