聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第五章

第60話

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 国王様の下よ。


 と言われたのは、今朝方のこと。
 そこから私はラディーヌ副長に半ば拉致される形で、王宮に参内した。
 一体、何が起こっているのか、私にもわからない。
 しかし真っ直ぐ謁見の間には向かわず、私がやってきたのは支度室だ。

 前にアーベルさんに連れられた化粧室とは違う。
 おそらく家臣たちが、給仕服や調理服に着替える場所なのだろう。
 一応鍵付きのロッカーがずらりと並んでいる。

「王の前に出るのだから、あなたの貧相な顔を少しでもよくしないとね」

 ラディーヌさんは軽く化粧を施してくれる。
 言葉も化粧も荒っぽいけど、副長だけあって面倒見だけはいいようだ。
 そうでなければ、こんな世話を焼いてくれることもない。
 自然とライザお姉さんが思い起こされた。

「ありがとうございます、ラディーヌ副長」

「別に……。ゼクレア師団長の命令でやっていることですから。はい。動かないで」

 あ。なるほど。
 その一言ですべて納得してしまった。

「それよりもっと綺麗な服装はなかったのですか?」

 ラディーヌ副長は私の恰好を見て、目を細める。
 慌てていたのもあるが、私はいつもの私服だった。
 前にも言ったけど、私の服装のレパートリーは少ない。
 アーベルさんに貰ったドレスも一瞬考えたのだが、王の前に着ていくには少々派手だった。

「仕方ありませんわね」

 ラディーヌ副長はおもむろに自分の軍服を脱ぎ始めた。
 ちょ! いきなり何を始めたの、この人。
 変わった人だと思っていたけど、露出癖まであるなんて。
 いや、待て待て。
 今、支度室にいるのは、私とラディーヌ副長だけ。
 もしかして、私――変な一線を越えちゃうんじゃ。

「いや、駄目! 絶対駄目です、副長!」

「何が駄目ですの? ほら、あなたも脱ぎなさい」

「いえ。私にはそんな女同士でなんて」

「……何を勘違いしてるか大体想像つきますけど、それ以上はツッコまないわよ。ただ服を交換するだけですわ」

 ラディーヌ副長は半目で睨む。

「え? あは……。あはははは……。そういうことですか」

 うん。わかってた。こうなることはわかってたよ。


 ◆◇◆◇◆


 着替えが終わり、支度室を出ると、ゼクレア師団長が向かいの壁にもたれかかっていた。
 どうやら私たちが着替えるのを待っていてくれたらしい。

 ゼクレア師団長の恰好がいつもと違う。
 謁見するための服装だろうか。
 いつも来ている抹茶色の軍服ではなく、典礼用の白軍服を着ている。
 合格の発表の時ですら、野戦用の抹茶色の軍服を着ていたのにね。
 いつもと違うということは、やはりゼクレア師団長も王に謁見するのだろう。

「ゼクレア様!! お待たせしてすみません!」

 言葉では謝りながら、ラディーヌ副長はゼクレア師団長に飛び込んでいく。
 だが、すげなく躱され、副長は壁と熱い抱擁を交わした。
 動きが洗練されている。きっといつもこういう感じなのだろう。
 目に見えるようだ。私、こんなノリで第一師団でやっていけるだろうか……。

「その恰好……。ゼクレア師団長も国王陛下に?」

「第一師団のひよっこのお前が謁見するのに、師団長が参加しないわけがないだろ」

 相変わらず、この人は素っ気ない。
 戦場では随分と色々な顔を見せてくれたのに。
 たった1日で、元のゼクレア・ル・ルヴァンスキーに戻ってしまった。
 ちょっと残念……。

「それよりお前、その恰好はどうした?」

 三白眼が私を睨む。

 ツッコむのも当然だ。
 一応、私は借りた軍服を着ているのだが、袖も裾の長さも全然合っておらず、半袖なのか長袖なのかわからない中途半端な着こなしになっていた。

「ラディーヌ副長に軍服をお借りしたのですが、サイズがあっていなくて」

 厚底のブーツとか履いてるけど、意外と副長って手足が長いのね。
 胸の辺りもぶかぶかだし。はあ……。これが1番精神的ショックが大きいんだけど。

「ラディーヌ……」

 ゼクレア師団長の三白眼が、鞘から抜き放った剣みたいに閃く。
 それまで壁と熱い抱擁を交わしていたラディーヌ副長は、ピョンと跳ねて「はい」と振り返った。

「お前に渡したミレニア用の軍服はどうした?」

「それはもう……。ゼクレア師団長が触った軍服ということで、我が家の家宝として大事に――――」

「全速力で取りに帰れ」

「え? いや、我が家はその――――」

「そうか。そんなに俺がいない僻地に飛ばされたいのか?」

 ゼクレア師団長の怒りは最高点に達した。

「あ! ああ! そうだ!! 思い出した。こんなところに、謎の軍服があったわぁ」

 わざとらしく言って、下げていた荷物の中からラディーヌ副長は麻袋を取り出す。
 最初から持っていたらしい。ホントこの人、よくこんな性格でゼクレア師団長の副長として置いてもらってるなあ。

 ゼクレア師団長は奪い取る。
 麻袋の紐を解くと、中から真新しい軍服が現れた。

「少し早いが、お前の軍服だ。今日は特別だが、袖を通す限りお前は第一師団師団員だということを自覚しろ。いいな?」

「あ、ありがとうございます」

「礼には及ばん。とっとと着替えて来い」

「は、はい!」

 私は支度室に戻って、袖を通してみる。
 おお。今度はピッタリだ。
 生地もしっかりしてる。
 ちょっとゴワゴワしてるけど、このまだ繊維がよれていない感じは嫌いじゃない。

 最後にタイを占めて、私は姿見で自分の恰好を確認する。
 ゼクレア師団長と同じ抹茶色の軍服。
 可愛さは少しも感じないけど、むしろ〝普通〟っていうのが、今の私にはしっくりくる。

 聖女でもない、救世主でもない。
 普通の軍人で、いち魔術師の私の姿だ。

 早速支度室を出る。

「どうですか、ゼクレア師団長!」

「馬鹿者。軍服は似合う似合わないは関係ない。……サイズは合ってるのか?」

「え? はい」

 軍服を着て、いきなり怒られてしまった。
 ちょっとぐらい褒めてくれてもいいじゃないか。
 相変わらず、空気を読まないんだから。

「だが、まあ……。悪くはないんじゃないか?」

「……あ、ありがとうございます」

 今の褒められたってことでカウントしていいのかしら。
 怒ったり、褒めたり、そして素直でなかったり、全く大変な師団長様だわ。

「行くぞ、ミレニア」

「はい!」

 そして、ゼクレア師団長の後についていく。
 やはり今までと空気の切り方が違う。
 軍服の色は違うけど、やっとこの人の部下になれたような気がした。
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