聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

文字の大きさ
69 / 74
第五章

第63話

しおりを挟む
 目から涙を迸らせながら、ジャノが謁見の間に飛び込んでくる。
 小さな羽をテチテチと動かし、私に向かって突撃してきた。
 私は手を広げて受け止めようとするも、思いの外ジャノが重く失敗する。
 そのまま謁見の間の赤い絨毯に、すてんと転び、大の字になって倒れた。
 親子(?)の再会が台無しだ。

「あは、あははは……」

 苦笑いを浮かべる私の横で、ジャノは私の頬をベロベロと舐めながら『ママ! ママ!』と連呼している。
 そんな小竜をなんとか宥め好かしながら、さてこの状況をどうしたものかと思案した。

 すると、1羽の白い鳥が謁見の間に入ってくる。
 手乗りサイズになったムルンが現れ、私の顔の横に降り立つ。
 実は、私が王宮に呼ばれた際、ジャノの世話をムルンに任せてきた。
 さすがに小竜を負ぶって、王の前に現れるわけにはいかない。
 それが宿敵厄災竜ジャガーノートだなんて聞いた日には、たちまち私ともども魔女扱いだろう。もう火あぶりは御免だ。

 だから【知恵者】ムルンにお願いしたのだけど……。

「ムルン、大丈夫?」

 神鳥シームルグことムルンの身体は、何か取っ組み合いでもしたかのようにボロボロになっていた。

『かろうじてね。ごめん。ミレニア、抑えられなかった』

「うん。ムルンが最善を尽くしたことはよくわかっているから。ありがとう、ムルン」

 さてさて、結局ついてきてしまったジャノをどうするか。
 また柔らかい鱗を撫でていると、私に向かって一斉に槍が突きつけられた。
 気付いた時には、私たちは衛兵たちにぐるりと取り囲まれていた。

(うん。……まあ、こうなるよねぇ)

 槍を突きつけながら、私はまたしても苦笑いを浮かべるしかない。

「ミレニア・ル・アスカルド。その竜は一体……? 随分とそなたに懐いているようだが……」

 実は言うと、説明してほしいのは、私の方なのよね。
 ムルンの話では、厄災竜ジャガーノートってことらしいんだけど、そもそもなんで私のベッドで寝ているのかまだわかっていない。
 私を母親認定していることは刷り込みって事で、百歩譲るとしても、さすがにドラゴンなんて飼ったことがないから、ちゃんと育てられるか自信ないし。

 まあ、今はそんな悩みよりは、衛兵に槍を突きつけられてる状況をどうにかしなきゃならんってことなんだけど……。

「国王陛下。その件に関しまして、私からご報告がございます」

 私に助け船を出してくれたのは、ゼクレア師団長だった。
 さすが総帥代理! やっぱり頼りになる。

 ゼクレア師団長は戦場であったことをつまびらかに説明してくれた。
 1000年前の聖女と名乗る魂が、私を依り代として現れ、厄災竜ジャガーノートを浄化した。その後現れたのが、光の玉で時間が経った後、小竜が生まれ、以来母親のように私を慕っていたことを話した。

「では、その小竜があの厄災竜ジャガーノートだというのか?」

 国王陛下の顔が青くなる。
 話を聞いていた家臣たちも震えていた。

 ゼクレア師団長は黙って、私の方を見る。
 いつも通り、鋭い三白眼の眼光を私に向かって放つなり、こう言った。

「どうなのだ、ミレニア?」

 そこで私に丸投げなのぉぉおおお??
 上司なんだからしっかりしてよ。
 私が聞きたいところなんだから。

 と言っても、ゼクレア師団長に振るのも酷か。
 そもそも私が1000年前の聖女なんて下手な演技(自分のこと)をしたことが悪いからね。

 仕方がない。
 ここはまた1000年前の聖女としての貫禄を見せますか。

「正直に答えるお許し下さい、陛下。実は、私にもわからないのです。あの時、私の身体は聖女様のものでしたから」

「そうか。そなたもまた当時者ではないのだな」

「ただ聖女様は私に身体を返す時、こう仰いました――――」


『生まれてくる命を大切になさい。そして名誉や物欲に溺れることなく、健やかに暮らすのですよ』


 私はジャノを抱え上げながら、目を瞑る。
 あたかも再び聖女を依り代とした風を装い、言葉を告げた。

 謁見の間はしんと静まり、人々は息を呑むだけだ。

「私は聖女様の教えに従い、この小竜――ジャノを育てることにしました。ジャノが厄災竜ジャガーノートかどうかは聖女様は仰らなかった。折角、聖女様から授かった命……。私は大事にしたいと思っています」

 ジャノをキツく抱きしめる。
 母子ははごがそうするように……。
 すると、さっきまで大泣きしていたジャノは、嬉しそうに笑う。
 再びベロベロと大きな舌で私の頬を舐め始めた。

 国王陛下は手を上げる。
 それを見て、衛兵は構えた槍を私たちから遠ざけた。

「そなたが無欲である理由がわかった気がする。なるほど。聖女様から言いつけであったか。素晴らしい。たとえ、聖女様の言いつけであっても、それを実行する勇気と理性。余は感服した」

「いいえ。国王陛下……、それは違います。私もまた人間なのです。欲に溺れた人間の1人なのです。望みはあります。ただそれは金子や爵位ではないだけです」

「ほう。では、聞こう」

 国王陛下はようやく落ち着いて、玉座に座り直した。

「この小竜を育てるご許可をいただきたいのです」

「小竜を育てるというのか。確かに聖女様からの言いつけとはいえ、そなたは数日後には魔術師師団員となる。少々大変ではないか? 我が国には、優秀な魔獣使いがいる。そのものに任せることができるが……」

 専門家に預けるか。
 それも悪くない選択肢ではある。

(でもねぇ……)

 私は改めてジャノを見つめる。
 大きな黒目をちょっと心配そうに私に向けていた。

(こんな顔されたら、誰かに任せるなんて言えないわよねぇ。それにムルンでも手に余るようだし。身内以外の人間に怪我させるわけにはいかない)

「お心遣いは嬉しいのですが、私の心はすでに固く決まっております」

「あいわかった。そなたの深い愛情と決意。余には1000年前の聖女に引けを取らないものに感じた」

 その1000年前の聖女本人だから当たり前よね。

「そなたが小竜を育てることを、特別に許可しよう」

「ありがとうございます!」

 私は膝を折って、頭を垂れる。
 だが、すぐに陛下の方を向いた。

 折角の国王の前なのだ。
 こんな機会は滅多にないし、聞いてみよう。

「うん? まだ何かあるのか、ミレニアよ」

「はい。国王陛下にはもう1つお願いがございます」

「ほう。もしや、爵位と金子がほしくなったのか? 別に今からでもかまわんぞ」

 いや、それは欲しくないって。
 なんで君主って、爵位と金子を上げたがるのかしら。
 喜ぶ人が多いって事なんだろうけど。

「そうではありません。アーベル・フェ・ブラージュ……」


 勇者様の謹慎を解いていただけないでしょうか?
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...