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第五章
第64話
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私はジャノを抱きながら、もう1度よく周りを確かめてみた。
ここにいるのは国王陛下をはじめとして、王宮に勤める上級家臣。
さらに王国議会などを束ねる有力な貴族たちだ。
そこに加えて厄災竜を討伐するために戦った師団長以下、魔術師たちが揃っている。
実は、最初謁見の間に入り、民間人ながら魔術師たちの列に並んだ時から、私はある違和感に囚われていた。
厄災竜討伐において、ムルンに次いで戦場に駆けつけてくれた勇者の姿がいないのだ。
アーベル・フェ・ブラージュ。そう。この国の勇者である。
「勇者を許せか……。しかし――――」
先ほどまで笑顔すら見せていた国王陛下の表情が曇る。
周囲の家臣たちの顔も優れなかった。
一方、私の側で控えたゼクレア師団長は呆然としてる。
唐突に私が勇者の恩赦を陛下に願い出たことに対し、驚いている様子だった。
「アーベルさんが何をしたのか、私は知っています。あの時、私は現場にいましたから」
というと、国王は大臣から耳打ちを受ける。
「なんと……。そなたも被害者の1人であったのか」
「はい。確かにアーベルさんの暴走は勇者という肩書きを持つ者として、許されることではありません。ですが、第一師団が一時壊滅的な被害を受け、私が呆然と立ち尽くしていた時、いち早く駆けつけてくれたのは、アーベルさんです。謹慎の禁を破ったことは法に則るなら許されることではありませんが、それがわかって彼は国の危機に駆けつけたのです。その忠誠心をどうかご評価いただけないでしょうか?」
再び頭を垂れる。
しかし、それでも国王陛下は頷かない。
アーベルさんがやったことをそれほど重く見ているのか。
それとも君主として1度出した命令を撤回しにくいのか。
真意は定かではないけど、国王陛下は首を捻った後考え込んだ。
実際、私がこれだけ請うても家臣の間では異論が上がる。
王宮で働く家臣たちにとって、王の命令は絶対。
もっとも国王に近いところで働くものならば、そう思うのも無理はないのだけど……。
「恐れながら国王陛下。発言をお許し下さい」
振り返ると、ゼクレア師団長が膝を突いて頭を垂れていた。
「申してみよ、ゼクレア」
「ありがとうございます。先ほどミレニアが申したことは紛れもない事実です。そして情けないことではありますが、勇者アーベルの力なくして、陛下もそのご家族も、そして国の象徴たる王宮も守ることはかなわなかった。我々には総帥アーベル、そして勇者が必要なのです。どうか寛大なご沙汰をいただきたく存じます」
ゼクレア師団長は絨毯に額が付くのではないかと思う程深く頭を下げる。
私もまたゼクレア師団長に倣った。
それを見て、国王陛下は息を吐く。
「他の者も同じ思いか?」
『え?』
国王の視線の先を追う。
そこには同じく頭を垂れた魔術師師団員の姿があった。
師団長、幹部、師団員問わず皆それぞれ自主的に頭を垂れていた。
「アーベル様はまだ我々に必要です」
アラン師団長が訴えれば、ボーラ師団長も言口を開いた。
「どうか慈悲をお与え下さい、陛下」
ロブ師団長も笑う。
「まだゼクレアに任せるには、早すぎるしな」
それぞれの師団長が願い出る。
それを見たゼクレア師団長もまた口を開く。
「ここにいない第三、第四師団もまた同じ思いのはず。どうかご再考下さい、陛下」
『よろしくお願い申し上げます!』
アーベルさんを慕うすべての人間が、恩赦を望む。
その姿を見て、ついに国王陛下は文字通り玉座から重い腰を上げた。
「ミレニア・ル・アスカルドよ。並びに、ゼクレア総帥代理、そして我が勇猛なるロードレシアの魔術師たちよ。聞くがよい。余は――――」
アーベル・フェ・ブラージュを許す……。
「手続きが済み次第、謹慎を解き魔術師師団総帥の地位に復帰すると約束しよう」
『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
国王の言葉に師団員たちは大盛り上がりだ。
そこが謁見の間であることも忘れ、まるで戦さに勝ったように両腕を掲げる者もいる。
みんながみんな待っていたのだ。
勇者の帰還を……。
「ミレニアよ」
騒ぎがまだ静まらない最中、私は再び国王陛下から声をかけられる。
「よくぞ。勇者の恩赦を申し出てくれた。何を隠そう余もまたアーベルの復帰を望んでいた。しかし、アーベルが起こし事は非常にデリケートな問題だ。死傷者こそでなかったが、怪我人は出してしまった。皆が貴族の子息や令嬢だ。その者たちを傷付けたことを恨む貴族は多い……」
「陛下……」
そのような理由があれば、確かに君主としておいそれと恩赦を与えるわけにはいかないだろう。
アーベルさんの起こした事故は全体を見ればささやかかもしれない。
だが、小さいからといっても無下にはできない。
同時に、アーベルさんの復帰を望む大きな声もまた無下にできない。
最終的にはその大きな声に推される形になったが、決して簡単な決断ではなかったはずだ。
「しかし、それに目を瞑ってもアーベルの力は必要だと判断した。そなたが余の背中を押してくれなければ、結局有耶無耶のままになっていたかもしれない。感謝する、ミレニア」
「罪を許す精神を持つことは、罪をあがなうことよりも難しいものです、陛下。一方を立てれば、一方から中傷される。世界はそういう仕組みになっています。その停滞を打破するには、勇気ある決断を下すしか方法はないと考えております。……私の方こそ感謝申し上げます。陛下の勇気があってこそ、この歓声があるのだと思います」
未だに騒いでる魔術師たちを見る。
ゼクレア師団長は宥めていたが、一方ロブ師団長は団員たちを焚きつけていた。
これから入団する私の職場は、随分楽しそうなところのようだ。
「ふふ……。まるで1000年前の聖女のようなことをいう。そなた、本当に聖女か、その生まれ代わりではなかろうな」
ここにいるのは国王陛下をはじめとして、王宮に勤める上級家臣。
さらに王国議会などを束ねる有力な貴族たちだ。
そこに加えて厄災竜を討伐するために戦った師団長以下、魔術師たちが揃っている。
実は、最初謁見の間に入り、民間人ながら魔術師たちの列に並んだ時から、私はある違和感に囚われていた。
厄災竜討伐において、ムルンに次いで戦場に駆けつけてくれた勇者の姿がいないのだ。
アーベル・フェ・ブラージュ。そう。この国の勇者である。
「勇者を許せか……。しかし――――」
先ほどまで笑顔すら見せていた国王陛下の表情が曇る。
周囲の家臣たちの顔も優れなかった。
一方、私の側で控えたゼクレア師団長は呆然としてる。
唐突に私が勇者の恩赦を陛下に願い出たことに対し、驚いている様子だった。
「アーベルさんが何をしたのか、私は知っています。あの時、私は現場にいましたから」
というと、国王は大臣から耳打ちを受ける。
「なんと……。そなたも被害者の1人であったのか」
「はい。確かにアーベルさんの暴走は勇者という肩書きを持つ者として、許されることではありません。ですが、第一師団が一時壊滅的な被害を受け、私が呆然と立ち尽くしていた時、いち早く駆けつけてくれたのは、アーベルさんです。謹慎の禁を破ったことは法に則るなら許されることではありませんが、それがわかって彼は国の危機に駆けつけたのです。その忠誠心をどうかご評価いただけないでしょうか?」
再び頭を垂れる。
しかし、それでも国王陛下は頷かない。
アーベルさんがやったことをそれほど重く見ているのか。
それとも君主として1度出した命令を撤回しにくいのか。
真意は定かではないけど、国王陛下は首を捻った後考え込んだ。
実際、私がこれだけ請うても家臣の間では異論が上がる。
王宮で働く家臣たちにとって、王の命令は絶対。
もっとも国王に近いところで働くものならば、そう思うのも無理はないのだけど……。
「恐れながら国王陛下。発言をお許し下さい」
振り返ると、ゼクレア師団長が膝を突いて頭を垂れていた。
「申してみよ、ゼクレア」
「ありがとうございます。先ほどミレニアが申したことは紛れもない事実です。そして情けないことではありますが、勇者アーベルの力なくして、陛下もそのご家族も、そして国の象徴たる王宮も守ることはかなわなかった。我々には総帥アーベル、そして勇者が必要なのです。どうか寛大なご沙汰をいただきたく存じます」
ゼクレア師団長は絨毯に額が付くのではないかと思う程深く頭を下げる。
私もまたゼクレア師団長に倣った。
それを見て、国王陛下は息を吐く。
「他の者も同じ思いか?」
『え?』
国王の視線の先を追う。
そこには同じく頭を垂れた魔術師師団員の姿があった。
師団長、幹部、師団員問わず皆それぞれ自主的に頭を垂れていた。
「アーベル様はまだ我々に必要です」
アラン師団長が訴えれば、ボーラ師団長も言口を開いた。
「どうか慈悲をお与え下さい、陛下」
ロブ師団長も笑う。
「まだゼクレアに任せるには、早すぎるしな」
それぞれの師団長が願い出る。
それを見たゼクレア師団長もまた口を開く。
「ここにいない第三、第四師団もまた同じ思いのはず。どうかご再考下さい、陛下」
『よろしくお願い申し上げます!』
アーベルさんを慕うすべての人間が、恩赦を望む。
その姿を見て、ついに国王陛下は文字通り玉座から重い腰を上げた。
「ミレニア・ル・アスカルドよ。並びに、ゼクレア総帥代理、そして我が勇猛なるロードレシアの魔術師たちよ。聞くがよい。余は――――」
アーベル・フェ・ブラージュを許す……。
「手続きが済み次第、謹慎を解き魔術師師団総帥の地位に復帰すると約束しよう」
『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
国王の言葉に師団員たちは大盛り上がりだ。
そこが謁見の間であることも忘れ、まるで戦さに勝ったように両腕を掲げる者もいる。
みんながみんな待っていたのだ。
勇者の帰還を……。
「ミレニアよ」
騒ぎがまだ静まらない最中、私は再び国王陛下から声をかけられる。
「よくぞ。勇者の恩赦を申し出てくれた。何を隠そう余もまたアーベルの復帰を望んでいた。しかし、アーベルが起こし事は非常にデリケートな問題だ。死傷者こそでなかったが、怪我人は出してしまった。皆が貴族の子息や令嬢だ。その者たちを傷付けたことを恨む貴族は多い……」
「陛下……」
そのような理由があれば、確かに君主としておいそれと恩赦を与えるわけにはいかないだろう。
アーベルさんの起こした事故は全体を見ればささやかかもしれない。
だが、小さいからといっても無下にはできない。
同時に、アーベルさんの復帰を望む大きな声もまた無下にできない。
最終的にはその大きな声に推される形になったが、決して簡単な決断ではなかったはずだ。
「しかし、それに目を瞑ってもアーベルの力は必要だと判断した。そなたが余の背中を押してくれなければ、結局有耶無耶のままになっていたかもしれない。感謝する、ミレニア」
「罪を許す精神を持つことは、罪をあがなうことよりも難しいものです、陛下。一方を立てれば、一方から中傷される。世界はそういう仕組みになっています。その停滞を打破するには、勇気ある決断を下すしか方法はないと考えております。……私の方こそ感謝申し上げます。陛下の勇気があってこそ、この歓声があるのだと思います」
未だに騒いでる魔術師たちを見る。
ゼクレア師団長は宥めていたが、一方ロブ師団長は団員たちを焚きつけていた。
これから入団する私の職場は、随分楽しそうなところのようだ。
「ふふ……。まるで1000年前の聖女のようなことをいう。そなた、本当に聖女か、その生まれ代わりではなかろうな」
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